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56 復讐の終わり

 星灯に照らされた草原。

 目が覚めると、俺はそこで横たわっていた。


「目が覚めたか、ラザレス」

「……魔核?」


 隣ではダリア……魔核が座っている。

 俺はとっさに起き上がり、彼女に聞いた。


「なんだ、ここは? 一体俺はどこにいるんだ……?」

「ここはお前の意識の中。……いや、夢の中とでもいった方がわかりやすいだろうか」

「夢……?」


 何かを思い出そうとするたびに、頭に靄がかかったようになる。

 何故、俺は夢など見ている? 今は寝ている場合などではないことくらい、俺が一番よくわかっているはずなのに。

 だが、どうやって夢から目覚めればいい?


「……無駄だ。恐らくだが我々は、外側から魔法により眠らされている」

「なんだとっ!? それじゃあ、この世界は……っ!」

「いや、我々が今こうして生きている、という点から恐らく大きく変わってはいないはずだ」


 彼女の言葉に、ひとまず胸をなでおろす。

 しかし、状況が緊迫していることに変わりはない。

 その時、彼女は口を開いた。


「……なあ、ラザレス。お前は、何のために戦っているんだ?」

「……は?」

「勇者を倒さなくてはこの世界に未来はない。そんなことは私自身も承知している。『世界の未来のために』。大いに立派だ。だが、本当はどうなんだ?」

「……」


 言っている意味が分からず、沈黙してしまう。

 だが、彼女は続けた。


「例えばユウやリンネ、彼女たちはきっとこう答えるだろう。『カレンを守るため』、と。それがこの世界の未来のために戦う理由に繋がるのだろう。だが、貴様は本当のところは何故戦うんだ?」

「……俺は」

「わからないんだ。近くで見ていた私でさえ。奴に託されたからか? 奴に近づきたいから? ……そんなのは幻影だ。貴様はどうあっても貴様でしかありえない。それはお前もうすうす気づいていたのだろう?」

「……」


 その言葉は、俺を追い詰めるために吐いているわけではないことはすぐわかった。今までと違い、毒気が無かったから。

 だから、この問いを誤魔化してしまったら……きっと、彼女への侮辱になる。そう感じた。


「……少し、考えさせてくれないか」

「ああ。どちらにせよ、しばらく我々はここから出られない。ゆっくりと考え、お前自身の答えを聞かせてくれ」


 俺自身の答え。

 ……そう言われると、何故だか無性に難しく感じた。


「……レオナルやグレアムはさ、何で戦ってるんだろうな」

「さてな」

「……狼は、なんで戦い抜けたんだろうな」

「……さてな。だが一つ言えることがある」


 彼女はそう言うと、俺の肩に手をまわしそっと抱きしめる。

 見上げると、すぐそこには彼女の顔があった。


「誰もが、守りたい誰かのために戦っている」

「あ……」

「しかし、お前は違う。……お前の守りたいものは消えた。子供たちも、いなくなった」

「……なら、復讐のため、俺は戦っていたのか?」

「お前の復讐の炎はもう消えたよ。ずっと見てきた私だから、言える」


 俺の復讐の炎は消えた。

 その言葉を聴いた途端、何故だか妙に怖くなった。

 ずっと、ずっと俺を前に進ませてきた原動力。

 それが、完全に消えたのだから、怖くないはずがない。


「怖いか?」

「……ああ」

「そうか。……だけど、きっと大丈夫だ。お前なら、きっと」


 そう言って、さらに俺を引き寄せる魔核。

 その時、俺は気付いた。

 気付いて、しまった。


「お前、魔力が……!」

「ああ。きっと魔核に吸い取られたのだろう。魔核の力を持つ、勇者に」

「勇者って、それって……!」


 彼女は深くうなずいた。

 ……そうか。結局、あいつは。


「……これから先、きっとつらい戦いになると思う。その旅路に立ち会えないのは残念だが……私はずっと、お前を思っているよ。ラザレス」

「魔核……」

「ありがとう。お前がいてくれなかったら、私の友は永遠に救われなかった。本当に、ありがとう。ラザレス」


 不自然なほどに俺の名を呼ぶ魔核。

 今にも消えそうな彼女を見て、俺は言った。


「……俺、この世界に生まれてきてよかった。リンネやレオナル達にも会えたし、色々あったけど、アンタと分かり合えた。だから俺は……自分の生きる意味を、ようやく知れた」

「……」

「だから俺は、ラザレスを止める。あいつが生きる意味を見出した世界を、あいつ自身が壊さないように。それが、俺の中にある、戦う理由だ」


 言い終えると、彼女は満足そうに、それでいて寂しそうに微笑み、立ち上がる。

 彼女を止めないと、もう二度と会えなくなる。心のどこかで、そう叫んでいた。

 だけど、俺は彼女を見送ることに決めた。


「……もう、私の出る幕はないな。気をつけろよ、今のお前は魔法が使えないただのラザレスだ」

「ああ。わかってる」

「だから……ああ、もう」


 彼女は煩わしそうに頭をかき上げると、背中越しに振り向いて言った。


「負けるな」

「おう」





「それで、我々を呼び出した理由は何かね?」


 誰も住んでいない古びた家の中で、埃をかぶったソファーに座りながら、ベテンブルグが怪訝な顔をして勇者を見る。

 彼はそんなベテンブルグの言葉に、自身の怒りを抑え込みながらつぶやいた。


「……潰す」

「ん?」

「ぶっ潰す! もう許さねえぞ、ゴミどもが! じわじわ殺してやろうかと思ったが、もう今ぶっ殺してやる!」


 彼がそう叫ぶと、目の前にあった机に拳を叩き込む。

 それをベテンブルグが冷ややかな目で見た後に、聞いた。


「シルヴィア。彼が何故こうなっているか知っているか?」

「メア。彼女にやられたのよ」

「言うんじゃねえ!」

「……メア? まさか、彼女が裏切ったと?」


 勇者がベテンブルグとシルヴィアを両方睨むが、お互い気にする様子はない。

 その様子がさらに苛立たしかったのか、彼は机を思い切り蹴り上げた。


 しかし、ベテンブルグの思考は完全に別のところにあった。

 メアが裏切ること。それは、彼の計画には微塵も組み込まれていなかった。


「なるほど、メアが……。この件はその可能性を考慮しきれなかった私に責任がある。謝罪しよう」

「気にすることはないわ。あなたほどの天才にこの世界の人間の気持ちを察するなんて、苦にしかならないもの」


 シルヴィアの言葉に反応を示さないまま、彼は勇者の方を見る。

 そして、少し考えたのちに彼は言った。


「仕方がない。メアが裏切った以上、今彼女を追うのは得策ではなくなった。よって、これからマクトリアに向け、総攻撃を行う」


 彼がそう言った途端、先ほどまで壁を背にしてうつむいていたフィオドーラが顔を上げ、ベテンブルグの目を見て言い放った。


「待ってください! メア一人より、マクトリアを滅ぼす方が早いとおっしゃりたいのですか!?」

「黙りなさいフィオドーラ。ここであなたの考えなんて必要ないことが、まだわからないの?」

「……っ!」


 シルヴィアに諭され、不愉快を表情の節々から隠しきれないフィオドーラ。

 そんな彼に対し、先程とは違い笑顔で勇者が答えた。


「クク、いいじゃないですか。より大人数をこの手で殺せるんです。憂さ晴らしにもってこいじゃありませんか」

「……勇者様」

「もうこれは決定しました。反対するというのなら、この手であなたを殺すというのも……」

「随分とお喋りだな、ラザレス」


 上機嫌な勇者の声を、対照的に冷たく黙らせるベテンブルグの声。

 それは、いつもの余裕のある声ではなく、どこか怒りを孕んでいた。


「……どういう意味だ、それは」

「メアが裏切った気持ちがわかる、ということだ。あまり下衆な声を上げるなよ。さもなくば、私自身が貴様を殺すぞ」

「ハッ。お前如きにこの俺が殺せると?」


 彼はそう言って鼻で笑い飛ばした後、ボロボロの扉を開けて外に出ていく。

 その際に、彼は手を振りながら振り向かずに行った。


「先に行ってます。あなたはその醜く高ぶった頭を冷やしてから来なさい」


 そう言って、彼とベテンブルグの間を遮るように、扉は閉まった。

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