31 裏切り
俺は馬車から飛び降りて、右腕に巻かれている包帯を硬化させる。
アリスも俺に続くように馬車から飛び出た後、ナイフを構えた。
「……何故、あなたがここにいる?」
「簡単さ。裏切ったのだよ」
ベテンブルグはさも当然といったように、薄ら笑いを浮かべる。
「不誠実だとは思うが、生き残るためなのだよ。弱い側についても意味がないからね」
「ベテンブルグ、貴様……!」
俺は今にも彼に殴りかかろうとしたが、今度は前の二人が俺の世界の言語で俺に語り掛けてきた。
「そういう事だぜ賢者様よォ。悪いけど、この爺さんからは、お前の位置を聞かせてもらった」
「……賢者様?」
マニカが、男の声に反応して馬車から顔をのぞかせる。
そうすると、もう一人のほうがマニカのほうに反応した。
「おい、愚図のマニカがいるぜ? 敵に捕まっちまうとは、本当に情けねえなぁ」
「全くだ。大方、こいつが賢者様だとすら知らねえんだろうな」
「……賢者様がここにいるの?」
「いるも何も、そこにいる銀髪のガキがそうだ。賢者の生まれ変わり、ラザレス=マーキュアス君よぉ!」
男たちが俺の正体を彼女にバラすと、彼女は急に押し黙ってしまった。
それと同時に、俺は右腕を奮い立たせ、無理やり男たちを殴りつける。
だが、その攻撃は、途中で氷のようなものに防がれてしまった。
「おいおい、賢者様ともあろうお方が不意打ちかよ? ずいぶんと情けねえじゃねえか」
片方の男が大きな声で笑った後、今度はもう片方がこの世界の言語で話し出した。
「もういいや、ベテンブルグとやら。あいつらさっさと殺して来いよ」
「ああ、いいとも」
ベテンブルグは腰に掛けられた剣に手をかけ、俺に近付いてくる。
「すまないね、裏切ってしまって」
「……ベテンブルグ!」
「ああ、これで裏切りは……二度目になってしまった」
ベテンブルグは少し微笑んだ後、剣から手を離した。
それと同時に、片方の男の首が、地面に落ちる音がした。
「テメェ! 裏切ったんだろ! 嘘をついたってのかよ!」
「裏切ったさ。それも二度も裏切ってしまったのだよ。まったく罪深い男だ、ベテンブルグという男は」
「……え?」
俺は一瞬、何が起きたかわからなかった。
ベテンブルグの剣筋は全く見えなかったし、抜いてないようにも見えた。
それに、裏切ったはずの彼がなぜ味方するんだ?
「いやはや、案内ありがとう。御者を雇う金が節約できたとも」
「ジジィ、ふざけんじゃねぇぞ!」
男が手を前に突き出し、魔法を繰り出そうとすると、その腕ごと首を切り落とす。
その手際は見事としか言いようがなく、剣が抜かれていないようにすら思えた。
「さて、ラザレス君。二回も裏切った私だが、信用してもらえるかな?」
「……ベテンブルグって、卑怯なんですね。三大貴族のくせに」
「ああ、私はとても卑怯だとも。それに言っただろう? 『弱いほうについても意味がない』、とね」
……なるほど、とんでもない人だ。
俺はそんな彼の後姿を見送り、彼はそのままメンティラに話しかける。
「さて、ノエル卿に会いに行くのだろう? 悪いが、私も載せてはもらえないかね?」
「……ベテンブルグ?」
ベテンブルグの声に気付いたのか、先ほどまで泣きじゃくってたソフィアが、ようやく顔を上げた。
その時、彼は後ろの死体が彼女に見えないようにそっと隠した後、その声に反応する。
「やあ、久しぶりだね。元気にしてたかね?」
「……辺境伯」
「そういう風に言われるのは慣れていない。ベテンブルグで頼むよ」
アリスがボソッとつぶやいたが、それも聞こえていたらしく笑顔で対応する。
それを横目で見ていたメンティラが、口を開いた。
「ベテンブルグ、正直なところいきなりでまだあなたを信用しきれていないんだ。武器はこちらが預からせてもらっていいかい?」
「ああ、構わないとも。何せ、私は二回も裏切った大悪党だからね」
「はは、ご謙遜を。見事だったよ」
「ありがとう。私も劇団を開いてみるかね」
ベテンブルグは腰の剣をメンティラに手渡し、馬車に乗り込む。
俺も包帯の硬化を解いた後、馬車に乗り込んだ。
それと同時に、ベテンブルグが深刻そうな顔も地で口を開いた。
「……さて、君たちは知らないだろうが、魔女たちから直々に我が国への使者が出向いてきた」
「……それで、用件は?」
「魔女の国の設立への認可。そして、平等条約の締結」
その書面の写しを懐から取り出し、条約の項目を確認する。
その内容は特に不審なところはなく、いたって普通な平等条約だった。
「それで、そちらの国ではなんと?」
「認可できないそうだ。国の上層部が奴隷による国など危険すぎる、と判断した」
「……それは建前でしょう」
「鋭いな、君は。奴隷である魔女を匿われてしまったら、奴隷交易が滞ってしまう。彼らは商品だからね、それを国家ぐるみで盗まれたら、商人だって飢え死にしてしまう」
……汚いが、奴隷商売とはそういうものだ。
奴隷という絶対的に低い立場にいる存在が無くては、国民の不満のはけ口がなくなり、そしてそれは国家に向かう。
だから、国家としては違法とはしているが、ほぼ黙認しているという国は山ほどある。
勿論、正しいという意味では奴隷という存在はそれには属さないだろう。
だが、正しいだけが全てではない。……悔しいが、それが現実なのだと理解してしまう。
「では、それでは世界は……」
「……そうなるね。土地の所有権を求め、戦争が起きるだろう。その前に、私はなんとしてもソフィア君を迎えに行かなくてはならなかった」
「ソフィアを戦争に参加させるのですか!?」
「それは君次第だ、マーキュアス君。君が彼女を守ってあげなくてはいけない」
……当然、彼女は俺が守る。
そんなことは、俺がマーキュアス家であろうがなんだろうが関係ない。
「さて、行くとしようか。この戦争、絶対に勝たなくてはならない。我々の明日のために」
「……わかった。それじゃあ、ノエル家に行くんですね?」
「ああ、馬車代はアルバ君につけといてくれ」
……意外とケチな貴族だった。
本当にあれだけのメイドを雇っている当主なのだろうか。
その疑問を胸に、馬車は先ほど進んでいた道を改めて進んでいく。
……そういえば、先ほどからいた魔族は、どこかへ姿を消してしまっているのに俺が気づいたのは、もう少し後のことだった。




