27 不審
俺達は足がもつれながらも、急いで走り出した。
あいつらに捕まってはならない。
そう、本能が叫んでいた。
だが、相変わらず後ろからの声は絶えない。
意味も持たず、ただ声を上げているように聞こえるが、何人かは殺意のこもった言葉を大声で叫び続ける。
それに交じるように、この世界の言語で「助けて」、「殺さないでくれ」と命を乞うような言葉が耳に入る。
「ソフィア、絶対後ろを向くな!」
「……は、はい!」
今後ろで何が起きているかなど、容易に想像できる。
俺も絶対に振り向かないように歯を食いしばりながら、全速力で宿に向かっていると、途中に腰を抜かしてしまったのか、座り込んでいる長い金髪の少女を見つけた。
「……ラザレス、あの子を!」
「わかってる! ソフィア、先に行ってろ!」
俺は彼女が頷いたのを確認した後、その少女に話しかける。
「……立てるか? 逃げるぞ!」
「……えっと、あの……」
彼女の言葉はこの世界のものではなかった。
多少アクセントは異なるが、俺の世界のものそのものだ。
つまり、彼女は……。
「……お前も魔女か」
「……え? あたしの言葉、わかるの?」
「この騒ぎもお前のせいか?」
「え? 何のこと? これはあたしたちは関係ない!」
……嘘を言っているようには見えない。
だが、魔女であると分かった以上ある程度警戒しなくてはならない。
「なら、これはどういうことだ? 魔女以外を殺せとのたまう彼らはお前たちの仲間ではないと?」
「違うの! お願い信じて!」
……この戦争に乗り気じゃない魔女、ということか?
だが、それにしても彼女の様子はまるで、この事件自体いきなり起こったかのように思える。
「なら、お前は何故ここにいる。この世界の言語を使えないとなると、まだこの世界に来て間もないのだろう?」
「……なんで知っているの?」
「それをお前に答える義務があると?」
俺は彼女に出来る限り声を低くして、威圧的に話しかける。
……すると、突然彼女の目から涙がこぼれ堕ちてきた。
「なんで、なんであたしを責めるの? あたしじゃないもん、あたしじゃ……」
「え? いや、だって明らかにおかしいだろう。この騒乱と魔女であるお前、ああいや、君。関連性がないと言い切れないだろう?」
「でも、でもあたしじゃないの! あたしは、まだこの世界に来たばっかりで、何もわかんないのに……」
そう言って彼女は本格的に泣き出してしまった。
その時に、背後にある何者かの気配に気づき振り返ると、そこにはソフィアが腕を組んで立っていた。
「……ラザレス、何してるんですか?」
「え? いや、この子魔女だから、何か知ってるかなって……」
「知ってるわけないじゃないですか! この子、見たところあなたと同じくらいでしょう!」
……そう言われればそうだ。
やはり、焦ってしまっているのだろう。
俺は彼女の世界の言語で謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。
「……ごめん、怒っちゃって……」
「もう、怒らない?」
「ああ。もう怒らない。約束だ」
俺は彼女の手を引いて宿へと向かっていく。
その時、ソフィアが突然耳打ちしてきた。
「……なんですか今の言語」
「俺の元の世界の言語。ダリアとザールは俺達の言語を使っていたけど、これが本来の言語なんだ」
……今思うと、彼らはこちらの言語に慣れていた。
つまり、かなり昔からこの世界にいたのだ。
だが、何故今まで尻尾をつかまれなかったのだろうか。
そんなことを考えて走っていると、どうにかして宿に辿り着いた。
だが、宿に辿り着くころには、周りは驚くほど静かで、空も紺色に染まっていた。
まるで、先ほどの騒乱などなかったかのように。
「……何だ、コレ」
人知れずつぶやきがこぼれる。
俺は宿に入り自分たちの部屋に戻ると、すでに起きて紅茶を啜っているメンティラと、何故か反対に眠っているアリスの姿があった。
「おかえり。二人と……三人とも? えっと、ど、どちら様?」
「メンティラさん、そんなことより早く逃げましょう! 奴隷……いや、魔女の奴隷たちが反乱を……!」
「え? 何を言っているんだい? 外、こんなに静かじゃないか」
「で、でも! 先ほどまでは……!」
「……僕はそのころ寝てたとしても、そんな大騒ぎの時まで寝てないと思うんだけどな」
「嘘じゃないんです!」
「それはわかってる。ラザレス君らしからぬ慌てっぷりだからね」
そうは言うが、彼から焦りの様子は感じられない。
それどころか、彼はもう一杯紅茶を継ぎ足そうとしている。
「わかった。じゃあこうしよう。今日はとりあえずこの宿に泊まって、明日関所の人たちに掛け合ってみようか」
「……でも」
「でももなにも、この時間じゃどんな貴族でも通さないと思うな。この時間帯は危険だから」
……確かに、一理ある。
俺は彼から手渡された紅茶を受け取り、そのまま口の中まで運んだ。
「……と、ところで、君、魔女なの?」
「……え、えっと……?」
言語が違うため、お互いの会話が通じない。
俺は紅茶を一度テーブルに置いて通訳になろうと口を開いたが、メンティラのほうが先に口を開いた。
「これでいいかい? この言語は、あまり得意じゃないんだけどね」
「……え?」
「……良かった。話が通じる人がもう一人いた」
メンティラはさも当然のように、違う世界の言葉を使いこなす。
俺はそんな彼に、会話を遮って質問してしまう。
「何故、使えるんですか?」
「シアンさんに教えてもらったんだ。そんなに構えないでよ」
「……母が、ですか」
……そういえば、彼女も魔法が使えた。
だが、前の世界で彼女を見たことはない。
この少女も、ダリアもザールも、誰とも初対面だった。
何かがおかしい、俺はそんな考えの中、紅茶に口をつけて二人を見つめていた。




