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40 人形

 瓦礫の山の上を、レオナルとともに歩いていく。

 敵の姿は見つからない。同様に、生き残りの姿も。

 多分、ここと反対側を探しているルーファウスも同様だろう。


「……本当に、何もかも滅んじまったんだな」


 レオナルが、抑えていたであろう言葉を漏らす。

 俺も、それにただ漠然と頷くしかない。


 ただ、歩いていく。

 足音と、二人の呼吸だけが聞こえる。

 にぎやかだった街に、その面影はない。


 そうして、町の隅から隅を歩いて、俺はレオナルに話しかけた。


「これで、全部だな」

「ああ」

「隊長が心配だ。戻るぞ」


 レオナルがうなずく。

 俺はそれを確認した後、走ってこの場を後にした。




「よお。そっちはどうだった?」


 ルーファウスが手を挙げて話しかける。

 それに対し、レオナルはかぶりを振ることで答えた。


「……そうか。お前らも駄目だったか」


 も、ということはやはりルーファウスの結果も同じなのだろう。

 どこもかしこに広がる死体の数が、それを言わずとも物語っていた。


「それじゃあ帰るか。お前らも、帰っていいぞ」

「……ああ」

「そんなしょぼくれた顔すんな、レオナル。お前なら、他の国に出しても恥ずかしくないように育てたつもりだ。きっと、もうどこへでも行けるくらいにはな」

「……これで、フォルセの兵士としての職務は終わっちまったんだよな」

「そうだな。これで本当に終わりだ。ここから先、俺はお前たちを守ってはやれねえが……まあ、お前たちなら大丈夫だろう」


 屈託もなく笑う。

 レオナルは、その笑顔をただ見つめることしかできなかった。


「……それじゃあな。縁があったらまた会おうぜ」


 そう言って、彼は踵を返した。

 レオナルが、その彼の様子を見て、顔を上げる。


「隊長、後ろっ……!」

「ん?」


 振り返る。


 その時、彼の頬を剣が掠めた。

 彼は飛びのき、そのまま持っていた大剣を構える。

 そのまま、俺達に叫ぶ。


「レオナルは、応援を呼んで来い! ラザレス、行けるな?」


 レオナルは、頷いたかと思うと、すぐさま城へと走っていく。

 俺はそんな彼の後姿を一瞥すると、その男を睨む。

 だが、直ぐにその視線はその奥へと移る。


「随分と滑稽ね。いないものと断じて油断するなんて」


 シルヴィアが、そこにいた。

 視界が揺らめく。

 脳の指示とは裏腹に、前へと歩いていく。

 視界は、仮面の男の向こう側にいるシルヴィアへと伸びる。


 気が付くと、俺は彼女の懐へと潜り込んでいた。


 そのまま拳で彼女の顎を砕く。

 しかし、それは間一髪で裂けられてしまった。


「……ふぅん。少しはやるようになったみたいね」


 彼女が口を開く。

 しかし、それが俺にとっては隙にしか感じられずにいた。

 内容など、聞いてはいない。


 拳打が、彼女の頭蓋を狙う。

 今度は的確にとらえ、それをまともに食らってしまった彼女は、そのまま後ろへと吹き飛んだ。


 はずだった。

 しかし、俺がとらえたものはシルヴィアではなく、人形。


「でも、あなたの相手は私じゃなくて、私のお人形。私は高みの見物をしに来たに過ぎないわ」


 彼女の言葉を聞いて、俺は腕を横へと薙ぎ払った。

 それに応えたかのように、俺の視界のすべてが冷気に染まり、気が付けば複数人いた仮面の男たちの()()が、地面に括りつけられた氷像へと化す。


 これが、魔核の力だった。


「……それで、何が言いたい?」


 睨む。

 それを見たシルヴィアは少し驚いたかのように息を吐くと、またいつもの表情へと戻った。


「……へえ。あなた、『ラザレス』じゃないのね」

「いいや、ラザレスだ」

「人間気取り、というわけ?」

「何とでもいえばいい。お前に何と呼ばれようが、興味などない。今ここでお前は死ぬのだからな」

「そう」


 彼女が涼し気に返事をした後に、上空から隕石のようなものが俺と彼女の間に振ってくる。

 俺は、それが何なのか既に理解していた。


「悪いわね、シャルロット。本当は貴方の手を煩わすつもりじゃなかったのだけど」

「構いませんよ、シルヴィア。それに、元々あの程度でラザレスさんたちを殺せるとは思っていませんから」


 シャルロットと呼ばれた岩の塊は、目の役割を果たしている宝石でこちらを睨む。


「あなたが、ラザレスさんの中にいた、賢者さんですね?」

「そうだ。それが?」

「いえ、ラザレスさんなら躊躇していたかもしれませんが……あなたなら、遠慮なくやれそうです」

「そうか。元々俺は躊躇など考慮してはいないがな」


 睨み返し、片手で俺の身長ほどの大剣を氷で作り出す。

 そうして一振りすると、風圧で周りを囲んでいた冷気が消え去り、曇天を切り裂き青空が見える。

 もう、既に魔核の力の暴走に悩まされることはないだろう。


 それに、()()()()()()()()()()()()()


「……来い」


 俺の言葉に呼応するかのように、シャルロットの巨体が地面を蹴り、凄まじい速度でこちらへと向かってくる。

 拳の位置であろう場所がそのまま俺の頬をとらえようとするが、遅い。

 それでは、足りない。


 そのまま回避の勢いを殺さないまま、彼女の腕を大剣で切り上げる。

 大ぶりな攻撃だが、巨体の彼女には避けられないほどには鋭かった。


「……っ!」


 彼女の肩腕が宙を舞う。

 その隙に一気に間合いを詰め、彼女の肩からわき腹にかけてを袈裟切りにする。

 しかし、それは横から入ってきた何者かに止められてしまった。


「よお、兄弟。最高に元気じゃねえか?」

「……お前か」

「いいね、その殺気。ゾクゾクして、高まってきちまう!」


「お前を殺したいって欲望がなァ!」


 そのまま、彼の拳が俺の頬をとらえる。

 それを剣身で受け止めようとするが、近距離では殺しきれないほどの勢いが籠められていて、後ずさりさせられてしまう。

 その強さに、思わず笑いがこぼれる。

 それはあちらも同様らしい。


「……はは、ははは!」

「ハハハハ!」

「アッハハハハ!」


 お互いの笑い声が響く。

 ああ、不愉快だがこいつも俺も今きっと、同じことを考えている。

『もっと殺し合いたい』。


「さて……もっとやろうぜ、兄弟?」

「ああ、やろう。今ほど誰かをぶっ殺したくなったのは初めてだ!」

「ハハ、そりゃ褒め殺しってもんだ」


 俺の心が高鳴る。

 まるで、生まれてきた意味がここにあるかのように。

 こいつだけが、俺の殺意を受け止めてくれるかのようだった。

 だったら、何があっても俺はこいつと決着をつけなくてはいけないような気がした。

 それ以外、もうどうだっていい。


 構え直し、彼を見る。

 息を吐き、肺に新しい空気を詰める。

 じっとりとした手汗が、氷の柄にしみこんでいく。


 そうして俺は、大剣を地面から振り上げるように、そのまま賢者の首を狙う。

 それを彼は足で踏みつけ、そのまま拳で俺の頬を砕いた。


「……っ!」


 態勢が大きく崩れかける。

 だが、()()()

 まだ、足りない。


 柄から手を放し、目の前の彼に殴打を繰り返す。

 交差する、互いの拳。

 互いの血が飛び交い、交じり合う。

 その間さえ、俺達の表情から笑みが消えることはなかった。


 俺は自身の拳で彼の頬を貫き、そのまま体制が崩れたすきにもう一度剣を作る。

 今度は、細身の剣だ。

 彼は、一度濃い笑みを浮かべたかと思うと、合わせるかのように似たような剣を作り出す。


「ハハ、楽しいなァ! 生まれてきてよかったぜ!」

「同感だ。今この一瞬のために生まれてきたと錯覚さえしてしまう!」


 こいつと意見がかぶるなど、本来不愉快だ。

 体中も傷むし、息も上がっている。

 だが、止まらない。

 止められない。


 体中のアドレナリンが沸き立つ。

 指先まで熱くなったこの心を誰が止められよう。


「さあ、来いよ。兄弟」


 言葉とともに、彼の剣筋が俺の首をとらえる。

 それをはじき返し、そのまま切り返すが、それを片手で受け止められる。

 お互い一歩も引かない、激しい剣戟が続く。


 しかし、彼は俺の剣を上方へと弾き飛ばすと、無防備となった腹部に膝蹴りを放つ。

 思わずよろめいた隙に拳が頬の骨を砕き、そのまま俺の髪をつかんだ。


「……だけどな、兄弟。まだ足んねえんだよ」

「ぐ、おぉ……っ!」

「なあ、兄弟。お前は確かに強かった。だけどな、力を出し惜しんでるのが、それ以上に目立つ」


 俺の髪が先端から凍り始める。

 それが、目の前にいる賢者の仕業だというのは言うまでもなかった。


「ハッキリ言えばな、下らねえんだよ。お前の闘志も、歩みも、力も。どれも俺を夢中にさせるには足りねえ」

「が、はっ……!」

「心がねえんだ、お前の拳には。殺意で動かされているだけで、そこに俺は見えていねえ。そんなので俺が負ける訳、ねえだろうがっ!」


 髪から手が離されると、空中に浮いた俺の腹部に、今度は綺麗なほどに鋭利な殴打が入った。

 そのまま後方へと吹き飛び、偶然あった煉瓦の山に体を預ける形になる。


「お前の殺意に相手は関係ない。人形のように、『殺せ』と言われたから殺そうとしているだけだ。なあ、兄弟。俺を見てみろよ」


 足音が近づいてくる。

 体が痛い。

 まるで、全身の骨が折れているかのような苦痛に、表情をゆがめる。


「見れねえよな。お前の殺意なんて、一過性のものに過ぎねえんだから」


 動かない。

 まるで、四肢にくぎが刺されているかのように、ピクリとさえ動かないのだ。


 やがて、足音が止んだ。


「楽しかったぜ。――最初だけはな」


 ため息とともに、腕が振り下ろされる。

 しかし、その腕はいつまでたってもこちらの体に触れることはなかった。


「……ああ、そういや居たな。無粋な輩が」


 顔を上げると、そこにはなくなった右腕の肩を抑えている賢者の姿。

 その瞳に映るのは、狼だった。


「シルヴィアさんよ、引き上げるぞ。あいつが相手じゃ分が悪い」

「……っ。ラザレス、この屈辱は必ず返すから」


 シルヴィアが吐き捨てるかのように言うと、三人組は雲の子を散らすかのように、姿を消した。

 それを見計らったのか、狼が俺の胸ぐらをつかみ、立ち上がらせる。


「……俺が何を言いたいか、わかるか?」

「……」

「わからないだろうな。お前はあいつの言った通り、人形なのだから。何か夢を抱いたとしても、そこにお前の意志などない」

「……そんなことっ」

「怒るフリか? フン、それなら精々気が済むまですると良い」


 俺が、人形?

 違う。そんなわけがない。


 その時、狼の肩に手が置かれた。


「なあ、狼さんよ。あまり俺を怒らせるなよ? 見ての通り気は長い方じゃねえ」

「……力の差は歴然だと存じますが? ルーファウスさん」

「知るかよ。こいつは俺の部下だ。それを馬鹿にするってことは、俺を馬鹿にしてるってことでいいんだよな?」


 ルーファウスが武器に手をかけたかと思うと、狼はため息を一つついて元来た道を戻っていく。

 ルーファウスはそんな彼の後姿を睨んだ後、レンガに半分埋まっている俺の体を起こし、そのまま背中に負ぶってくれた。


「あいつのことはよくわかんねえけどよ。お前は人形なんかじゃねえよ。俺の部下、そして立派な兵士だ」

「……ありがとうございます」

「気にすんな。お前がいなくちゃ、今俺が生きてるかさえ怪しいんだからよ」


 俺は彼に体重を預ける。

 そうして、そのまま深い闇へと意識を預けた。

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