表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/187

27 不審

 俺達は足がもつれながらも、急いで走り出した。

 あいつらに捕まってはならない。

 そう、本能が叫んでいた。


 だが、相変わらず後ろからの声は絶えない。

 意味も持たず、ただ声を上げているように聞こえるが、何人かは殺意のこもった言葉を大声で叫び続ける。

 それに交じるように、この世界の言語で「助けて」、「殺さないでくれ」と命を乞うような言葉が耳に入る。


「ソフィア、絶対後ろを向くな!」

「……は、はい!」


 今後ろで何が起きているかなど、容易に想像できる。

 俺も絶対に振り向かないように歯を食いしばりながら、全速力で宿に向かっていると、途中に腰を抜かしてしまったのか、座り込んでいる長い金髪の少女を見つけた。


「……ラザレス、あの子を!」

「わかってる! ソフィア、先に行ってろ!」


 俺は彼女が頷いたのを確認した後、その少女に話しかける。


「……立てるか? 逃げるぞ!」

「……えっと、あの……」


 彼女の言葉はこの世界のものではなかった。

 多少アクセントは異なるが、俺の世界のものそのものだ。

 つまり、彼女は……。


「……お前も魔女か」

「……え? あたしの言葉、わかるの?」

「この騒ぎもお前のせいか?」

「え? 何のこと? これはあたしたちは関係ない!」


 ……嘘を言っているようには見えない。

 だが、魔女であると分かった以上ある程度警戒しなくてはならない。


「なら、これはどういうことだ? 魔女以外を殺せとのたまう彼らはお前たちの仲間ではないと?」

「違うの! お願い信じて!」


 ……この戦争に乗り気じゃない魔女、ということか?

 だが、それにしても彼女の様子はまるで、この事件自体いきなり起こったかのように思える。


「なら、お前は何故ここにいる。この世界の言語を使えないとなると、まだこの世界に来て間もないのだろう?」

「……なんで知っているの?」

「それをお前に答える義務があると?」


 俺は彼女に出来る限り声を低くして、威圧的に話しかける。

 ……すると、突然彼女の目から涙がこぼれ堕ちてきた。


「なんで、なんであたしを責めるの? あたしじゃないもん、あたしじゃ……」

「え? いや、だって明らかにおかしいだろう。この騒乱と魔女であるお前、ああいや、君。関連性がないと言い切れないだろう?」

「でも、でもあたしじゃないの! あたしは、まだこの世界に来たばっかりで、何もわかんないのに……」


 そう言って彼女は本格的に泣き出してしまった。

 その時に、背後にある何者かの気配に気づき振り返ると、そこにはソフィアが腕を組んで立っていた。


「……ラザレス、何してるんですか?」

「え? いや、この子魔女だから、何か知ってるかなって……」

「知ってるわけないじゃないですか! この子、見たところあなたと同じくらいでしょう!」


 ……そう言われればそうだ。

 やはり、焦ってしまっているのだろう。

 俺は彼女の世界の言語で謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。


「……ごめん、怒っちゃって……」

「もう、怒らない?」

「ああ。もう怒らない。約束だ」


 俺は彼女の手を引いて宿へと向かっていく。

 その時、ソフィアが突然耳打ちしてきた。


「……なんですか今の言語」

「俺の元の世界の言語。ダリアとザールは俺達の言語を使っていたけど、これが本来の言語なんだ」


 ……今思うと、彼らはこちらの言語に慣れていた。

 つまり、かなり昔からこの世界にいたのだ。

 だが、何故今まで尻尾をつかまれなかったのだろうか。


 そんなことを考えて走っていると、どうにかして宿に辿り着いた。

 だが、宿に辿り着くころには、周りは驚くほど静かで、空も紺色に染まっていた。

 まるで、先ほどの騒乱などなかったかのように。


「……何だ、コレ」


 人知れずつぶやきがこぼれる。

 俺は宿に入り自分たちの部屋に戻ると、すでに起きて紅茶を啜っているメンティラと、何故か反対に眠っているアリスの姿があった。


「おかえり。二人と……三人とも? えっと、ど、どちら様?」

「メンティラさん、そんなことより早く逃げましょう! 奴隷……いや、魔女の奴隷たちが反乱を……!」

「え? 何を言っているんだい? 外、こんなに静かじゃないか」

「で、でも! 先ほどまでは……!」

「……僕はそのころ寝てたとしても、そんな大騒ぎの時まで寝てないと思うんだけどな」

「嘘じゃないんです!」

「それはわかってる。ラザレス君らしからぬ慌てっぷりだからね」


 そうは言うが、彼から焦りの様子は感じられない。

 それどころか、彼はもう一杯紅茶を継ぎ足そうとしている。


「わかった。じゃあこうしよう。今日はとりあえずこの宿に泊まって、明日関所の人たちに掛け合ってみようか」

「……でも」

「でももなにも、この時間じゃどんな貴族でも通さないと思うな。この時間帯は危険だから」


 ……確かに、一理ある。

 俺は彼から手渡された紅茶を受け取り、そのまま口の中まで運んだ。


「……と、ところで、君、魔女なの?」

「……え、えっと……?」


 言語が違うため、お互いの会話が通じない。

 俺は紅茶を一度テーブルに置いて通訳になろうと口を開いたが、メンティラのほうが先に口を開いた。


「これでいいかい? この言語は、あまり得意じゃないんだけどね」

「……え?」

「……良かった。話が通じる人がもう一人いた」


 メンティラはさも当然のように、違う世界の言葉を使いこなす。

 俺はそんな彼に、会話を遮って質問してしまう。


「何故、使えるんですか?」

「シアンさんに教えてもらったんだ。そんなに構えないでよ」

「……母が、ですか」


 ……そういえば、彼女も魔法が使えた。

 だが、前の世界で彼女を見たことはない。

 この少女も、ダリアもザールも、誰とも初対面だった。


 何かがおかしい、俺はそんな考えの中、紅茶に口をつけて二人を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ