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20 夜

 俺は、彼女の部屋の扉をノックした。

 周りは先ほどまでとは打って変わり、冷たい空気が廊下に伝わっていて、それにとても静かだ。

 その静けさゆえに、俺は彼女が寝ているのではないかとすら思ったが、扉越しに返事が聞こえたことで、その心配は杞憂に終わった。


「……あ、えっと。ラザレスだよ。その、ソフィアまだ起きてる?」

「……何の用ですか?」

「……謝りたいんだ。今までのこと」


 扉はまだ開かない。

 だが、俺はその扉にでも話しかけているかのように彼女に話しかけ続ける。


「ごめん。俺、ソフィアのこと何にもわかってなかった」

「……ラザレス」

「多分、どこかで俺ソフィアのこと年下としてみてたのかもしれない。ソフィアのほうが二歳も年上なのにな」

「……全然、違う」


 ……違ったようだ。

 あの二人の言った言葉の解釈が間違っていたのだろうか。


「ラザレスはどうして……私がこの扉を開けないかわかりますか?」

「……それは、怒ってるから?」

「違います。逆で、怖いからなんです」

「怖い?」


 ……まあ、言ってしまえば俺も魔女なのだ。

 怖がるのはおかしい話ではない。むしろ、普通に接してくれるあの二人がおかしいのだ。


「あなたのことです。多分、『自分が魔女だから』とか考えているのでしょうが、そんなことはどうだっていいのです」

「……どうだっていいって。俺だって真面目に考えて……」

「……ごめんなさい。今のは失言でした」

「構わないから、どうして怖いのか聞いていい?」


 俺は出来る限り落ち着いた口調で彼女に質問する。

 しばらくして、扉越しから深呼吸の息遣いが聞こえた後、彼女の声が耳に入る。


「ラザレスは、どうして私に優しくできるんですか?」

「……どうしてって」

「私はあんなに冷たくしたのに、あんなに素っ気なくしたのに、どうしてそんな私に優しくできるんですか!?」


 俺は、そっと息を吸ってそのまま言葉と共にはいた。


「……扉が開いてなくて良かった。この言葉は、ラザレスのものじゃないからな」


 ……ここからの言葉は、ラザレスとしてではない。

 俺は、彼女に……賢者としての俺として、言葉を送りたい。


「……俺は、昔戦争で相手国を滅ぼした。多数の兵士を引き連れて、先陣切って多くの命を奪ったんだ」

「……ラザレス?」

「でも、その時の俺に相手国に対する憎しみなんてものはなかった。『敵だから殺した』。相手国のことなんて、ほとんどよく知りもしなかったんだ」

「……」

「しばらくして、俺はたった一人戦争に勝ち残った。その時に、俺は空を見上げて思ったんだ」


「『空しい』。たったそれだけの感情しか、俺の中にはなかったんだ」


 彼女の息を呑む声が聞こえる。

 だが、俺は構わず話し続けた。


「……あの戦争で勝ったのは間違いだったとはもう言わない。でも、もう少し相手のことに目を向けてれば、あの参事は防げたかもしれないんだ」

「……ッ」

「だから、俺は少しでも人のことを知りたい。誰かのことを理解せずに人を傷つけるのはもう嫌なんだ」


 俺が言い終えると同時に、扉が開け放たれる。

 そこには、目が少し充血している少女が、こちらを見つめていた。


「……入ってください」

「いいのか?」


 俺の言葉に反応もせず、扉を開けたまま奥の椅子に腰かける。

 俺も、そんな彼女に続いて対面にある椅子に座った。


「……ラザレスは、立派ですね」

「そうかな?」

「そうですよ。私とは違って、しっかりしてます」


 ……この答えを見つけるのが、もう少し早ければ、彼女の言う通りしっかりしていたのかもしれない。


「……私、本当は誰にも嫌われたくないんです」

「……ソフィア?」

「誰も傷つけたくないし、傷つけられたくない。でも、そんな人生は送れないんです。きっと、世界中の人たちが」

「……そうだね」

「……私も、勇者であるという理由で、何度も友達を失いました。魔法が使えるから、特別な存在だからって」


 俯いたソフィアの瞳からは涙がこぼれ、ひざに落ちて行くのが見える。

 ……つらい体験だったのだろう。十歳の精神に耐えられるものではない。


「……だから、私は誰にも近寄りたくなかったんです。だって、他人なら傷つけられても平気だから、他人なら傷つけないから……!」

「……そっか。本当に、辛かったんだね」

「でも、そんな私にどうしてあなたは手を差し伸べるんですか!? どうしていつも、私を気にかけてくれるんですか!?」

「……俺は、君と友達になりたいんだ。この気持ちは、マーキュアス家だからとか、勇者だからとか、関係ない」

「……信じて、いいんですか?」

「勿論」

「一緒に遊んだり、お菓子を食べたり、夜更かししてお話を続けてたりしてもいいんですか?」

「ああ」


 その言葉を聞くと、彼女の瞳からは堰を切ったかのように涙が流れ出してくる。

 ……本当に、辛かったのだろう。

 今までやりたいこともあったはずだ。その全てを、勇者だからという理由だけで我慢してきたのだ。


「……じゃあ、ラザレスにまず一つお願いがあります」

「……いいよ。できる限り何でもする」

「少しだけ、一緒にいてください。アリスさんが返ってくるまで、話し相手になってください」

「わかった。そうだね、何の話をする?」

「……前の世界のこと、聞かせてください」


 ……そう来たか。

 俺の前の世界の思い出には、いい思い出どころか、思い出せるほど突飛な出来事はなかったのだ。

 ただ、国営の孤児院で魔法の勉強して、集団で飯食って寝る。

 勿論女性もいたが、孤児院にいる者はほとんど家族みたいなものなので、浮いた話は聞いたことがない。

 ソンナ者タチヲ、オマエハ……。


 ……そんな話をしてもしょうがないので、どう答えるか考えあぐねているうちに、ウトウトとソフィアが舟をこいでしまっていた。

 そんな彼女の肩に毛布を掛ける。

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