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25 価値

 俺は馬車に揺られながら、ただ茫然と外の景色を眺めていた。

 その間、誰も言葉を発することはない。

 俺も、彼女らになんと話しかければよいのかわからず、ただ顔をそらすことしかできなかった。


 得意のコインロールも右腕が動かせないため、気晴らしもできず、俺に出来ることはこの気まずい空気をどうするか考えることだけだった。

 そんな時、メンティラが口を開く。


「ラ、ラザレス君。君のお母さんって、シアンさんだよね?」

「……母を、知ってるんですか?」

「うん。彼女は昔僕が盗賊に襲われていた時に助けてくれたんだ。と、とっても強くて、優しい人だった」

「そうなんですか。母が……」


 ……確かに、彼女の魔法ならそのくらいは容易い事だろう。

 だが、彼女はある日盗賊に殺された。


「だ、だから、とっても驚いたんだ。彼女、その……」

「構いませんよ」

「……殺されたって聞いた時、本当に嘘なんじゃないかって思ったんだ」


 彼の言葉に、ソフィアがピクンと反応する。

 そういえば、俺は彼女に俺の両親のことを離していなかったことを思い出した。


「……あの夜のことは今でも覚えています。三人の盗賊が家に押し入ってきて、両親とも……」

「それなんだけどさ、おかしいと思うんだ」

「おかしい? 何がですか?」


 ……もしかして、人数のことを言っているのだろうか。

 確かに、俺を含めれば三体三で決して不利ではない。

 だが……。


「あの人が、そんなに簡単に殺されるはずはないと思わない?」

「……え?」

「これは僕の憶測だけど、もしかしたらあの夜いたのは三人じゃないかもしれない」

「あの時に家を襲ったのは、彼らだけではないと?」

「そう。じゃないと、君のお父さんは知らないけどシアンさんが負けるはずがない。それに、その盗賊がどうなったのか誰も知らないのも不自然だ」


 ……確かに、普通貴族の家を襲ったほどの悪党なら、もう少し情報があってもいいはずだ。

 捕まるまでいかなくとも、賞金首になっていてもおかしくはない。


「もしかして、誰かが彼らをかばっているという可能性があると?」

「……そういう事になるね。経験上、そういう人は身近にいる。注意したほうがいいと思うんだ」

「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」


 俺は彼に深々と頭を下げると、アリスが急に口を開いた。


「メンティラさん、普通に喋れるのかい?」

「……え? あ……うん」

「……もしかして、僕たちに怒ってる? ごめんよ、気を悪くさせるつもりじゃ……」

「あ、いや。違くて……その、女性が、怖いんだ」


 彼は震えた声で、彼女の言葉に返答する。

 ……女性が怖いとしても、ソフィアほどの女の子を警戒するのは用心しすぎじゃないのか?


「ぼ、僕こんな見た目だから、女性にいつも陰口をたたかれてて、だから、怖いんだ。ほら、今だって震えが止まらなくて……」


 そういう彼の手は、確かに小刻みに震えている。

 女性恐怖症という奴だろうか。


「で、でも、気にしなくていいよ。これは、僕の問題だから」


 愛想笑いするメンティラ。

 そういう彼の顔には、喜怒哀楽の哀が含まれていた。


「……ごめんよ、メンティラ……さん」

「メンティラ、でいいよ。き、きっとしょうがないことだから、構わないから」

「……ごめんなさい、メンティラ」

「い、いいって」


 二人が頭を下げて謝る。

 俺は、そんな彼女たちの姿を見てホッとしていた。

 このまま彼のことを誤解したままだったら、彼のことが不憫でならない。


 ……本当に、良かった。


 俺はどこかの愚者の姿を思い浮かべていると、急にソフィアがこちらに向き直った。


「……そういえば、ラザレスのご両親はもう……」

「亡くなったよ。俺が六歳の誕生日の日に、強盗に襲われて」

「……どうして、話してくれなかったんですか?」


 どうして、と言われても正直困る。

 あっけらかんと話す話題でもないし、昼下がりのコーヒーブレイクでの話題にも似つかわしくない。


「……ごめん、隠すつもりはなかったんだ」

「……ずるいですよ。私の知らないあなたがいるなんて」

「……ソフィア」


 ……そうだ。俺はいつもずるかった。

 思えば、俺は誰かに自ら率先して話すことはなかった。

 だから、誰にも自分のことを知られることはない。

 でも、ずるくたって別に罰は当たらないだろう?


「俺は、ソフィアに心配をかけたくない」

「……え?」

「俺は自分のことは自分で背負うって決めた。俺は、出来るだけ誰かに頼らないで生きていくつもりなんだ」

「ラザレス君、その言い方はソフィアちゃんに失礼じゃないかい?」


 アリスが少し怒った口調で口を挟む。

 ……彼女が俺を心配して言ってくれたのだとしたら、確かに今のは失礼だったのかもしれない。

 だけど事実だ。俺の人生に他人を巻き込みたくはない。


「ラザレス君、君はきっと自分が死んで誰かが助かるとしたら、喜んで命を差し出す。そういう人だろう?」

「当たり前です。目の前に救える命があるなら、助かったほうが絶対いい」

「そうだろうね。君は、今朝の言葉で君を差し出せば戦争は起こさないといわれたら、きっと今この場にはいないだろう」

「……何が言いたいんですか?」


 戦争が起きないのなら、その方がいいだろう。

 無論、それが真っ赤な嘘という可能性もあるが、俺がいなくなって困ることなど何もない。

 むしろ、賢者などといういつ裏切るかわからない危険因子が排除されることで利益になるのかもしれない。


 だが、彼女の言葉はそんなことではなかった。


「君は、知識を求めるくせに自分の価値を知ろうともしない愚か者だ」

「……俺の価値? そんなものは綺麗事だ! 俺は戦争で簡単に命なんて吹き飛ぶことを知っている」

「なら、何で今命を大切にしないんだい? 命が儚いことを知っているなら、今の大切さも知っているはずだよ」

「俺よりも他の人が今を過ごしたほうがはるかにいいはずだッ! 俺は、両親を見捨てた卑怯者なんだぞ!?」

「両親を見捨てられなかったんじゃなく、助けられなかったんだろう?」


 彼女のその言葉は、異常なほど機械的なものだった。

 その目にはいつものような優しさはなく、ただ見ているだけの虚ろな瞳、そう感じてしまう。


「……本当に、わからないんだ。どうして、君はそう言い切れたんだい?」

「それは……!」


 俺が反論しようとすると、ソフィアが俺の袖をつかみ、涙ぐんでいた。

 そんな彼女を見て、出かかっている言葉を押し込める。

 その時に頭から血が下りていくのを感じ、目には明らかにあたふたしているメンティラが入ってきた。


「……すいませんでした。カッとなっちゃって」

「……僕のほうこそ、ごめん」


 俺が頭を下げると同時に、彼女も同時に頭を下げる。

 それを見てホッとしているメンティラと、まだ袖を引っ張りながら涙ぐんでいるソフィア。


「ごめんな、ソフィア」

「……また同じこと言ったら、怒りますから」

「え?」

「……ラザレスは、卑怯者じゃないです。あなたがどう思おうと、私から見たラザレスは卑怯者なんかじゃありません」


 彼女の言うあなたが誰を差しているのかは、目を見てわかった。

 ……俺の価値。そんなものが俺に存在しているのだろうか。


 俺は彼女の言葉が頭から離れないまま、馬車に揺られていた。

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