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29 信頼

 俺はみんなが寝静まった後、一人で窓から外を見ていた。

 眠れないわけじゃない。何かあるわけでもない。

 ただ、月が浮かんでいる空を呆然と眺めていた。


 空には無数の星と月。そして、その下には月明かりに照らされている砂漠。

 そこには、赤という色は一つもなく、夕方の出来事は嘘だったかのようだ。


 俺はベッドから降りて近くの椅子に座り、テーブルに頬杖をついてより近くで景色を眺め、ため息をついた。

 ……この世界に、裏切者がいる。

 扉と言われる異世界同士をつなぐ魔法は、魔力のある異世界人同士の協力が必要で、それを維持するのも、そのつないだ異世界人本人の力でなけらばならない。

 だが、この世界の魔法は勇者である少女、ソフィアでなければ使うことはできない。

 ……つまり。


「……違う。ソフィアなわけがないんだ」


 だが、矛盾しているところがあるわけでもない。

 一人で転移するには長い年月が必要だが、この方法なら一時間足らずで扉を作り出せる。

 それに、高い技術もいらない。『異世界に扉をつなげたい』と念じれば、誰でも出来てしまうのだ。


 でも、もう一人この世界で生まれ、魔力を持つ存在がある。

 それは、他でもない俺自身だ。

 しかし、俺は元の世界に戻りたいと思ったことはないし、つなげたいと思ったこともない。

 俺だとしても、扉を開き続けるためには念じ続けなければならないため、すぐに閉じてしまうはずだ。


 俺は椅子から立ち上がり、ベッドの中に体を沈める。

 もう寝よう。多分、疲れてしまっているのだろう。

 友達である俺がソフィアを疑うことなどあってはならないし、彼女がそんなことするはずがない。


 ……思えば、俺がこんな風に誰かを信じたのは、両親以来だっただろうか。

 思えばおかしな話だ。戦争の道具であった賢者が、ラザレスという人間になって人を信じる。

 だが、まあ……悪い気分はしなかった。


「ラザレス。……ラザレス=マーキュアス、か」


 自分の名前を確かめるようにそっとつぶやく。

 俺は瞼を閉じて窓のほうを向いて寝転ぶと、不意に後ろのほうでもぞもぞと音がした。

 重くなってきた瞼を開きながら後ろを振り向くと、そこには俺の布団に入り込もうとしているソフィアの姿があった。


「……寝ぼけてるのか? まあ、しょうがないから俺は椅子で寝るか」

「……違います。寝ぼけてません」

「なら、どうしたんだ? もしかして、うるさかったかな?」


 出来る限り音をたてないようにしていたつもりだが、もしかしたら音を立てていたのかもしれない。

 だが、ソフィアはそんな俺の言葉に首を振り、ぎゅっと俺の体を抱きしめた。


「……え?」

「このまま、居させてください」


 ……何故、急に?

 だが、そんな俺の思考など、女慣れしていないためすぐにかき消されてしまう。


「……ラザレス。ありがとう」

「え?」

「私を信じてくれて、ありがとうございます」

「あ……あのことか。聞かれてたんだな」


 先程の、ソフィアなわけがないという言葉だろうか。

 ……彼女も、疑われるのは怖かったのだろう。

 当たり前だ。俺も疑われたらアリバイなどない身。首を飛ばすことなど容易い。


 俺は彼女の腕の中で振り返ろうとすると、より強く抱きしめられる。


「……こっち、見ないでください」

「……あ、ああ。わかった」


 彼女の言う通り、俺はまた窓に向かい合いながら空を見つめる。

 だが、もう星やら月やらすでにどうでもいい。

 俺は彼女の様子が、ただひたすらに……。



 ――理解できなかった。




 俺は寝ぼけ眼をこすり、馬車に乗って町の中央にある関所に向かっていた。

 メンティラやマニカは昨日のことに気付いていないのか、いつものように接してくれていたが、一人だけは違った。


「ラザレス君、昨日アツアツだったねぇ」

「……そうですねぇ、砂漠ですから」


 ニヤニヤと語りかけてくるアリス。

 正直なところ、こちらはほぼ眠れていないのだから勘弁してほしかった。

 俺は彼女から逃げるように、アリスを挟んで座っているマニカに声をかける。


「マニカ、結局君はどうするの? ベテンブルグっていう辺境伯ならもしかしたら養ってくれると思うぞ」

「あー、僕にわからない言語で逃げるなんて卑怯だよー」


 アリスが頬を膨らませて抗議に入るが、徹底して無視した。

 しばらくして、俺の顔色をうかがいながらマニカが口を開いた。


「……あたしは、近くの街でまた賢者様を探す旅を続けようと思う」

「そうか、じゃあここでお別れだな。その、賢者が見つかるといいな」


 ……名乗るべきなのだろうか。

 だが俺に扉を開く力はもうない。俺なんか探し出しても無駄なのだと。


「なあ、マニカ。賢者が見つかったらお前はどうするんだ?」

「あたし? あたしは、家族みんなでこの世界で暮らしたいの」

「ん? 元の世界があるだろう?」

「……あの世界は、もうほとんど人が住める場所じゃないから」

「どういうことだ?」


 彼女の言葉に意識を奪われていると、急に馬車が大きく揺れて動きが止まった。


「メンティラさん、どうしました!」

「……わからない、けど、明らかにおかしいんだ」


 彼の言葉がいまいち要領を得ないため、俺は車の中から外に顔を出す。

 そこには、砂漠ではまず発生しないであろう霧が、この町全体を覆い隠していた。

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