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50 叫び

 ピアノを奏でる音。

 マクトリアの一室、大きなガラスから月夜に照らされた部屋に彼女はいた。


 美しいメロディが、部屋に響く。

 その陰に、一人の男性がいた。


「……お上手ですね、ソフィアさん」

「ありがとうございます。……グレアムさん、でしたよね」


 前の世界では、敵対していた二人。

 だが、今の彼らに敵意はない。


 彼らはあの後、城に集められた。

 フォルセ、イゼル、マクトリア、ぺスウェン。

 立場は違えど、その四人の権力者が集う部屋で、シアンはこういった。


「ラザレスは、もう目覚めないかもしれません」


 何者かから受けた傷。

 それが、思った以上に深いのもあるが、謎の魔力が彼の覚醒を妨げている、とのことだった。


「……ソフィアさんは、これからどうするのですか?」

「私は、もう少し抗ってみたいと思います。彼が守ろうとした世界ですから」

「彼、ですか」

「ええ。それに、まだ負けたわけではありませんしね」


 ソフィアはそう言うが、彼女の表情からは強がりが見て取れた。

 圧倒的すぎる、鴉の力。

 彼らに対抗出来うる力の内、ほとんどはかき消されてしまった。

 ……魔女の最高傑作である、ラザレスでさえも。

 グレアムもそれをわかっているのか顔を伏せていると、彼女がその場に似つかわしくないような微笑みを浮かべた。


「意外と普通な方でびっくりしました」

「……どういうことでしょうか?」

「ああいえ! 悪口ではないのですが…その、私自身、賢者の法と敵対して生きてきましたので、グレアムさんのような方がいるということを知らなかったものですから……」

「ああ、それはお互い様ですよ。ソフィアさんはもっとこう……私が賢者の法というだけで斬りかかってくるような方かと思っていました」

「そんなこと……」

「しません?」

「……否定できません」


 彼女の答えに笑いだすグレアム。

 ソフィアは少しだけむくれた後、同じように笑った。

 そうしてそのまま笑いあったのちに、ソフィアが先ほどとは打って変わって真剣な目をする。


「……聞かせてください、グレアムさん。賢者の法の目的は、一体何だったのですか?」

「自由と平等ですよ」

「それは建前でしょう?」

「……本気でしたよ。少なくとも、教皇は自身の居場所さえあればいい、と言っていました。ですがそれ以前に、彼女はイゼルという存在を看過できなかった」

「……奴隷」

「ええ」


 グレアムはピアノの近くにあった椅子に座る。

 避けられないであろう問いに、彼は彼女以上に真剣なまなざしで答えた。


「ですが、それだけではありません。……少し、昔話に付き合ってはもらえませんか?」

「昔話、ですか」

「ええ。必要なことなのです」


 目をつむり、一度息を吐くと、彼は口を開く。


「遠い昔、魔法は元々この世界の人間のものでした。魔法による生産業、魔法による生活、そして、魔法による戦争。その多くが、当たり前に存在していました」

「……遠い昔って」

「それはもう、数百年ほど前の話です。ですが、その魔法をこの世界から隔絶したものが現れました。人々は彼を勇者と呼び称え、魔法による戦争はその日のうちに消滅したのです」


 ですが、と彼は言葉を続ける。


「人間は、力なき生活を不自由と感じ始めました。そこで、ある者は呪術という力を作り出し、イゼルはそれを他国に向け流布しました。多額の金と引き換えに」

「それを勇者は止めなかったのですか?」

「止めるはずがありませんよ。だって呪術を作ったのは、()()()()なのですから」


 グレアムは立ち上がり、近くの窓へと移動する。

 そのままガラス越しに月を眺めると、そのまま話し出した。


「勇者は、異常者でした。戦争を好み、死にゆく命を見つめては嗤う。彼は、呪術があればまた戦争が起き、多くの命が消えるだろうと画策したのです」

「……ッ」

「結果、それは成功を収めました。ですが、その最中、彼は命を落とします」


「メンティラ。後の勇者を襲名する者の名によって」


 彼はその名前をつぶやくとともに、ソフィアへ振り向く。


「……その話が何だというんですか? ダリアの名前など、一度も……」

「出していません。彼女たちは……彼女たちは、戦争の犠牲者にすぎないのですから」

「どういうことですか?」

「……メンティラには、昔友がいました。名はミケル。そのミケルの友達には、まだ人間だった頃のダリアもいました」


 そのまま、窓の側に寄り掛かる。


「ミケルは、メンティラに一つだけ約束をしていました。『僕が死んだら、ダリアが安全に暮らせるようにしてほしい』、と」

「……優しい人だったんですね」

「ええ。とても。……ですが、そのミケルは勇者に殺されます。ダリアも、勇者の手によって異世界に封印されてしまいました」


「全て、勇者が奪っていったのです」


 ソフィアは思わず顔を背ける。

 彼女もまた、勇者の名を冠するものであるがゆえに、その事実には耐えきれなかった。


「……別に、あなたが勇者と呼ばれていることには何とも思っていません。あれはあれ、あなたはあなたですから。しかし、イゼルは知っての通り、魔法がこの世界にあったという事実を隠し、一方的な被害者になり切ろうとしました」

「……」

「許せなかったんですよ。魔法により亡くなった人を、ミケルを、隠そうとするイゼルが、彼女には」


 彼はご清聴ありがとうございました。とだけ言って、扉に手をかける。

 そして開こうとすると、彼女の声が部屋に響いた。


「待ってください! その……すべてを信じ切るわけにはいきません……けど、それでも、……あなた方のことを、理解したいと思いました」

「ソフィアさん……」

「……話してくれて、ありがとうございました」

「こちらこそ。……私も、イゼルと本格的な戦争になる前にあなたに知り合えてよかった」

「そう言ってくれると、嬉しいです」


 最後に、と彼女は少し微笑みながら付け足す。


「ラザレスは、必ず戻ってきますよ」

「何故です?」

「分かるんですよ。私たち、これでも友達ですから」




 窓から姿をのぞかせる、あまりにも多すぎる軍勢。

 その光景を見て、舌打ちをする。


「ザール。そいつ……フェレスを連れて、走れるか?」

「……どういうことだ?」

「俺の国はこの通り滅んだ。……だけどよ、騎士団長としての誇りはまだ捨てられねえんだ。フォルセの国民の一人であるフェレス、そしてこの土地から逃げることなんか出来ねえ」

「……」

「この土地はな、俺のガキ同然だった奴が育った場所だった。俺の部下、そして俺自身もな。毎日が楽しい日ばかりじゃなかったが、それでもそんなあいつらの過ごしたこの場所を、あいつらの好きにさせたくねえんだ」


 ルーファウスはそう言って、武器を構える。

 経験から、ザールには彼が相当の実力者であるということはすぐにわかった。同時に、あの数を相手に生き残れる程ではないことにも。

 だが、それでも。


「……好きにするがいい」


 ザールには、そんな彼を止められはしなかった。


 ルーファウスは少し頷いた後、そのまま背中越しに神のようなものを投げる。

 ザールがそれを受け取ると、彼はそのまま言った。


「マクトリアにいるエミルという女性に渡してくれ。……頼む、ザール」

「……ああ」

「悪いな」


 ザールは彼の背中に対して頷いた後、縄で縛られているメアの体を担ぎ、フェレスの手を取って走り出した。




 既に、ルーファウスの体はボロボロだった。

 息も上がり、体の至る所から血が噴き出している。

 それでも、彼は目の前の仮面をかぶった存在達を睨み続けていた。


「……結構な数だと思ったが、随分とそろってるじゃねえか」


 ルーファウスは口調を崩さず、ニヤリと笑う。

 だが、傍から見たらそんなものは虚勢だとすぐにわかるほど、彼の笑みは弱弱しかった。


 そんな時、彼の背後から声がかかる。


「……隊長! ご無事ですか!?」

「……ッ、お前は……!」

「俺です、ラザレスです! ……お前ら、隊長に何をした!」


 ラザレスと名乗る白髪の青年が、彼の側に駆け寄る。

 ルーファウスは、彼を知っていた。

 賢者と名乗る割にはあまり賢くなく、不器用で、ひたむきな男。

 そんな彼と、ほぼ一致していた。


「……失せろ、クソガキが」


 容姿だけは。


「……アハ、アハハ。アッハハハハハハ! まさか気付くとは。いやはや、素晴らしいですね。隊長?」

「くせえんだよ、てめえ。血の匂いがしやがる。獣の血のような、不愉快な臭いだ」

「おやおや、これは失礼なことを言ってくれますね。香水をつけた方がいいでしょうか?」


 おどけて笑うラザレスと名乗る青年に、ルーファウスは嫌悪感さえ抱いていた。

 気が付けば、武器を握る手に力が入るほどに。


「おお、やる気なんですね。でも残念、私とあなたは戦えないのです」

「どういう……ッ!?」

「腕、切り落とされてたの、気付きませんでした?」


 ルーファウスの目の前には、切り落とされた右腕。

 だが、痛みは先ほどまでまるでなく、気が付いた瞬間ようやく彼の腕に激痛が走った。


「ガ、ア……ッ!」


 声にならない叫びが響く。

 その声を、青年は頷きながら聞いていた。


「ああ、いい音です。音楽と言ってもいい。私は数百年間、この音だけを聞くために生きてきた!」

「……てめえ、何者だ……!」

「『勇者』。悪を滅ぼし、正義を成す。世界最強の救世主様です」


 彼がそう言った後、ルーファウスの意識は切り落とされたかのように途絶えた。

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