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51 思惑

 夢を見ていた。

 たった一人で、砂漠のように何もない場所を歩く夢だ。

 振り向くと、そこには当然一人分の足跡しかない。


 黒に染まった空を見ても、星さえもこちらを見てはいなかった。

 もう、本当に一人きりになってしまった。


「……」


 目の前には、大柄の男性の死体が一つ。

 ……わかりきっていることだ。これは紛れもなく俺が……。


 吐き気がする。

 めまいも、そこに立っていられないほどにひどい。


 最悪だった。

 俺は、俺の存在そのものが……最悪だったのだ。



 ザールはメアとフェレスを連れ、森を走っていた。

 後ろからは、仮面をかぶった者が追いかけてきている。

 すでに息が切れかけているザールに対し、背後の存在にはその気配すら感じられなかった。


「……なんだ、アイツらは……ッ!」

「死体だよ。シルヴィアが作り出した死体の兵士。私はあれを屍兵(かばねへい)と呼んでる」

「死体、だとっ……!」


「そして今から、あなたはその一つになるの」


 ザールがその声のする方へ振り向くと、その目の前にはシルヴィアとシャルロットが、こちらを見下ろすように立っていた。


「悪いな、シルヴィア。ドジッちまった」

「構わないわ。むしろ、その方が好都合かもしれないし」

「……は?」

「メア。私の望む世界にあなたはいらないの。悪いけど、ここで死んでちょうだい」


 無慈悲に言い放つ彼女の言葉に、メアは口をパクパクさせることしかできなかった。

 そんな彼女に代わり、ザールが言い放つ。


「望む世界だと……? 何を言っている……?」

「ああ、あなたはまだそのことについても理解していないのね。いいわ、教えてあげる」


 シルヴィアは自身の立っている高台から降りて、そのままザールに近づいていく。

 そして、少し笑うかのように顔をゆがめたのちに、言った。


「私たちはこの世界を再構築するの。不愉快な人間なんていない、完璧な世界に」

「……再構築、だと?」

「ええ。そのために、私たちは今ある文化、生活、そして人間そのものを破壊しなくてはいけない。だって不要でしょう? 完璧な世界に、不完全なものなんて」

「人間が、不完全だとでも言いたいのか……!」

「ええ。私以外大半は愚かだもの。だから戦争だって起きた。いい加減、バカが躍るのを見ているのも疲れたのよ。私は完璧な世界でゆっくりとお茶でもしていたいの」

「そのために、多くの人が犠牲になってもか!」

「言ってるでしょう? 私以外がどうなろうと、知ったことじゃないって」


 彼女はそう言った後ひざを折り、そのままメアに目線を合わせる。


「特にメア。私は貴方のことが昔から嫌いだったわ。粗雑で、傲慢で、乱暴。どうして私と同じ天才であるベテンブルグがあなたを側に置いたのか、まったくもって理解できなかった」

「ハッ、嫉妬かよ」

「……時間の無駄だったようね。それじゃあ、片付けておいて」


 そう言って彼女は立ち上がり、指を鳴らす。

 すると、辺りの木の影から数百体にも及ぶ屍兵が姿を現した。


「……ザール。この縄をほどけ」

「断る」

「いいから。私はまだ死にたくないんだ。生きて、あのアバズレのモツを引き抜かなくちゃならない」

「その言葉が信用に足ると?」

「……なら、どうしたら信用してくれるんだよ!」

「この戦いが終わったのち、すべて話せ。敵の目的、戦力。そして、何故貴様がここにいたのかをな」

「ああ、やってやる。裏切り者にだろうがなんだろうが、なってやるよ!」


 その言葉を彼女が吐いた途端、彼女の腕に回されていた縄がほどかれた。


「……精々役に立って見せろ」

「上等」


 彼女はそう言って笑うと、ザールと板挟みになるようにフェレスの前に立った。

 ザールが剣を抜くと、彼の服の先のあたりに力が籠められるのが分かる。

 見ずともわかる、フェレスだ。


「……しっかり摑まっていろ」


 彼がそう言うと、彼女は左腕でザールの腰を抱きしめるように掴まった。

 ザールはそれを一瞥した後、そのまま自身の背程ある大剣で目の前にいる敵を薙ぎ払った。



 皆が寝静まった夜、彼女たち……リンネもユウも、眠れずにいた。

 リンネは椅子に座ったまま、テーブルに肘をついて窓からの景色を眺め、ユウはベッドの上で膝を抱えている。

 その真ん中で、まだ幼いカレンだけが寝息を立てていた。


「……」


 お互いに無言だった。

 彼女たちの家族とも言ってもいい一人が、ここにはいない。

 彼の妹によると、もう彼はここにいない。

 その寂しさが、彼女たちの胸を締め付けていた。


「……ユウ、オレたち、このまま負けんのかな……」

「……」

「……なんでオレたちって、こんなに弱いんだろうな」


 ため息をつく。

 もう、彼らに対抗しても勝てないであろう事実が、そのため息をさらに重くしていた。

 ラザレスが見てきた、世界の崩壊。


 だけど、ほんの少しだけ抵抗できる力はあった。

 リンネが持つ、呪術。

 だが、その対価は……。


「……オレ一人と世界、どっちが重いっていったらそりゃあ、なあ」

「リンネ?」

「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」


 そう言ってはにかむリンネに、ユウは何かを察したかのように顔を上げると、彼女に近づいていく。

 そして、そのまま肩をつかんだ。


「リンネ、今お前が考えていることくらい私にだってわかる。……頼む、その力だけは使わないでくれ」

「ありがとな。……だけど、犠牲失くしてこの世界を守るなんてのは無理なんだ。そんなこと、ユウだってわかってんだろ?」

「だがっ……!」

「……本当はさ、悔しかったし、寂しかったんだ。力があるのに、ラザレスたちの役に立てなかったのが。だからさ、頼むよ」


 ユウが目を伏せる。

 そんな彼女を見て、リンネはただ黙り込むしかできなかった。




 ザール達の目の前には、動かなくなった大量の屍兵。

 彼は血のついた大剣を布で拭った後、そのままシルヴィアへと向けた。


「おいおい、ザールさんよ。そんな簡単に信用しちまっていいのか?」

「戦闘中、貴様が私を殺すチャンスは何度もあったはずだ。だが私は生きている。それに……まだ油断はするな」

「あの数を倒したの。流石、ベテンブルグに強さを見込まれるだけはあるわね」

「そりゃどうも。そんじゃ、シルヴィア。お相手願おうか?」


 フェレスを庇うようにザールの隣に立ち、シルヴィアを睨みつける。

 その時、シルヴィアの背後から一人の男が姿を現した。


「……フィオドーラ」

「……ハハ、ハハハハ。メア、あなたも私から離れていくのですね。結局あなたも、私を馬鹿にする一人と何も変わらなかったのですね!」

「先に裏切ったのは、てめえらの方だろうが!」

「黙れ! 貴様の首をねじ切り、裏切ったことを後悔させてやる……っ!」


 青年の目が、憎しみの色に染まっていく。

 ザールには、その眼に見覚えがあった。


 ……ラザレス。

 彼が今どこで何をしているかなど、今のザールには知る由もない。

 ないが、それでも……。


 彼を止めなくてはならない、そう確信していた。


「……メア、フェレスを連れて少し下がっていろ。ここは私が始末をつける」

「ああ? なんでてめえが……」

「理由などないさ。だが、強いてあげるのなら……」


「私の、贖罪だ」


 以前、彼はラザレスを真っ向から否定してしまったことがある。

 憎しみにとらわれた、孤独で哀れな青年を、正面から見もせずに否定し続けてしまった。

 だが、結局彼の中に彼は生き続けていた。

 誰かを守ろうと必死に努力する、彼の姿が見えたから。


 だから、彼は剣を取った。


「来い、フィオドーラ。試させてもらうぞ、貴様のその意思を」


 彼のその言葉とともに、豪風が辺りに巻き起こる。

 フェレスは慌てて近くの木を左手でつかみ、メアは砂ぼこりがフェレスにかからないよう、庇うように立っている。

 その中心には、フィオドーラの槍の先端があった。

 ザールはそれを剣身で受け止めると、そのままフィオドーラの目を睨む。


 そしてそのままその槍先を空へと逸らすと、そのまま彼のわき腹を撫で切りにしようとした。

 彼はそれを事前に察知したのか、大きく飛んで後方へと下がる。


 だが、その後退を見過ごすザールではなかった。

 後ろ足で地面を蹴り出し、勢いを殺さぬままフィオドーラの腹を一閃した。

 そのまま血が噴き出すかと思いきや、彼の体の傷はみるみる癒えていく。


「……っ!?」

「ザール、そいつの体は呪術のせいで傷つかねえっ! 剣じゃダメだ!」


 メアの声が響く。

 剣じゃダメ、となるとザールにはこれしかなかった。


 地面に剣を突き刺し、ザールを中心に円状に炎が立ち上がる。

 そして剣を地面から抜いて、フィオドーラに笑みを浮かべた。


「貴様が傷つかぬ体というのなら、体ごと燃やしてしまえばいいのだろう?」

「……こんな子供だまし……」

「子供だましかどうか、確かめてみると良い」


 そう言ってザールが目の前を一閃すると、彼に向けて地面から火柱が上がる。

 フィオドーラは飛んで大きくその場から離れようとしたが、その左耳に炎の熱が伝わるのが分かり、槍を地面に突き刺してそのまま着地した。


「フィオドーラ、貴様が本当に成したいことはなんだ?」

「……」

「シルヴィアのような者と手を組み、この世界に仇為すことが本当に貴様がしたいことなのか?」

「……黙れ」

「答えろ」


 ザールの言葉が飛び交う前に、彼の頬をフィオドーラの槍が撫でた。

 見ると、彼は槍をザールに向けて投げた格好のまま、目の前の彼を睨み続けていた。


「……この世界の者は浅ましい者ばかりだ。私が貴族と知りゴマをするような連中、貴族というだけで忌み嫌う連中、そしてなにより、三大貴族として名高い父と比べ、嘲笑う連中……!」

「……フィオドーラ」

「槍術も、学もない私に、何故勝手に期待する! 何故勝手に幻滅する! 話したこともない私に、何故……こうあるべきだという偶像を貴様らは押し付けるのだ!」

「……」

「不愉快だった、何もかも。勝手に格をつける人間が。自分として生きさせてくれないこの世界が……っ!」


「だから、この世界を作り直す。我々の手で」


 彼の言葉がまだ耳から離れないうちに、周りから白い煙のようなものが流れてくる。

 気が付くと、その場にはメアとフェレス、そしてザールの三人が、立ち尽くすばかりだった。

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