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28 扉

 その夜は、何事もなかったかのように平穏だった。

 宿の中での食事も、外の様子も、違和感は全くない。むしろ、なさ過ぎて拍子抜けしてしまっていた。

 ……あれは、夢だったのか、と思うくらいには。


 俺は窓際にある椅子に腰かけ、先程から抜け殻のようになっているアリスに話しかけた。

 ほかの三人は宿の入り口で一人追加すると伝えに言っているため、今は部屋には彼女しかいない。


「アリスさんは、これからどうします?」

「……んー。当分仕事三昧かなぁ。こんなんじゃ、お洒落に使うお金もないからねー……」

「……あー、その、すいません」

「いいよ、アルバか辺境伯にきっちり請求しとくから。多分返ってこないだろうけど」


 アルバはともかく、ベテンブルグのほうは帰ってくるのではないだろうか?

 貴族だし、宿代くらいなら軽く出してくれるだろう。


「そういえば、なんで辺境伯と呼ぶんですか? 本人は確か嫌がってたはずですけど」

「色々あったんだよ、イロイロ。ナンパとか」

「……だから、わざと距離を置くために格式ばった呼び方を?」

「そ。僕をお嫁に出来るのは若くてイケメンな貴族の次男坊だけさ。長男だと色々めんどくさいんだよ。礼儀作法とか、ご近所付き合いとか」

「あー……」


 心当たりがないといえばうそになる。

 食事中の会話は厳禁、というのは厳しくないはずだが、一度話し出すと止まらない彼女にとっては苦痛だろう。


「でも、結婚って愛がないと成り立たないんじゃないんですか?」

「青いねぇ、賢者様。すっごい青い」

「……え? そ、それはどうも」


 青二才、という事だろうか?

 それと、出来れば賢者と呼ばないでほしいのだが。


「それより、君はソフィアちゃんのことどう思ってるんだい?」

「どうも何も、友達ですよ」

「そうじゃなくて、結婚したいとかないの?」

「……何言ってるんですか」


 ところで、今の俺は通算でアリスの年齢をとっくに過ぎてしまっているのだが、ロリコンになるのだろうか。

 ……いや、俺はまだ8歳のラザレス君だ。多分平気だし、捕まることもない。


「照れちゃって、かわいいなぁ。もう」

「お忘れですか? 賢者でいた年を考えれば、俺は貴方より年上なんですよ?」

「……かわいくない」


 俺の言葉が終わるとほぼ同時に、扉の戸が開かれる。

 そこには、入り口で予約を済ませたであろう三人の姿があった。


「おかえりなさい、みんな。メンティラさん、どうでした?」

「うん、取れたんだけど、その……アリス、さん」


 メンティラが申し訳なさそうにアリスのほうを見るが、視線の先にはなぜか盛り上がっている布団があるだけで、そこには誰もいなかった。


「……本当にごめんなさい。その、お金が無いので……」

「……わかった。でも、今度会うときアルバに請求するからね」

「は、はい。先輩にはそのように伝えておきますね」


 アリスは観念したように布団から首を出し、財布から複数枚の銀貨を雑に投げ、また布団にもぐってしまう。

 メンティラさんはそんな彼女に頭を下げた後、地面に落ちている銀貨を拾い上げ、椅子に座った。


「そういえば、首尾よくいけば明日出発なんですよね。この子どうするんですか?」

「そうだね」


 メンティラは椅子を少女のほうに向けて、元の世界の言語で話し出す。


「『マニカ』、君はどうする?」

「……あたしは、この街から離れた街に行きたい」

「でも、この世界の言語を離せない君じゃ魔女だとすぐにバレるだろ。下手すると奴隷だぞ?」


 俺が発言すると、マニカと呼ばれた少女はビクッと体を震わせて反応する。

 ……だが、仕方がないだろう。今思えば、彼女に高圧的過ぎた、ああなるのもなっとくだ。


「……マニカ、彼は悪い人じゃないし、言ってることももっともだ。だから、いま一度よく考えたほうがいいと思う。僕が目的地まで馬車で連れてくからさ」

「あたしは、賢者様を探しているの。でも、どこにいるのか……」

「……賢者様?」


 マニカの言葉に、今度は俺が反応した。

 彼女のほうも俺が反応するとは思わなかったのか、目を見開いてこちらを見ていた。


「賢者を探しているって言ったよな。見つけてどうするつもりだ?」

「……えっと、それは……」


 彼女の煮え切らない態度を急かしたくなるのを必死にこらえ、口をつぐむ。

 ……だが、何故誰もかれも賢者を探しているんだ?


「だって、賢者様がいればあたしたちの世界から、この世界に引っ越しできるって、言ってたから……」

「……言ってたって、誰が?」

「……わからないの。人伝に聞いた話だから」


 ……俺がいればこの世界に魔女が住めるようになる?

 だが、ダリアたちは俺が封印術を食らってそんな力などとうにないことを知っているはずだ。


「ちなみに、賢者ってどんな奴なんだ?」

「えっとね、よくわからないけど、背が高くて、髪が黒くて、凄い強い人だって! でも、戦争で亡くなったって聞いたけど、この世界にいるって聞いたの!」

「……そういえば、この世界にどうやって来たんだ? 世界と世界の転移は、物凄い魔力を消費するんだ」


 一方的に異世界で転移するのなら、物凄い年月と莫大な魔力がいる。少なくとも、少女の姿でなどいられない。

 だが、一瞬で異世界に来れる方法も一つある。

 でも、それは考えられないし、考えたくなかった。


「えっとね、あっちの世界と元の世界、つなぐ扉があって、それで……」

「……やっぱり、そうか」


 俺は一つ、大きなことに気付いてしまった。

 俺は声を張り上げ、メンティラにこの世界の言語で話す。


「……つなぐ扉って言うのはあちらの世界とこちらの世界、両方の魔力を持つ協力者がいないと成立しないんです」

「……それって」

「はい」


「……この世界に、元々魔力を持っていた裏切者がいます」

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