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49 問い

 窓に小石がぶつかる音がする。

 青年は体を起こし、外を見た。


「……昼間の」


 周りにいるはずの者は全員忽然と姿を消している。

 彼はそのことを気にもせず、窓から顔をのぞかせている少女を見た。


「おばあさんは、無事だった?」


 青年の問いに、彼女は首を振る。

 彼は少しだけ下を向いた後、「少し待ってて」と言って、ベッドから立ち上がった。


 しばらくして、彼が少女の目の前に姿を現し、近くのベンチに腰を下ろし、胸に手を当てる。


「……夜の間なら、アイツも眠っているのか大丈夫そうだ。でも、本当は……あまり、僕の前に現れないでほしいんだ」


 彼は少しだけ困った風にはにかみ、地面に視線を下ろす。

 そのまま、彼は言葉を続けた。


「……悲しいよね。会ったことはないけれど、きっとそのおばあさんは優しい人だったんだと思う」

「……」

「君を見ればわかるよ。大事に育てられてきたって」


 彼は自身の手の甲を見つめる。

 どうしても、彼に彼女の目を見る勇気は出なかった。

 だからといって、涙を流すための感情を持ち合わせてもいない。


「……それで君は、そのおばあさんの復讐でもするつもりなのかな?」


 彼が目を向けた先には、震えた手でナイフを構えている少女の姿があった。

 その目じりには涙が浮かんでいて、必死に恐怖に耐えているかのように感じられる。


「多分俺に殺意を向けるってことは、……多分、知っちゃったんだね。俺達がこの戦争を仕向けたって」

「……ッ!」

「その殺意は正しいよ。その動機も、その行動も。今の君はきっとこの世界で最も正しい」


 だけどね、と青年は言葉を続ける。


「正しいってだけじゃ、俺にその刃は届かない」


 そう言って、彼は両手を広げる。

 まるで、その刃を迎合するかのように。


「見ての通り、俺は君の刃を避けも受け止めもしない。もし君に……正しい以外の()()があるのなら、ここで証明して見せてほしい」


 我ながらずるい言い方だと、青年は心の中で自嘲する。

 だけど、本当は期待していたのだ。


 彼女が、俺を殺してくれる、と。


 そう、青年は願ってやまなかった。


「……俺の名は、勇者。それ以外の何物でもない」


 日が昇る。

 もう、ラザレスとしての活動限界はすぐそこまで迫っていた。

 だから、最後に彼は言い放った。


「もう二度と会わないことを祈ってるよ」




 雨の中、ザールが通されたのは木造の大きな家だった。

 いや、家というよりも宿泊施設と言ったほうが近いだろう。

 前を歩いているルーファウスが、メアを担いでいない方の手でドアを開ける。


「入れ」


 彼はそれだけ言うと、奥へと入っていく。

 すると、彼の体に隠れていた部屋の全貌が明らかになった。


 大きな木造の机に、十数個の椅子。

 壁の至る所に、子供の落書きのような絵が飾られている。


「……なんだ、ここは」

「元々は孤児院だったんだよ、ここは。……もう誰も残っちゃいねえけどな」

「そうか……」


 ザールはそれだけ答えると、周りの絵に目を通す。

 そのうちの一つに、気になる名前があった。


「……ラザレス?」

「知ってんのか?」

「ああ、……元、友達だ」


 元、という言葉が彼の背中に重くのしかかる。

 ルーファウスは柱にメアを縄で縛りながら、振り向かずに言う。


「そのラザレスが、この孤児院を経営してる院長だった。不器用ながらに頑張ってたよ。子供たちも、よく懐いてた」

「あいつが?」

「ああ。……なあ、お前はこの国について何か知っていたか?」


 ルーファウスは近くの椅子に腰を下ろし、机に頬杖をついてこちらを見る。

 ザールは壁にかけられた絵に目を通したまま、背中でその視線を感じた。


「……私は」

「この孤児院の子達は全員奴隷だった。それも、ザール。テメェの国のな」

「……」

「なあ騎士団長さんよ、お前一体何やってんだ?」


 ルーファウスの語気が次第に強くなっていく。

 彼はその言葉を背中で受け、しばらく考え込んだ後に振り向き、言った。


「……私の力不足は認めよう。奴隷を取り締まれなかった私にも、責任はある」

「……」

「だが、貴様の国にも汚点はあるだろう?」

「言うに事を欠いてそれかよ。ふざけんじゃねえぞ、青二才が……!」


 机を殴りつける音が部屋に響く。

 その時にはなった声は、誰も聞いたことがないほどに怒りを伴っていた。


「ここの子供たちは、国の汚点とやらの理由であんな人生を送らなくちゃならない存在だったって言いてえのか!? ええ、答えてみろよ!」

「……」

「……馬鹿にするのもいい加減にしろ。ここに眠る子供たちに、何か一言でも吐いてみろよ、なあ!」


 ルーファウスの腕が、ザールの着ている服の襟をつかむ。

 ザールは、それに一切抵抗せず、彼の言葉を受け止めた。


「失ったものに詫びなくてはならないのは、貴様とて同じことだろう……!」

「……なんだと?」

「以前、ラザレス達賢者の法がイゼルを襲撃し、ほとんどの人間が魔物となってしまった。その中には、関係ない人だって含まれていた!」

「……」

「貴様と辛さを比較するつもりはない。だがな、失ったものが大きいのは、貴様だけではない!」


 ザールはそう言い放つと、襟につかまれている手を無理やり振りほどく。

 しばらくの間お互い怒りをはらんだ視線を交錯していたが、しばらくした後にルーファウスが口を開いた。


「……俺達は、お互い無力だな」

「……」

「守りたいものも守れねえ。……騎士団長がなんてざまだ」


 その言葉に先ほどの語気はなく、どこか無力さが籠められていた。

 ザールは視線をそらし、無言で肯定する。


「……なあザールさんよ。お前一体これからどうするつもりだ?」

「私はラザレスを止める。今はただそれだけのために生きている」

「ラザレスを? あいつがなんかするってのか?」

「知らないのか? ラザレスは、イゼルを……」


「アッハハハハ! まぁだそんなこと言ってんのかよ、クソ眼鏡!」


 第三者の声が部屋に響く。

 声の方向を見ると、そこには目を覚ましたメアの姿があった。


「賢者の法は事実上壊滅したんだぞ? なあ、ラザレスは一体誰と戦ってんだろうなぁ?」

「……それは」

「なあ、私は裏切り者だ。なあ、ところで私は裏切って誰についた?」

「……」

「わかれよ、テメェは無知なんだよ。何もわかってねえのに、『ラザレスを止める』? クク、無知は罪だなぁ、ええ?」


 彼女がそう言い終えると、辺り一帯からおびただしい数の足音が聞こえてくる。

 ザールが窓から外の様子を見ると、そこからは数えきれないほどの仮面をかぶった人間がこちらへと向かってきているのが視界に入った。


「これで終わりだ。まあ、精々終わりに抗って見せろよ」




 辺りを一望できる丘に、男……ベテンブルグは座っていた。

 月明かりに照らされ、黒に染まった木々を見て、彼はため息をつく。


 彼自身、この景色が嫌いだったというわけではなかった。

 けれども、この世界を構成する人間の醜さだけが、彼の思い出には残っている。


 彼には、妻子がいた。

 特に、運命的な出会いでもなければ、好きな相手でもなかった。

『人間らしく』。鴉という役割につかれ、そうありたいと願っていた頃の彼が考えた、最も人間らしいふるまいだった。

 目をつむれば、無邪気なあの子のお父さんという声が聞こえるほどには、入れ込んでいたのだと思う。


 けれども、彼の妻子は処刑された。

 敵国の人間の命を救ったというだけで、彼女たちは殺された。


 何故、人間が人間を救って罰を受けなければならない。

 彼には……鴉であるベテンブルグにはその意図がわからなかった。


 その頃には、彼はもう限界だった。

 どす黒い、元々の鴉の感情が彼の脳内を駆け巡っていた。

 気が付くと、彼の意識は既に刈り取られ、次第に『殺せ』という声が一日中聞こえるようになってしまっていた。


 結局、彼は鴉だった。


「……」


 鴉は、二対一体の生き物だ。

 世界を滅ぼさんとする個体と、それに相反する個体。

 片方の翼が抜け落ちてしまえば、もう片方もおのずと消える。

 生と死。

 破壊と再生がそうであるように。

 既に、メンティラが消えた今では彼の命運は決まっているようなものだった。


「この世界に正義などありはしない」


 いつかつぶやいた言葉を、もう一度呟く。

 そして、その言葉に覆いかぶさるように続けた。


「違う、どの世界にも正義の在り処などなかった。結局、私たちがしているのは自身の理想の押し付け合いだ」


 彼は立ち上がり、ため息をついたのちに言った。


「断罪の時が来る。だが……最後に君の答えを聞いてから、この世界ですべてを終えるとしよう」


「『賢者』ラザレス=マーキュアス」

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