32 ゴーレム
砂漠を抜け、しばらく荒涼な大地を馬車に乗って過ごしているとと、遠くのほうに物凄く大きな洋館のようなものが見えた。
その洋館はベテンブルグのものと比べても優劣つけがたいが、どちらかというと豪華絢爛という言葉は似合わない。
森に囲まれた、紫色の落ち着いた洋館……という印象を受けた。
「さて、ここがノエル家だ。私が先導するから、一度降りてもらってもいいかな?」
「え? でも、まだ洋館まで遠くないですか?」
「ああ、ここからがノエル家の庭なのだよ。線引きがわかりずらいのは、ここら一体に人がいないから必要ないんだそうだ」
ベテンブルグが少しあきれた口調でそう言いながら馬車から降り、俺達もそれに続く。
しばらく森の中を歩いていると、不意にソフィアが口を開いた。
「ベテンブルグ、ノエル家の当主ってどんな方なんですか?」
「ああ、若作りで私と同年代のおばさんだよ。最初は彼女に驚くかもしれないが、じきに慣れるさ」
「ちょっと待ってください! その言葉、見過ごせません!」
この場に似つかわしくないほどの大きな声と同時に、ベテンブルグのところへ何か岩のようなものが飛んできた。
ベテンブルグはそれを軽くかわし、片手をあげた。
「やあ『シャルロット』。今日はいい天気だね」
「あ、こんにちはベテンブルグさん! お散歩ですか!」
「……岩が、喋った?」
ソフィアがその岩を見て思わずつぶやく。
俺やアリスも口には出さないが、全く同じ気持ちだった。
人型の岩は彼女の声に反応したのか、目の部分にある赤い宝石を輝かせて、睨むようにソフィアを見つめる。
そして、一歩踏み出したと同時に右腕をそっと彼女の頭に置いた。
「こんにちは、シャルロットといいます! シルヴィアのお友達で、『ゴーレム』です!」
「……ゴーレム?」
「はい、土人形を総称してゴーレムと言います! 詳しくは、うまく説明できないのでシルヴィアに聞いてください!」
シャルロットと呼ばれたゴーレムは、頭に置いた手をそのまま彼女の腰に回し、そのまま持ち上げて肩に乗せる。
ソフィアは小さく悲鳴を漏らしながら、頭と思われる場所に必死にしがみついた。
「そうだ、ベテンブルグさん! シルヴィアはおばさんじゃありません!」
「ああ、そうだったね。彼女はまだ若い」
「分かってくれたらいいです!」
そういうとシャルロットは上機嫌そうに体を翻し森の中へ入っていく。
どうやら肩に人を乗せ慣れているらしく、ソフィアの頭上に木が当たらないよう、丁寧に運んで行った。
ベテンブルグもそんな彼女? の後姿を追うように歩いていく。
俺もそんな彼を追うように歩き出すと、アリスに肩をつかまれた。
「……何、あれ?」
「さあ? ゴーレムというそうですけど、ベテンブルグが警戒していないなら大丈夫じゃないですか?」
「うん、そうだね。ここには僕も来たことあるけど、彼女は可愛らしいゴーレムだよ」
メンティラも頷いて彼女の安全性に念を押す。
だが、その言葉を理解できないマニカは必死にメンティラに捕まっていた。
「……大丈夫だよ、マニカ。彼女はとってもいいゴーレム……あー、人間なんだから」
「あれが、人間?」
「そう、人間。見た目は違っても、心は優しい人間だよ」
……俺の世界にゴーレムという概念はない。
いや、あるにはあるのだが、土で作られた人形劇で使う人形をそう呼ぶだけで、自分から動いたりはしない。
それを、あそこまで精密に動かすのは無理と言っていいだろう。
しばらく歩いていると、鼻歌を歌いながら歩いていたシャルロットがこちらに振り向き、ソフィアがいないほうの手で腕を振った。
「おーい、皆さん! ちゃんとついてきてくださいよー!」
「……とりあえず、行きましょうか。今はノエル家について一息入れたほうがいいですよ」
しばらく森の中を歩いていると、急に道が開けて洋館の入り口に辿り着いた。
シャルロットは重厚な扉をこちら側に引いて、手で入るよう促す。
ベテンブルグはそこで振り返り俺のほうを見た。
「さて、入るとしよう。ラザレス君、中でその女の子のことについて話すとしようか」
「……? ああ、マニカのことですか」
一瞬彼女の名前を度忘れしてしまった気がするが、気にしないことにする。
まだ八歳なのにボケは早すぎるだろう。実年齢でもまだ早い。
「そう、そのマニカ君のことだ。安心したまえ、悪いようにはしない」
ベテンブルグはそう言って洋館の中に物怖じせずシャルロットを追うように歩いていく。
俺も、彼の後姿を追うように中に足を踏み入れた。




