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32 炎

 燃え盛る街道を、三人の少女をかけていく。

 普段なら静まり返っている夜が、今日に限っては悲鳴や怒号が街を染めていた。

 そんな彼女たちの逃げ場をふさぐように、数人の男のような形をした靄が立ちふさがる。


「クソッ……リンネ、カレンを連れて下がってくれ!」


 先頭に立っていた少女、ユウが剣を抜いて、その数人の男を薙ぎ払う。

 男たちはそれを避けようとも、受け止めようともせずに切られると、そのままなにもなかったかのように消えて行ってしまった。


「カレン、平気か!?」

「平気、です」

「そうか。リンネはまだ走れるな」

「ああ。なんならチビ背負ってでも走れるくらいにはな。それより……」


 リンネは短剣を投げると、ユウの背後に立っていた男の顔面に突き刺さり、そのまま姿を消す。

 それを確認した後、言葉を続けた。


「こいつらは一体何なんだ? 突然湧いてきたと思ったら、滅茶苦茶しやがって……」

「わからない。皆人間の形をしているが、それにしては表情が希薄だ。作り物のような不気味ささえ感じる」

「何にせよ、人間だと思ってためらったらこっちがやられる。それだけは確実だろうな」


 リンネはそう言うと、足元にある人の死体に目を落とす。

 町中にそれはあふれかえっており、白く染まっていた壁や通路に、その面影はない。


「カレン、見るな。大丈夫、私たちが守る」

「ユウ様……」

「大丈夫、大丈夫だから……」

「おい、ユウ! やべえぞ!」


 リンネが慌てたかのような声を出し、それに弾かれるようにユウが前を向くと、そこには無数の男たちの姿があった。


「カレン、逃げるぞ!」

「ユウ様、あれ……」

「なんだ!?」


 カレンが指さす方向……つまり、逃げようとしていた方向にも、多数の男たちの姿があった。

 それが指し示すものは、彼女たちにとっては絶望に等しい。


「ああ、クソッ。……やっぱこれ、使うしかないか」


 リンネはフードを片手で脱ぐと、そのまま目の前の男たちを睨む。

 だが、それはユウに遮られた。


「待てっ! お前、今何をしようとした!?」

「仕方ねえだろ! それとも、今ここで三人とも仲良く死ぬか!?」

「それは……だが、私はそれを使ってほしくはない!」

「じゃあどうする!?」


 リンネの声に、普段持っている余裕の色が消える。

 その時、路地裏の方から声が聞こえた。


「こっちだ、三人とも!」


 その声のする方向には、確かに抜け道のようなものがあった。

 罠かもしれない、という懸念さえ生まれる隙のないほどの短時間で、彼女たちは路地裏へと駆けこむ。


「入れ、早く!」


 声とともに、扉が開く。

 そこに飛び込むと、三人が入ったのを確認したのか、扉が閉まり錠の掛ける音が聞こえた。


「間一髪だったな。大丈夫か?」

「ああ、助かった。私はユウ、そして隣にいるのがリンネ、小さいのがカレンだ」

「俺はレオナル。この国の兵士なんだが……まあ、今は兵士とかは関係ないか」

「兵士なら、何か知ってないのか?」

「悪いな、何もわからないんだ。とりあえず緊急事態の場合は、城が避難場所になっているんだ。多分、そこならここよりかは安全だと思う」

「城、か」


 フォルセの城は、町の中心にある。

 そこへ逃げるということは、逃げ場がなくなるかもしれないという不安に付きまとわれるという事を表していた。


「安心しろよ、カレンちゃん。城に行けば、隊長だっているし、きっとなんとかしてくれるさ。それに今ここにいるのは、俺達だけじゃないんだ」

「私たちだけじゃないんですか?」

「ああ。賢者の法の一人である、グレアムだってここにいるんだからな。城にたどり着くくらいなら、楽勝だと思うぜ?」


 そう言うと、レオナルは背後にいる影に向けて、背中越しに親指を向ける。

 それを見たグレアムと呼ばれた男は、心底不快な態度をあらわにした後、口を開いた。


「……本当なら、あなたの手を借りるなど吐き気がしますが、ね」

「おいおい、そういうなよ。俺達の仲だろ? それに、いま仲間割れしてる場合じゃないことくらい、見りゃ分かるだろ」

「その通りですが……あなたに正論を言われると、何故だかわかりませんが腹が立ちますね」

「はは、わかってくれたのならなによりだ」


 グレアムは、レオナルを睨みつけた後、そのままユウとリンネに顔を向ける。


「あなたは……確か、同志の方ですよね? 知っているかもしれませんが、私の名はグレアム。賢者の法の……司祭です」

「『副』だろ?」

「黙りなさいレオナル。今この場においてその情報は何の価値もありません」

「あ……えっと、ユウに、リンネです。そして、こっちがカレンです」

「よろしくお願いしますね、皆さん。といっても、それがいつまでよろしくできるかわかりませんが」

「……すみません、おっしゃられてる意味が……?」

「ああ。気付いていないのですね。あなたは賢者の法の信徒として日が浅いため、無理もありません」


 グレアムは壁の外から聞こえる悲鳴に目を向けると、一度息を吐いた後に言葉を続けた。


「彼らは元々、私たち賢者の法の同志でした。といっても、今はその記憶はありませんが……」

「どういうことですか?」

「失礼。回りくどすぎましたね。端的に言うと、魔女が暴走しているのです。理由はわかりませんが、魔力の質が大きく変わっているのです。……魔女についての説明は入用ですか?」

「いえ、それは構わないのですが……。グレアム様は、大事ないのですか?」

「ええ。といっても、どうして彼らが暴走しているのかがわからなくては、私もどうしようもありませんが……。こうして意識の保っているうちに、理由をできる限り突き止めようかと」

「待った」


 グレアムが話している最中に、リンネが口を開く。

 その眼はいつになく真剣で、見ようによっては彼を睨んでいるかのようにも感じられた。


「このチビも魔女の一人だ。こいつが暴れる可能性だって、あるんだよな?」

「恐らくは。ですが理由がわからない以上、推測しかもうしあげることはできません」

「元に戻すことはできないのか?」

「それはこちらも存じ上げません。ですが、魔力の質が変わってしまっている以上、教皇の手の施しようがないかもしれない、と主観で憶測をあげることだけならできます」

「……じゃあ、その、だな」


 珍しく、リンネが口ごもる。

 長らく彼女とともに過ごしてきたユウには、彼女が何を言おうとしているのか、分かってしまった気がした。


「カレンが暴れだしたら……殺す以外にない、ってことなのか?」

「……っ」


 カレンが顔を上げる。

 それは、初めてユウやリンネに引き取られた日の、おびえた表情によく似ていた。

 リンネはその目線に耐えきれず、思わず目をそらしてしまう。


「……ええ。覚悟はしておいた方がいいでしょう」

「……なんだよ、なんなんだよ」

「お、おい。リンネ……?」

「何が賢者の法だっ! 結局ガキ一人救えない無能の集まりかよっ! 何が平等だ、何が自由だ! 魔女とかいう、訳わかんない奴らが何言ってんだよ!」

「……はあ。下手に出ていれば、調子に乗るなよ。お前の隣の同志に免じて我慢していれば、付け上がりやがって……!」

「落ち着けよ、リンネさん! グレアムも乗んじゃねえ! いま仲間割れしてる暇ないだろ!」


 二人の怒号にまみれ、恐怖に耐えきれなくなったカレンが、膝を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 ユウはその少女の肩を抱いて、二人に言い放った。


「私たちは城へ行くっ! 二人はどうするんだ!?」

「……チッ。とりあえず、今は私も同行しましょう。大切な同志を傷つけるわけにはいきません」

「オレも行く。今はチビの安全が最優先だ」

「ああ、俺も行く。カレンちゃんも、行けるか?」

「……立てない」

「そっか、腰抜かしちゃったか。お兄さんの背中に乗れるかい?」


 レオナルはそう言って腰を下ろし、その上にカレンを乗せる。


「悪い、そういうことで俺は戦闘には参加できないから、三人とも頼む。その代わり、足には自信があるからそこは任せてほしい」

「……まあ、こいつは曲がりなりにも兵士です。私たちよりも体力はあるかと」

「『曲がりなりにも』じゃなくて兵士だっつの。とにかく、今は走ろう。カレンちゃんの安全が最優先ってのは、今いる四人の中の共通認識ってことでいいな?」


 カレンとレオナルを除いた全員がうなずく。

 それを確認した後、グレアムを先頭に、全員が城へと走り出した。




「……ここからは、どちらかが先に動けるかの勝負だ。この瀬戸際、制すことが出来なくては私たちに勝機はない」


 隣にいる女性も、彼の言うことに頷く。

 俺はそんな彼を一瞥した後、高台から炎に包まれた街を見下ろした。


「勝つぞ、ラザレス」


 狼の一言で、三人は分裂する。

 そうして一人になったとき、俺は人知れず呟いた。


「任せろ」

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