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35 始まり

 目を覚ますと、ダリアは冷たい石畳に捨てられていた。

 灰色の壁と、目の前には見知らぬ紫色の丸い石が浮かんでいる。

 誰もいない場所に対し、ダリアは反射的に呟いた。


「……ここは?」


 返事など、期待していなかった。

 だが、しばらくした後に、丸い石の方向から、無機質な声による答えが返ってくる。


「ここは貴様の知っている世界から切り離された。いわば異世界だ」

「……だれ?」


 周りを見る。

 しかし、その浮いている石以外には見つからない。

 その石は一度不規則に揺れると、もう一度その方向から声が聞こえた。


「こっちだ。私以外この場所にはいない」

「あなたが、喋ってるの? その……石?」

「石ではない、『魔核』だ。……今は勇者の奴に封じ込められ、小さくなってはいるが」

「魔核、さん?」

「魔核でいい。さて、どこから説明するか……」


 魔核はゆっくりと彼女に近づく。

 彼女はそれを眼で追っていると、あることを思い出した。


「……っ! ミケルはっ!?」

「あの小僧なら、死んだだろうな。もし逃げられたとしても、貴様が会える可能性などない」

「……どういうこと?」

「あれから数年で、勇者は魔力を一つの石に纏め上げる技術を手に入れた。複数個の石を、誰もいない世界の端に置き、身寄りのない子供たちを見張りとして、ともにこの世界から切り離した」

「……?」

「まあ、封印されたのだ、端的に言うと。突拍子のない話だとは思うがな」


 その魔核の言う通りだった。

 魔核というものに魔力を集め、それを世界と切り離した。

 おとぎ話と錯覚しても、おかしくはない。


「それから、我々はあの世界の時間に換算すると……そうだな、ざっと数百年は放置されてきた」

「……すう、ひゃく!?」

「貴様が起きていない間は退屈だったぞ。戯れに、不完全ではあるが、この私が自我を持つほどだからな」

「じゃあ、ミケルは……」

「ミケルどころか、勇者だって土の中だろう。だが、貴様はどういうわけか年を取らん。……大方、勇者の作り出した呪術、というのが関係しているのだろ」

「元の世界には戻れないの?」

「出来るのならそうしている」


 その石の答えが指し示す結末は明確だ。

 ……彼女はこの世界に、永劫に取り残されてしまう。


「……なんで」

「ん?」

「なんで、私はここにいるの?」

「さてな。……だが、奴の素性はもう知っているのだろう?」

「……」

「私の近くに人を置くこと。それ自体が何かの意義があるのなら、奴を信仰している人間が誰かしら立候補するだろう。だが、貴様を選んだ。何故か? 単純だ。貴様がミケル以外に家族を持たず、誰とも接してこなかったからだ。貴様がいなくなっても、ミケル以外は勇者への不信を抱くことなく、奴の欲求を満たすことができる」

「そんなの」

「出たら目か? だが反論はできまい?」


 彼女は、悔しそうに俯き、黙り込んでしまう。

 魔核はそんな彼女から意識をそらすことなく、語り続ける。


「そう不貞腐れるな。話し相手が出来て多少はしゃいでしまっただけだ。何せ数百年……いや、数千年、誰とも会話などしてこなかったからな」

「数千年……?」

「そうだ。私は魔力の集合体。ならば、今の私の意識を形成している魔力の一つ一つが私そのものだ。貴様は知らないかもしれないが、魔力にはそれぞれ自我がある。私が貴様について詳しいのもそれゆえだ」

「じゃあ、ミケルの魔力と会話が出来るの?」

「期待してもらって悪いが、複数といる人格の中から見つけ出すのは無理だ。それに、ミケルの魔力と言えど、ミケル本人ではない。話すことさえ出来ない未熟な魔力であるという可能性だって十分にある」

「……なんだ」


 ダリアは心の底から失望したかのような目線を魔核に向ける。

 だが、相手は石。表情なども読めないため、伝わっているかは向けている彼女にさえわからなかった。


「さて……貴様はこれから、どうしたい?」

「どうって?」

「復讐のために、私とともに来るか。それとも、ここで腑抜け明日さえも呆然と過ごす永劫を過ごすか」

「復讐のためって……でも、ここからは出られないんじゃ」

「その通り、出られない。だが、希望を捨てるのは貴様か私の命が尽きた時だけにしろ」

「……」

「希望を捨てず、抗うというのなら、その胸に私を近づけろ。それだけで、貴様はあの勇者にさえ劣らぬ力を手に入れる」

「……私、は」

「決めろ。今ここで」

「私は……」


「誰かを傷つけたくなんか、ない」


 それは、はっきりと口にした彼女の拒絶だった。

 魔法によって家族を奪われた彼女が魔法に頼り復讐を果たすなど、彼女自身の心が許すはずもない。

 魔核はそれさえも承知なのか、かわらず彼女の目の前を浮遊し続ける。


「……ミケルという少年が、そんなに気がかりか」

「違う、ミケルはっ……!」

「関係ない? ふん、笑わせる。奴は優しかったな、いつでも、どんな時でも。暴力とは全くと言っていいほど無縁だった。おおらかで、誰かの前では笑顔しか見せない青年。そんな彼に、貴様は惹かれていった」


 魔核の勢いに押され、彼女は口をつぐむ。

 だが、もう片方の魔核の勢いに衰えはなかった。


「だが、貴様が奴に抱いていたのは、断じて愛だの恋だの、そういった劣情などではない。……『尊敬』していたのだろう?」

「……違う」

「彼はどんなことでも受け止めてくれた。彼はどんな失敗をしても、親身になって慰めてくれた。だけど私は違う。ずっと憎かった。魔法も、魔法も使うやつらも。両親を殺す原因にかかわっている奴皆が、憎かった」

「止めろっ!」

「同じ人間なのに、なぜ人を許せないのだろう。ずっとその思いを引きずってきた」

「やめ、て……」


 彼女は零れだす自分の感情を抑えながら、目の前にいる魔核を睨む。

 だが、魔核が出した次の言葉は、そんな彼女にとって予想だもしない言葉だった。


「……私はそんなお前に理解を示すよ。辛かっただろう」

「え……?」

「私はお前の両親を殺した原因そのものだ。だが、魔力にだって意識はある」

「……」

「ダリア、……すまなかったな」


 そう語る魔核のどこかに、ダリアは『彼』の欠片のようなものを感じた。

 そんな彼から、ずっと言ってもらいたかった、理解の言葉。

『辛かっただろう』。

 その一言だけで、心の中にわだかまっていた憎しみが消えていくかのような気がした。


「……私は、ただの魔力だ。貴様に謝意を示す以外に、出来ることはない。だが、それでも力を貸してくれるのなら、手に取ってほしい」

「……」

「頼む」


 それきり、饒舌だった彼女の口が閉ざされる。

 しばらくの沈黙を割いたのは、ダリアの方だった。


「一つだけ、条件がある」

「なんだ?」

「名前を、名前を聞かせてほしい」

「……私に名前などない」

「名前が分からない人とは、手を取れない」


 魔核は困ったように揺れ動く。

 しばらく考え込んだかのようにうつむいた彼女の口から、ぽつりと零れ落ちた。


「……ダリアと、そう名乗ってもいい」

「『ダリア』? それは貴様の名だろう」

「そう。花の名前が由来の、私の名前。今日から、私たちでダリアになるの」

「……そうか」


 ダリア。

 彼女の名前の由来、ダリアの花には、花言葉があった。

 綺麗な、何よりも優しく温かい意味が。

 彼女の意図を察した魔核は、そっと彼女の胸へと近づく。


 ……ありがとう、ダリア。


 どちらかが、そうつぶやいた。




 魔法の力を使い灰色の壁を砕くと、白色の花畑が広がっていた。

 遠くの方には森、湖、山。

 自然とよばれるものの多くで、この世界は構成されていた。

 そんな中で、彼女たちは数十年を暮らし続けていた。


「……一つ、聞いてもいい?」

「なんだ?」


 問いを漏らすと、頭の中で無機質な声がする。

 それが、魔核の声なのだと彼女は理解しきっていた。


「元の世界に戻ったら、どうするつもりなの?」

「どうする、か……。なんにせよ、誰ともかかわることのない家と、飢えを感じない程度の食事を確保したい」

「復讐は?」

「復讐、か。勇者が生きているのならそうするだろうな」

「復讐のために、手を取れと言ったのは貴方のはず」

「そうだな。私も最初は貴様と同じく勇者が不死になっていると考えていた。だが、その線は考えれば考えるほど、薄くなっていく」

「なんで?」

「永劫を生きるなど、人間では耐えられまい。それに、奴は光だ。その光に照らされては生きていけない者もいる。そう言った者たちが蔓延るあの世界に、奴が永劫に腰を下ろすことなど想像もつかん」

「……えっと、簡潔に」

「正しいと厄介は同義という事だ」


 分かっているのかいないのか、ダリアはゆっくりと頷く。

 そうしてしばらくした後、彼女の手が止まった。


「出来たっ!」

「花冠か。中々上手にできているな」

「昔、ミケルが作ってくれた。初めて戦場に行った日の帰りに」

「……優しいんだな」

「うん」


 彼女は頷いて、頭にかぶる。

 それは少し彼女の頭よりは大きく、冠というよりはどちらかというとネックレスのようになってしまった。

 そんな彼女を笑う声が、どこかから聞こえる。


「……?」

「どうした?」

「えっと、何か言った?」

「いや、何も言っていない。空耳ではないのか?」

「……そっか」


 ダリアが立ち上がり、元居た灰色の箱に戻っていく。

 そんな彼女の後姿をせせら笑うかのように、笑い声は響いていた。




 それからまた十数年がたった。

 笑い声は、まだ響いている。

 最初は戸惑ったダリアも、もうとっくに慣れ切ってしまっていた。

 だが、それでも彼女の精神は、着実に摩耗してしまっている。


「……うるさい」

「なんだ?」

「うるさい! どうしていつも私を笑うの!? そんなに私のことが面白い!?」

「落ち着け。誰も貴様を笑ってなどいない。それに、この場所は私達しかいないではないか」

「……っ、でもっ!」


 虚空に向けて、彼女は反論しようとする。

 その時、彼女は気付いてしまった。


「……ねえ、『魔核』」

「なんだ?」

「あなたは、本当にそこにいるの?」

「……は?」

「本当は、私は狂っているんじゃないの? あなたは私の作ったイマジナリーフレンド。そうなんじゃないの?」

「ここに来た時、貴様は私の姿を見た。それが事実だ」

「違う。私の記憶も、きっと誰かが……」


 そんな時、彼女は気付いてしまった。

 ありもしない、架空の現実に。


「ミケルが……」

「は?」

「ミケルが、私をこうしたんだ……」

「何を……」

「そうだ。そうなんだ。ミケルから助けるために、勇者様が来てくれたんだ。私はずっと、あいつに……」

「それ以上は許さん。奴は死ぬ時まで貴様を逃そうとしていた。その意味が分からないほど愚かではないだろう」

「違う。違う違う! 勇者様が、勇者様がいてくれたから……!」

「いい加減にしろっ!」


 それは、いつもの無機質な声とは程遠い、怒りをはらんだ声だった。

 突然の叱責に、ダリアは黙り込んでしまう。


「奴は貴様を守ろうとしたんだ、最初から、最後まで! 貴様を閉じ込めた勇者の手からさえも!」

「……そう、だよね。ごめん、取り乱した」

「一体どうしたんだ、いきなり」

「響いてるの。ずっと、頭の中で。誰かの話し声と、笑い声が……」

「……まさか、聞こえているのか?」


 ダリアは頷く。

 魔核は少し黙り込んだのちに、先ほどのように無機質な声で話し始める。


「多分、貴様が聞いているのは、私の中にある、一つ一つの魔力の声だ。……すまない。事前に話しておくべきだった」

「ううん。でも……止められないの?」

「人は完全に思考を止めることはできない。例えどのような事象でも、人はそれに感想を抱かずにはいられないんだ」

「……えっと、それじゃあ私たちの……えと、じしょう? を笑っている人がいるの?」

「自我というのは度し難いものでな。誰かが苦しむ、悲しむ、妬む、怒る。そう言った負の感情を見て、悦に至るものもいる」

「楽しいの?」

「他者の悦楽など、知りたくもないし知ろうとも思わない。ミケルにも窓から人を眺めるという趣味があっただろう?」

「あった。でも、よくわからない」

「……奴は、外への憧れがあった。誰にも抑制されない、罪の意識に苛まれない自由に、憧れていたんだ。だから、自由な人々を自身に置き換えていたんだ」

「罪の、意識?」

「戦場漁り。あそこにある死体にだって人生があった。家族がいた。恋人がいた。戦場へ出向くものにお守りとして何かを持たせる者もいることを、奴は理解していた。それを、自身が食うために売りさばく罪深ささえも」


 ダリアはうつむく。

 彼女も、その思いはあったのだろう。

 そんな時、優しげな少年の声が周りに響いた。


 ――だからって、君がそれを背負おうとしなくていいんだ。


 ダリアは、その声に聞き覚えがあった。

 魔核でも、自分の声でもない、その声に。


 弾かれたかのように振り向く。


 そこには、ミケルの姿があった。


「……遅くなってごめん」

「みけ、る……?」

「助けに来た。……ここから出よう」


 そう言うと、彼は短剣で空間を引き裂くと、そこからは彼女たちが元居た世界が姿をのぞかせる。

 それは、明らかに人間の成せる業ではない。

 しかし、そんなことはダリアにとっては些末なことで、言われるがまま彼の側に近寄った。


 そうして、彼女は数百年閉じ込められた世界を後にした。

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