26 異変
俺達はメンティラの馬車に揺られ、先ほどの光景とは打って変わって砂漠を移動していた。
この馬車はキャラバンのように天井だけでなく、横にも壁がある。
だが、日光はそれすらも貫通し、車内の温度を容赦なく上げていった。
「あつーい」
アリスがだらしなく口を開く。
口にはしないが、みな同じことを考えているのは容易に想像できた。
そんな中、メンティラが口を開く。
「こ、ここは、そんなに長くない砂漠だから、我慢してほしいな」
「……わかった」
メンティラの言葉に、また黙り込むアリス。
代り映えのしない風景に、照りつけるような太陽。
流石のアリスも、喋ることは控えたいらしい。
俺も右腕の包帯に絡まった砂を取り払いつつ一面の砂にうんざりしていると、メンティラが少し笑って声を上げた。
「関所だ。あそこを超えたら、ノエル家は目の前だよ」
メンティラの言葉に、思わず社内の雰囲気が明るくなる。
だが、その希望はまもなく打ち砕かれることとなった。
俺達はメンティラが関所の番人と話をしている間、馬車内で待機していろと言われたため、車内に入ってきた砂を集めていた。
「アリスさん、ノエル家の当主ってどんな人なんですか?」
「んー? えっとね、辺境伯とは犬猿の仲の、可愛らしい女性……というか女の子だね」
「……女の子、ですか?」
女の子という単語に反応して、ソフィアが口を開く。
「女の子って言っても、僕より年上だよ? というか、辺境伯と同年代って噂もあるんだ」
「……それ、女の子なんですか?」
「その発言は世の中の女性全員を敵に回すからやめたほうがいいと思うな。女性は、いつまでも女の子なのさ」
……深いのか浅いのかよくわからない言葉だ。
「でも、辺境伯とは同年代って言うけど、どう見てもそうは見えないんだ。僕と同じ年齢って言われても、アルバが驚かないくらいには」
「……そんなにお若いんですか?」
「お若いとかそういう次元じゃないんだ。なぜか、いつまでも見た目が変わらないから、正直不気味だよ、羨ましいけど」
「……私は、早く大人になりたいです」
ソフィアの言葉がきゅんと来たのか、アリスが問答無用で彼女の体を抱きかかえる。
そんな時、メンティラが馬車の中に顔を出した。
「そ、その、ちょっといいかな?」
「え? あ、うん」
「その、ね。この先盗賊が住み着いているからしばらく通行止めで、いいニュースは門番の人が宿を手配してくれるんだって」
彼は申し訳なさそうに何度も頭を下げる。
そんな中、最初に口を開いたのはアリスだった。
「迂回ルートはないの?」
「ご、ごめん。ほかのところも通行止めだって」
「費用は?」
「……そのことについても、ごめん。ちょっと出してくれると助かるな」
メンティラの言葉が終わるや否や、彼女は懐から巾着を取り出し、中身を確認する。
その時、彼女の目には恐怖の二文字しか映っていはいなかった。
あの後、馬小屋がある宿を手配してもらい、向かわされた四人一部屋で、四人で向かい合うように地べたに座っていた。
「メンティラさん、通行止めは何日間くらいですか?」
「わからないけど、安全が確認され次第って言っていたから、遅くなると思う」
……なるほど、だからアリスは壊れた人形のように虚ろな目で虚空を見つめているのか。
宿代って意外と馬鹿にならないことを知っている身からしたら、彼女の様子には手を合わせることしかできない。
「とりあえず、僕は疲れたから少し寝るね。何かあったら起こしてくれていいよ」
「お疲れさまでした。俺はちょっと街を歩いてきますね。何か、魔女について調べてきますね」
「わかった。でも、危険なことはしちゃだめだよ」
メンティラはそう言った後あくびをしながらベッドにもぐりこむ。
俺も扉を開けて外に出ようとすると、ソフィアが袖をつかんできた。
「……私も行きます」
「わかった。でも、もしかしたら魔女がいるかもしれないからあまり離れちゃだめだよ」
「それはラザレスもですよ。その腕じゃ戦えないのでは?」
彼女が目線を落とした先には、包帯で巻かれた俺の右腕。
……まあ、今の俺では足手まといになるのが関の山だろう。
俺は二人に軽く頭を下げて部屋から出る。
その時に、俺は空が赤くなっているのに気が付いたが、すぐに戻れば問題ないと思い気にせず外に出た。
外は夕方だというのに物凄い人盛りだった。
商人であろう男、その子供であろう少年少女たちが、白い民族衣装のような服で身を包んでいる。
町並みも同じように白いレンガでできた家やテントが張ってあり、それらすべてが夕焼け色に染まっていた。
俺もその夕焼け色に染まった砂を踏みしめ、人通りを通り抜けていく。
「ラザレス、ちょっとゆっくり歩いてもらってもいいですか?」
「……え? あ、ああ」
気が付くと近くにソフィアの姿はなく、少し遠いところに彼女を置いてきてしまっていた。
……自分でもわからないうちに、焦っていたのだろうか。
俺は彼女のほうへ歩き出すと、不意に空が赤いことに気付いた。
太陽も赤く輝き、先ほどまで橙色であったこの町を赤く染めていく。
「……なんだ、これ」
「綺麗、ですね」
ソフィアがつぶやくように街に対する感想を述べる。
俺はその言葉に同意するように頷くが、同時にこうも思っていた。
「何かおかしい」と。
本来夕焼けとは、太陽が発する光のうち最も強い色である赤のみが地球に到達するため空も太陽も赤く見えるのだ。
そのため、太陽も沈みかけている今の状況で、また更に明るく赤い光を発するのは、明らかに以上だ。
「……ソフィア。嫌な予感がする、離れないで」
「え……?」
俺は彼女の手を怪我していないほうの腕でつかみ、元来た道を戻り始める。
その時、後ろから突然耳をつんざくような爆発音が聞こえた。
「……爆発!?」
俺はその音にはじかれるように宿へと走り出す。
だが、その時俺は振り返った。
振り返ってしまったのだ。
そこには、大勢のボロボロの布を着て、首に鉄の首輪をつけている男女が、こちらに向けて歩いてきた。
その数は広い市場であったであろうこの町を覆いつくすほどで、空に届きそうなほどの大声で何かを話している。
「何、何を話しているんですか……?」
動揺と恐怖が入り混じった表情をして、明らかに動揺するソフィア。
だが、俺は違った。その言葉の意味を、俺は理解できた。
だって、この言葉は俺の世界の言葉なのだから。




