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44 想い

 俺達は、彼が用意した裂けめを通り、マクトリア近辺の草原にいた。

 見渡す限り、何もない場所。

 まるで、戦争とは無縁のように感じられた。


「……静かだな」


 隣に座っているレオナルが呟く。

 俺も、その言葉に頷いた。


 狼は、時空を超えたと言っていた。

 時空を超えて俺を、助けに来てくれたのだ。


 だけど。

 それでも、彼の刃はベテンブルグには届かなかった。

 それはすなわち、俺の刃さえも届かないことを意味しているわけであり、つまり、この戦いに勝ち目など……。


 その思考を遮るように、この場にいる誰のものでもない足音が聞こえる。

 俺はその方向へ振り向くと、そこにはメンティラが立っていた。


「……メンティラ。狼は?」


 俺の問いに、彼は返答代わりと言った様子で何かを投げる。

 地面を滑って俺の足元にぶつかったそれは、狼の二対の剣だった。


「僕らは、負けたんだ。ベテンブルグたった一人に」

「……そうか」


 分かり切っていたことだが、それでもやはりショックは大きい。

 すぐにでも何もかもを放り出し、どこかへと逃げたい気分だった。

 しかし、それだけはできない。


「狼は時空を超え、この剣を届けてくれたんだ。自らの命を賭して、その役割を遂行してくれた」

「……どうやって、狼はここへ来たんだ?」

「それは、君が諦めなければ自ずと気付ける」


 俺は剣を拾い上げる。

 紙のように軽く、鏡のように輝く刀身。


「それは世界の端、僕らが生まれたと言われている世界で作られた、異端の剣。殺せない者を殺す。そして、救えぬものを救う」

「殺せない者を殺す……」

「そう。君に託せと、僕は言われたからね」


 本当に、この剣を託すためだけにこの世界に来たのか?

 そんなの。

 そんなの……。


「……お前はそれで、納得できたのかよ!」


 あいつは、自分の正体さえ明かせず、この世界のために命を費やした。

 本当は静かに暮らしたかっただろうに。戦争から身を遠ざけたかっただろうに。

 メンティラは俺を一瞥した後、今度は俺だけでなく、周りに話すかのように言った。


「……マクトリア領内の街が一つ滅びた。もしかしたら、ぺスウェンの侵攻が始まったのかもしれない」

「どうしてぺスウェンが?」


 先ほどまで黙っていたレオが口を開いた。

 メンティラの言葉に、周りの人間も耳を傾けている。


「ぺスウェンは軍事力をもって四大国の内の一つに乗りあがった国だ。そのうちの二つが消えたとなれば、残りの一つを吸収して大きくなろうとするのも頷ける」

「……それは、あなたの想像でしょう?」

「かもしれない。でも、今の今までぺスウェンが一切関与しないというのも不自然じゃないかい?」


 確かに、この世界では一度もぺスウェンの名前を聞いてはいない。

 それに、マリアレットに聞きたいこともある。


 そんな俺の思考を遮るように、レオナルが口を開いた。


「だけど、どうして突然ぺスウェンが……!」

「フォルセ、イゼルは滅びた。なら、あと一つの国を吸収して大きくなろうとするのは、一国の王として当然の野心だと僕は思うけどね」

「……だから、マクトリアがぺスウェンに攻撃したとでも言いたいのか?」

「その真偽はどうだっていいんだ。問題は、君たちがこれからどういう行動をとるか、だ」


 メンティラの言葉に、周囲がざわつく。

 彼はそんな彼らを一瞥した後、俺達へ向き直る。


「それで、君たちはどうする? 今ここで逃げたってかまわない。この世界の命運を託されたのは、君たちじゃなく、彼だ」

「……お生憎ですが、我々は関係がないと追い返されて、はいそうですかと引き下がる性格はしていないのですよ」


 グレアムの言葉に、一同がうなずく。

 その言葉に続くように、レオナルが口を開いた。


「ここでラザレスを見捨てて逃げるくらいなら、元々こいつに手を貸そうなんて考えちゃいない。それに、ラザレス一人に背負える大きさじゃねえだろ、世界ってのは」

「……なるほど。類は友を呼ぶ、か。君の仲間はどうやらあきれ返るほどにお人よしの集団らしい」


 反論の余地はない。

 事実、その通りだ。


 だけど、そんな彼らがいるからこそ、俺は前に進まなくてはならない。


「その通りかもな。だけど、世界を救うなんて大役、そんな馬鹿じゃないとつこうなんて思わねえよ。それに、ついさっき俺以上の大馬鹿が一人命を落としたばかりだ」

「……いや、二人だ」


 メンティラはそう言って、剣を抜く。

 そうして、そのまま抜いた剣で切りかかってきたが、それを間一髪でかわした。

 その行動に、周りの人間がさらにざわつく。


「……ッ! 何すんだよっ!」

「もう時間がない。……僕は君に勝負を挑みたい」

「今そんな状況じゃねえだろ! 少しでも人を避難させて……」

「頼む。最後の頼みなんだ」

「……最後?」


 彼は、そう言って先ほどから手で隠していたわき腹から手をどける。

 そこには、ほとんど体の中枢に達してると言ってもいいほどの切り傷が姿を現した。


「彼も、異端の剣を持っていたんだ。多分、今回こそ本気で僕らを葬ろうとしていたんだと思う」

「……メンティラ」

「だから、お願いだ。……頼むよ。僕を、安心させてほしいんだ」


 彼の言葉は、ほとんど懇願と言っても過言ではなかった。

 しばらく逡巡した後、俺は口を開く。


「……わかった。メンティラ、決着をつけるぞ」

「恩に着るよ。……君が賢者でいてくれて、本当に良かった」

「はは、アンタにそう言ってもらえるとはな」


 いつだったか、彼にひどく憎まれたことがある。

 ……そう思うと、どこかおかしく感じた。


 先程メンティラから託された剣をそれぞれの片手に握る。

 あいつが……ラザレスが、俺に託してくれた剣だ。

 結局、俺はあいつに何もしてやれなかったが……だけど、彼の意思を無駄にするつもりはない。


「みんな、下がっててくれ。……メンティラ、アンタのおかげかもな」

「ん?」

「久しぶりに、視界がすっきりした気がする。余計なお世話かもしれないが、アンタは最後に俺を救ってくれた。間違っても無駄な人生だっただなんて言わせないぞ」

「……ほんと、余計なお世話だよ」

「はは。……それじゃ」


「やろうか」


 その言葉と同時に、俺の視界で火花が散る。

 凄まじい風圧で、立っていられない。

 だけど、今ここで逃げることだけはできない。


 目の前の彼の剣筋はどれも精確で、するどく俺の急所をとらえてくる。

 しかし、対応がまるでできないわけじゃない。


 反撃の勢いを殺さず彼の体を何度も切りつける。

 しかし、それを彼がやすやすと通すつもりはない。

 何度も鳴り響く、鉄のぶつかり合う音。

 耳に、甲高い叫び声のような残響が残る。


 そうして、ようやく俺は彼の心の奥底にある悲しみに触れた。


「……俺達はきっと、似た者同士なのかもな」

「否定しないよ」

「なあ、アンタの目には、アイツはどう映っていた?」

「立派だった」

「俺もそう感じる」


 お互いに後ろに飛びのく。

 そして、着地した衝撃をそのまま活用し、またお互い鍔迫り合いのような格好に落ち着いた。


「俺もさ、救ってやりたかった二人がいたんだ。結局、うまくやれなかったけどな」

「……知っているさ」

「シアンも、ザールも、昔はあんな感じじゃなかったんだ。多分、あの夜……いや、俺自身があいつらを追い詰めてしまったんだと思う」

「なら、どうする?」

「また、救うさ。あんたにしてもらったように。今度は、間違えないようにな!」

「……はは。正解だよ、『ラザレス=マーキュアス』!」


 気が付けば、お互いに笑っていた。

 そこに以前のように狂気的な感情はなく、ただただ、純粋に彼と通じ合えた。そう感じたんだ。

 だから、だから……。


「だから、まず俺は、お前を倒さなくちゃならない!」

「ああ、そうだ! そのために、僕を超えて見せろ!」


 ……感謝している。

 この出会いにも、この転生にも。

 ……いいえ、あなたに会えて。


 この思いを込め、ただ剣を切りつける。

 大切な人を救えなかった英雄を、越えるために。

 大切な思いを、守るために。




 目の前の少年の剣を受けながら、彼は思う。

 初めて会った少年も、このように暖かい目をしていたと。

 こういったニンゲンこそが、きっと誰よりも優しいのだと。


 君に会えてよかった。


 彼は、その言葉を胸に押し込んだ。

 その言葉は、まだとっておくと決めたからだ。



 気が付けば、メンティラの両手から剣は離れ、俺の剣先が膝をついた彼の首をとらえていた。


「君の勝ちだ。それじゃあ、頼むよ」


 いっしょに行けないのか。

 その言葉を、懸命に喉に押し込む。

 彼の想いを組むのなら、それだけは口に出来ない。


「……なあ、最後に一つ言いたいことがあるんだ。いいか?」

「奇遇だね。どうやら、やっぱり似た者同士らしい」

「はは」


 俺は、剣を構える。

 しっかりと、彼の首を外さないように。


「君に会えて、良かった」

「……本当に、ありがとうございました」


 剣を握る手に、力が入った。

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