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47 家族

 一つの大きな机が置かれた、灰色の壁と、ステンドグラスが置かれた部屋の中で、静かになった外の音に耳を傾けつつ、女性……シアンはマドラーで紅茶をかき混ぜる。

 正面には、アルバが膝に肘を置いて、テーブルをはさみ座っていた。


「……戦争、とまりましたね。」

「ええ」

「被害確認はしなくていいんすか?」

「ええ。軍事関係は、他の人に任せてありますから」


 そう言って、紅茶を嚥下する。

 彼はそんな彼女の一挙一動から、目を離さずにいた。


「義姉さん、変わりましたね。なんというか、氷みたいだ」

「……本題に入ってください」

「……そっすね」


 その言葉を吐いた後、その言葉を吸い込むかのように、大きく息を吸う。

 そのあと、つばを飲み込んだかと思ったら、そわそわとしながら話し出した。


「……あの夜、覚えてますか?」

「ええ。忘れることなどありません」

「義兄さんと義姉さんがの人生が、大きく変わってしまった日……あれは、俺のせいなんです」

「……」


 彼女が、無言で話の続きを促す。


「マーキュアス家。決して小さくなかった貴族の家と、俺は親密にさせていただきました。……本当に、あの頃は楽しかった。それは本当す」

「……ええ。私も、楽しかった」

「……ありがとうございます。でも、俺はある日盗賊仲間につけられていることに気付かずに、義兄さんの家へと向かってしまいました。そこで、奴らは子供を……ラザレスを見つけました」


 アルバの拳に力が入る。

 その拳には心から憎い少年の名前と、憎いと思っている自分のことへの怒りが籠っていた。


「そのことに気が付いて皆様のところへと走りましたが……結果は、ご存じのはずです」

「……」

「義兄さんは殺され、義姉さんは……」

「殺しました。二人を」


 アルバが黙り込む。

 そんな彼の沈鬱そうな表情を一瞥した後、彼女は言った。


「それで、私に何を求めているのですか?」

「……義姉さん」

「許せばいいのですか? それとも、責めればいいのですか?」

「……正直なところ、俺は義姉さんに許さないでいてほしい。それよりも、義姉さん。勝手かもしれないすけど、その……俺は腹を割って話しました。だから、質問に答えてほしいんす」

「……なんでしょう?」


「その、本当のラザレスは……本当に、流産だったんですか?」


 彼女の表情を照らしていたガラスを透き通る太陽の光が雲に遮られ、表情が見えなくなる。

 そして、次に太陽が顔を見せた瞬間、彼女は口に手を当てて笑っていた。


「……くすくす、何を言っているのでしょう?」

「悪いけど、賢者ぶっているラザレスは子供過ぎた。正直なところ、年相応にしか見えない。……それに、俺が賢者の記憶を抜きだした時も、あいつは記憶をすべて失ってはいなかった」

「兄さんは子供っぽかったですから」

「違う。俺は本当のあいつと話した。……あの目には、一朝一夕じゃ出来上がらないような、そんな殺意が籠っていたんだ」


 ……もし、彼の予想が本物なら、と彼の顔に冷や汗がにじむ。

 とてもおぞましい、この世のものとは思えないような予想。


「シルヴィアさんが、賢者の魂をラザレスの死体に入れたと思っていたけど、本当はそうじゃなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろ?」

「……あの子は、自分で自分がラザレスと言っていたでしょう?」

「生まれたばかりの子供に記憶が植え付けられたら、それが本物と勘違いするのも無理はないでしょうよ」

「……」

「……違うなら、馬鹿らしいと言ってください。そんな事実はないと、言ってください」


 自分で言っておきながら、杞憂だと彼は祈っていた。

 そんな彼の姿を見て、彼女は口をゆがめる。


「……くすくす」

「義姉さん?」

「知っていますか? 兄さんは、自分の両親を殺したんですよ? 私たちを守るために。いつも面倒くさがりな兄さんでしたが、凄く優しいんです」

「……何、言ってんだ?」

「だから私、大好きだったんです。ずっと、私は兄さんと話したかったんです。……そのためなら、子供一人くらい構わないでしょう?」


 アルバの背筋に悪寒が走る。

 まずい、ここにいてはいけない。

 彼の本能が、そう叫んだ。


「でも、あの子が……ラザレスが、兄さんを騙った。失敗したんです。あいつが……ラザレスさえいなければ。でもでも、また帰ってきてくれた! あはっ、ラザレスが死んで、兄さんだけが生き残ったぁ!」

「……何、言ってるんだ?」

「本当は死体を用意した方が早かったのですが、そんなのあの男が許してくれるわけがありませんし……不本意ながら、好きでもない男とまぐわって、孕んで、と遠回りしましたが……あはぁ、やっぱり兄さんは私のところに来てくれるんですね!」

「……好きでもない男って」

「スコットですよ、あなたが義兄さんと呼んでいた男です」


 そう語る彼女の目には、先ほどの物静かな女性の目ではなく、狂気に染まっていた。

 彼の恩人であるスコットを馬鹿にしても、彼の怒りを恐怖が上回り、つばを飲み込むことしかできずにいた。


「声は似ていたんですけどねー、それでも兄さんとは違うタイプの人間でした」

「……あんた、本当に何を言っているんだ?」

「何言ってるって、そのままの意味ですよ。私は兄さんをよみがえらせるためにスコットと結婚して、ラザレスを産んだ。だから、本当はあの夜、好都合だと思っていたんですけどね」


 彼女は突然立ち上がり、それにぶつかったカップが倒れ、中に入っている紅茶が倒れる。

 しかし、彼女は気にせず、その場で回り始めた。


「本当は、私はあの人を戦渦に巻き込みたくなかった。でも、でもでもでもぉ、やっぱり兄さんは強い! かっこいい! 私だけの、私だけの救世主! あははははははっ!」

「本当に、……アンタ、人間かよ?」

「私は魔女ですよ。魔核の世界からこの世界に来て、この国の国王に拾われて育った、魔女です」

「……そういう意味じゃねえよ」

「じゃあどういう意味です?」

「お前、自分の子なんだぞ? ラザレスは、お前の……」

「あー、そういうのいいですから。くっだらない」


 彼女は心底嫌そうにそう吐き捨てると、そのままアルバの目の前まで移動した後、顔を近づける。

 そして、息が顔にかかるほどの距離になると、彼女は閉じていた目を開いてこういった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。親が子をどう扱おうと、あなたには関係ないでしょう?」

「……狂ってんな、テメェ」

「愛は時には人を狂気に染める者です」


 彼女はまた目を閉じ、両頬に手を当て、体をくねくねと気色悪く動かす。

 アルバは、そんなおぞましい光景を目にして、ただ動けずにそこに立っていることしかできなかった。




 俺の周りを包んでいた水蒸気が晴れ、空が視界に入る。

 目の前にいる男を、睨んだ。


「よお」

「ああ」


 彼の手には、所々歯が欠けた大太刀が握られている。

 見たことがない武器が彼の手にあるということは、今回で彼も雌雄を決める気なのだろう。


「ちょっとはやるじゃねえかよ。お陰様で、俺の魔力はすっかり空だ」

「ああ、俺もだ」


 二刀の剣を手に取る。

 今日、どちらかが死ぬ。

 彼の目は見えないが、雰囲気がそう語っていた。


「……行くぞ」


 その言葉とともに、俺の目の前に閃光が散った。

 彼の攻撃は、二刀をもって、ようやく受け止められるほどだった。

 だが、ようやく受け止められた。


 右手に握っている刃で、彼の大太刀を弾き、もう片方を彼の体に突きたてる。

 それを蹴り上げることでかわし、そのまま彼の頭が俺の頭に打ち付けられた。


「……ッ!」


 凄まじい衝撃だった。

 それによろめいた俺は、彼が態勢を立て直すのに十分なほどの時間を与えてしまった。

 刹那、彼の刃が俺の肌に触れた。


 彼は勝ったと思ったのか、笑みを浮かべた。

 確かに、勝敗はついたのだろう。

 あっていたのは、それだけだった。


「……俺の勝ちだ」


 腕に突き刺さった剣をつかむ左手に、血がにじむ。

 そして、反対の手の剣は、彼の首をとらえていた。


「ようやく、手が届いたな」

「……ああ、勝ちは譲ってやる。だけどな、俺は魔女だ。また何度でも……」

「悪いけど、もう次はないよ。お互いにね」


 涼しげな声とともに、俺の体を刃が貫く。

 その声に、聞き覚えはあった。

 いや、ありすぎた。


「……お前、は」

「これで、魔核……ああ、君のね。魔力は俺に戻った」

「……ああ、そういうことかよ。クソが……っ!」

「君の魔核は、既に俺の体に取り込まれた。これで、俺は完全に元通りになった」


 賢者は刺さっている俺の剣を抜いて、そのまま大太刀で()に切りかかる。

 だが、その前に彼の腕が切り落とされた。


「……元々君は俺の力なんだ。勝てるわけがないだろ?」


 その言葉とともに、賢者の体は崩れ去った。

 そして、俺の意識が遠のきそうになった時、俺は彼の名を呼んだ。


「ラザレス……!」




 ()の意識が途絶える。


「すんなりと終わったわね。どう、感想は?」

「……」

「だんまり。ふふ、そう来るわよね、普通は」


 シルヴィアは静かに笑った後、ラザレスの顎に手を添える。

 彼はそんな彼女を無視して、近くの花壇に腰を下ろした。


「……俺に、何を求めている」

「殺戮を」

「……」

「断罪の時よ。世界が悲しみに満ちる前に、あなたが終わりにするの」

「俺に悲しみは備わっていない」

「あら、そうだったわね」


 くすくすと笑うシルヴィア。

 反対に、ラザレスの表情は険しいまま、呟いた。


「……これが今の俺に出来る精一杯のことだ」


 その発言をかき消すように、彼はため息をついて立ち上がる。

 そして、そのままシルヴィアの後をついて行くように歩き出した。

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