52 生き方
「今一度、問わなくてはなりません」
グレアムが、月明かりが照らす一室の中央で周りに問いかけるように言った。
周りには、レオナル、ユウ、リンネ、カレンの四人がいて、それぞれがグレアムに注目していた。
それを確認出来た後、グレアムの口が開かれる。
「ラザレスは、知っての通り目覚めないかもしれません。それに……相手は私たちの敵う相手ではありません」
「……つまり何が言いたいんだよ、グレアム」
「以上の点を踏まえ、逃げるか、……それとも、抗うか。選択してください」
グレアムの言葉に、周りが静まり返る。
しばらくした後に、リンネからぽつりと言葉が漏れた。
「……そんなの決まってんじゃねえか」
「……」
「オレたちはきっと……悔しいけど、どちらにせよ死ぬ。だったら、……最後まで、抗ってやる」
レオもリンネの言葉に頷く。
だけど、カレンは首を振っていた。
「……もう、嫌だよ」
「……」
「ユウさんも、リンネさんも……レオもグレアムさんも、傷ついてほしくなんかない。ラザレスにだって……傷ついてほしくなんか、なかったんだよ」
彼女の答えは、もっともだった。
周りも、静まり返る。
そんな時、グレアムは膝を折って彼女の目線に合わせ、言った。
「優しいのですね。……私はきっと、あなたに怖がられているのかと思っていたのですが、どうやら杞憂だったようです」
「……え、っと」
「いいのですよ。……ですが、きっと私たちが誰も残っていなくても、きっと目を覚ましたら彼は戦うでしょうね。そんな馬鹿をどうしても私には一人には出来ないのです」
「ばか……?」
カレンが怪訝そうな顔で首を傾げる。
そんな彼女の顔を見て少し笑った後、彼はそのまま窓へと向かい、外を見ながらこう言った。
「ラザレスですよ。どうやらお友達の話によると、必ず目覚めるそうです」
「……なんだ、それ。さっき必ず目覚めないって言ったじゃないか」
「……ククク。たまには私も、奇跡というものを信じてみたくなったのですよ」
奇跡。
それは、グレアムが口にしないような言葉だった。
だけど、どこか。
心のどこかが……真っ直ぐな目をした彼女と触れたことで、変わり始めてきているのかもしれない。
その事実に心の中で微笑むと、彼は月を見上げた。
そうですよね。
その言葉を、心の中で唱えながら。
目の前の焚き木に薪をくべながら、ザールは目背けずに彼女に聞いた。
「……今日は助かった」
「……別に」
ザールに倣うかのように、メアも薪をくべる。
既にフェレスはメアの膝の上に頭を乗せ、寝息を立てている。
フェレスの中の彼女への警戒は、解けたといっても過言ではなかった。
「元々は、その子をどうするつもりだったんだ?」
「旦那……ベテンブルグに殺せって言われてたんだ。そうすれば、私たちの勝ちはゆるぎないものになる。そう言われたからな」
「ベテンブルグが……!? それはどういう意味だ! 奴は、以前の戦いで死んで……」
「生きてたよ。元々、あの爺さんの体はシルヴィアの作り出したものだ。それに、ベテンブルグは私たちが裏切ってもいいように、常に最小の情報しか渡さなかったから、意味とか聞かれても知らねえし」
「……」
「おいおい、睨んでもわかんねえもんはわかんねえよ。それに、もうあいつらのために行動する意味もねえしな」
「そこだ。何故貴様は奴らと行動していた?」
「……悪には、悪の救世主が必要だったってだけだよ」
望まれない命。
その言葉にザールも、思う所がない訳ではなかった。
そう思って口を噤むが、メアがしばらくした後口を開いた。
「少しだけ付き合え。しばらくは共にする仲だ。お互い、嫌かもしれねえけどな」
「話してみろ」
「……この世界は、魔女と人間の二種類で出来ている。だけどな、いるんだよ。魔女だから、という理由をつけて、人間を殺すやからが」
「魔女だから……」
「そう。私たち人間と魔女は一見区別がつかねえ。魔女が魔力で出来ているからって感情がない訳でも、ましてや触ったらすり抜ける訳でもねえ。だから、横行しちまったんだよ。ずっと前に、人殺しが」
「……」
「私は元々小さな村の出だったんだ。くだらないことしか言わない幼馴染の男の子に、引っ込み思案な妹もいた。お節介の両親に、尋ねたらいつも優しくしてくれたおじさんやおばさん。……全員がお互いを知り尽くしているくらい、本当に小さな村だった」
「だから、滅びるのに時間はかからなかった」
焚き木の音がする。
風に揺られ、ぱちぱちと音を立てていた。
「私も当然殺されそうになった。村を滅ぼした奴に、顔を覚えられたら厄介だから、と。そこで、私はなけなしの勇気を使って、そいつらに尋ねたんだ」
「『どうして、この村だったの』……て具合にな」
「そしたらさ、何を言ったと思う? 『この村なら良いと思った』、だってよ。……笑えるだろ? たった数人の人間に、私や私の周りの運命が握られたんだから」
だけど、と彼女は言葉を続ける。
少しだけ、寂しそうに微笑みながら。
「ベテンブルグは……そんな私を助けてくれた。育ててくれた。楽しかったときはいっしょに笑い、悲しかったときはいっしょに泣く。……そして、私の境遇に怒りを覚えてくれさえしてくれた」
「……」
「……いつからだろうな。そんなあいつの……『この世界を滅ぼし、悲しみを終わらせよう』なんて、危険な野望に賛同し始めたのは」
「貴様たちは……」
「『鴉』だ。私たち、そして世界の敵。ベテンブルグたちをそう呼ぶ」
メアはその言葉を吐いた後に、体を後ろへと倒し、星空に顔を向ける。
ザールは、そんな彼女の顔を見ないまま、呟いた。
「鴉は、皆貴様のようなものなのか?」
「さあな。シルヴィアなんかはあいつの思惑にただ賛同しただけって感じはするな。……だけど、アイツは……フィオドーラは……違う」
「……そうだな」
「感謝するよ、ザール。あいつのこと、真っ直ぐ見てくれたろ? 私もさ、思うことがない訳じゃなかったんだ、あいつには」
そう言う彼女に、ザールは表情を崩す。
そして、しばらくたった後に、彼女に確認という意味をこねて聞いた。
「お前は……これから先、ベテンブルグと相対したとき、刃を向けられるのか?」
「なんだ、心配してくれてるのか? 意外だな」
「違う、咄嗟の時に刃が鈍ってもらっては困る。……それで、刃を向けられるのか?」
「……わからねえよ。ベテンブルグは私から見ればいい人だったし、アンタも多分、いい人だ」
「私が?」
「ああ。フィオドーラと向き合ってくれたろ? だからさ、もうちょい……肩の力を抜いて生きたっていいんだぜ?」
「……お前にはお前の、私には私の生き方がある。今更変えることなどできない」
「じゃあ聞くけど、アンタは何を成したい?」
「私は……」
ザールは口を閉じ、目をそらす。
今、確かに彼は揺れ動いているのだ。
彼にとって騎士団長としての日々は、楽しいものだった。
部下に無理やり連れられた酒場で、見ず知らずの人たちの話を聞くのも、行きつけのパン屋の店員の人と言葉を交わすのも、騎士を目指す少年と話したことも。
そして、何より彼の周りにいた部下……一人一人が、個性的な人々だった。
だが……すべて彼が奪った。
だが、きっと彼は今も戦っている。
それを理解したからこそ、ザールは口を開いた。
「……それでも私には奴を許すことなど、出来ない」
「……」
「今ここで私が死んだら、皆の無念はどうなる。私は騎士だ。憎悪と無念を、晴らす責任がある。私は……彼らのために、今を生きている」
「……優しいんだな。だけど、やっぱり不器用だよ、アンタは」
「……」
ザールはそれ以上話すことはないと言った風に、火に背を向けて横になる。
そんな彼に、彼女は言い放つように言葉を放った。
「どちらにせよ、私たちはラザレスに会わなきゃいけない。この子をラザレスに会わせてはいけないとも、ベテンブルグから聞いたからな」
「……何かあるのか」
「知っているのなら、私に教えてほしいくらいだ。……とりあえず、しばらくの間よろしく頼むぜ、ザール」
彼女はそれ以上は喋らなかった。
その日は、焚き木の音が妙にうるさく感じられた。