24 選択
俺は砂利道を踏みしめながら、彼の言葉について考えていた。
『起こるべくして起き、巻き込まれるべくして巻き込まれる』。
そしてこれが、あのスコットの言葉だとは思えない。
「……わからない。戦争って、一体……何なんだ……?」
「ラザレス……」
「ごめんね、アルバも君を追い詰めるつもりで言ったわけじゃないと思うんだ」
「……いいんです。それは、わかっています」
……多分、俺も心のどこかではその意味が分かっているんだ。
だけど、理解したくない、と俺の脳が拒んでいる。
『あの日戦争に参加しなければ』。
何度考えたことだろう。
勿論たらればの話だが、その言葉はいつも俺に優しかった。
魔法の教師としての俺。医療魔術を主とした医者としての俺。
その多くの可能性を見せてくれていたのだ。
だけど、その言葉はそんな言葉すらボロボロに打ち砕いてしまうものだった。
まるで、俺が戦争に参加するのも、魔族との和平の道も、すべて。
だが、理屈はわかる。わかってしまうのだ。
俺の意思に背き、頭をもたげてしまう。
そんな時、アリスが俺の肩に手を置いた。
「ラザレス君。きっと、君の遺恨は僕の考えているものよりずっと大きいかもしれない」
「……アリスさん」
「でも、今は戦争について考える場面じゃない。今できることをやらなきゃいけないんだ。わかるかい?」
「……はい」
彼女の言う通り、今戦争について持論を述べたとしても聞く耳など持つ相手じゃない。
なら、俺達は一刻も早くノエル家という場所に行き、俺達よりも有力な立場の人間に一任するほかない。
俺は気を取り直して砂利道を歩いていくと、ふいに後ろから何者かに話しかけられた。
「お、お話はまとまったかい?」
「……えっと、あなたは?」
「僕は『メンティラ』。アルバさんの代わりを務める御者だよ。よ、よろしくね」
メンティラと名乗る黒髪の小太りが特徴的な中年はもっと特徴的な笑い方をしながら握手を求める。
……どうでもいいが、これで俺の最年長の座はなくなったのだろう。
「え、えっと。アルバさんの知り合い、だよね? き、緊張しなくていいよ。君たちのことは、ちゃんと知ってるから」
「……どこまで知ってるんですか?」
「え? な、名前だけだよ」
……本当に名前だけなのだろうか。
アリスは何を言っていいのかわからない状況で、ソフィアに至ってはどこかおびえている表情をしている。
そんな彼女に気付いたのか、膝を折って愛想笑いをうかべ、布にくるまれたパンを差し出した。
「あ、パン食べる? 僕はお、お腹空いてないんだ。良かったら、食べなよ」
「え、えと。私もお腹空いてませんので、お気持ちだけで……」
「そ、そっか。え、ええ偉いね。ちゃんと敬語使えるなんて」
そう言って彼はソフィアの頭をなでようとするが、俺の陰に隠れてしまう。
……この人の言動はいい人そのものなのだが、目や表情、笑い方が誘拐犯のソレなのだ。
流石に哀れに思い、助け舟を出す。
「その、メンティラさんはアルバさんの代わりの御者で合ってますよね」
「そうだね。それじゃあ行こうか、ラザレス君たち」
手招きして先頭を歩いていくメンティラ。
俺もそんな彼の後をついていくが、その一歩後を二人が付いてくる。
俺はそんな二人に彼に聞こえない程度の声量で話しかける。
「……ちょっと、失礼ですよ二人とも。彼、とってもいい人じゃないですか」
「わかってる、わかってるけど! その、どう話しかけていいかわからなくて……」
うんうん、とうなずくソフィア。
「何を言っているんですか、俺には臆することなく話してきたのに」
「で、でも! 男の子と男性は違うだろう?」
「……その、聞こえているよ。え、えっと、なんか僕でごめんね」
明らかに落ち込んでしまうメンティラ。
……俺だけは何があってもこの人の味方でいよう。
俺はそっと彼の肩に手を置いて、ゆっくりと頷いた。
俺たちはしばらく歩いたのちに、町のはずれの小さな馬小屋に辿り着いた。
そこには物凄く目立つ美しい白馬が、たった一匹つながれていた。
「ご、ごめんね、待たせたかな? それじゃあ行こうか」
メンティラは優しく白馬をなでた後、馬小屋の中から連れ出して外にある車を馬に括り付けた。
……確か、この車の形はカートと言っただろうか? アルバのはバギーと言ったはずだ。
この知識は以前ベテンブルグの家にいたときに教わったもので、個人的にカートが一番好きな形状だったため、少しだけ興奮していた。
「た、確かノエル家に行くんだよね。ま、ま任せておいてよ」
メンティラはそう俺達に言った後、御者台に乗った。
俺もそんな彼のように車に乗り込むが、二人は少しためらった後、おずおずと乗り込んでいく。
俺はそんな彼女らを見て、ため息を禁じえなかった。




