28 異端者
爆音が聞こえたのは、こことは反対側に位置する場所だった。
俺はその方向を向いた後、目の前にいる子供たちに向き直る。
どうすればいい? その場所に向かったら、子供たちが危ないかもしれない。だが、ここにいたら、国自体が危ないかもしれない。
「クソッ、どうすれば……」
子どもたちは、不安そうに俺の顔を見上げる。
そんな彼らの不安を少しでも和らげるために、無理やり笑顔を作った。
そんな時、背後から声が聞こえた。
「お困りかな? 賢者様」
「……ニコライ」
「おいおい、睨まないでくれよ。この件は俺らの仕業じゃない。……ああいや、俺らに報復しに来たイゼルの可能性もなくはないが、賢者の法の望む展開ではない」
「その言葉、本当だな?」
「疑っても今はしょうがないということくらい、君にもわかるだろう?」
……悔しいが、その通りだ。
賢者の法ではないとなると、大方、イゼルによる報復だろう。
だが、イゼルに戦う力など残されていたのか?
「行きなよ。行って確かめてくるといい。俺はここにいるから」
「……は?」
「わかんないか? 俺がここにいて、こいつらの面倒見てやるって言ってんだよ」
その発言は、俺の想像する彼の姿からは、考えられなかった。
だが、彼の表情は真剣だ。
「その言葉、嘘偽りはないだろうな?」
「ないね。子供に手をかけるほど、畜生ではないつもりさ」
「……わかった。頼む、ニコライ」
俺はそう言いおえ、走って音のした方へと向かう。
少々……いや、大分不安ではあるが、それでも俺は彼に頼るしかなかった。
子どもたちの居場所を守るために。
町中を夢中で走り、ようやく音の下場所らしきところへとたどり着く。
既にその場は戦場で、剣と剣がぶつかり合う音、地面に広がる血しぶき、そして、イゼルの鎧に身をまとった兵士たち。
それだけで、状況を理解するには十分だった。
「ああ、くそっ……!」
俺が右腕を一薙ぎすると、その際に生じた風に乗るように、炎が風に乗り、目の前の兵士の海を割る。
その際に生じたすきに、俺は周りを見て、誰がいるのかを確認した。
兵士の奥にいる、見慣れた男。
「……やっぱり、爆発がしたと思ったら、お前かよ。ザール!」
「ラザレス……」
「そんな目で人を見るんじゃねえッ! 人の居場所を壊そうとしているくせに、お前は善人気取りかよッ!」
ザールの俺を見る目が、とてつもなく悲しく感じた。
その眼が、そのしぐさが、全てが俺を愚弄しているかのようにも、感じた。
ふざけるな。人の居場所を奪おうとしておいて、可哀想だと?
「ふざけんなっ! ふざけんじゃねえぞ、ザール! ラザレスがどう感じようとも、今の俺にとって、お前は倒すべき敵だっ!」
「……そうか。残念だ」
彼は剣で一閃したかと思うと、背後にある家々が剣圧で崩れる。
その際に崩れ落ちたがれきに、兵士が何人か巻き込まれる。
……俺の知り合いだった人も、同様に。
「……なあ。ザール。教えてくれよ」
「なんだ?」
「お前は、どうしてそうやって人を殺しても正気でいられるんだ?」
「正気などではない。私はとうに狂っている。狂わなくては、前に進めなかった。……お前だって、そうだろう?」
「……俺を、お前らなんかと」
「同じだ。いくら価値観は違えど、我々の本質は同じなんだ。だから、この世界から我々異端者は、抹消されなくてはらない!」
そう叫ぶと同時に、彼は自身の身長ほどの大剣を振り下ろす。
俺はとっさに短剣を抜いて防ぎ、そのまま倒れこむかのように鍔迫り合いの姿勢になった。
「私達の人生はここにあってはならないものなんだ! 私達にある『今』は、与えられるはずのないものだった! この世界の未来に、私達は干渉してはいけない! いいはずが……ないんだっ!」
「だから何だよっ! まさかお前、一度死んだ運命なんだから、甘んじて死を受け入れろとか言いたいのか!?」
「そうだっ!」
「ふざけるなっ! お前が俺にどう思おうと、どう考えようと勝手だ。だけどな、その理論を俺に押し付けんなっ!」
思い切り彼の体を押すように、体重をかけて彼を押す。
だが、彼はそれを読んでいたようで、後ろに大きく飛んで、その際に俺は大きくバランスを崩した。
だが、彼はその隙を突くようなことはしてこなかった。
「……もう、いいじゃないか、ラザレス。お前はもう十分に戦った。もう苦悩など全て捨て、楽になったって誰も文句など言わないさ。後は、私たちに任せろ。この世界は私たちが守る」
「は。残念だったな。少し前の俺にその言葉を聞かせていたら、俺はきっとお前の思い通りに行ったろうぜ? でもな、残念ながら今は違う」
俺は剣先を彼ののど元に向ける。
剣の実力で、彼に敵うなどと思ってはいない。
それに、今の彼は全力で俺を殺しに来ようとしている。
だけど俺は、ここで死んで楽になるつもりは毛頭ない。
「これは、俺が終わらせるべき物語だ。誰かなんかじゃなく、他でもない、俺が」
「……なにを、言っている?」
「俺は、あの子たちのために安心できる未来を創る。そして、生きてあの子たちを見守る。そう決めたんだ。だから、生きてやるさ。どんな汚名を背負おうと、子供たちのためならな」
「そうか。お前の決意は変わらないんだな、賢者?」
「ああ。お前がそんなに俺を殺したいって言うのなら、来い。もうお前と語ることなど何もない」
「そうか。なら……」
彼は大剣を構え、こちらを睨み据える。
「本気で、いかせてもらうぞ」
その言葉とともに、彼は俺の懐に入り、目にもとまらぬほど素早い人なぎを繰り出してくる。
俺はとっさにそれを受け止め、魔力を込めて大剣を凍らせた。
これで、もう一度折れば……。
「同じ手が通じると思ったか?」
彼はそれだけ言うと、俺たちを中心に渦巻くように、炎が燃え盛り始める。
途端に、大剣を包んでいた氷が解けてしまった。
「……なるほどな」
「あの日は雨だった。だが、今日は違う。……負けはしないさ、貴様などに」
「偶然俺の虚を突いたくらいで、随分と自信満々だな」
悪態をつくが、炎の熱がじりじりと俺の体力を蝕んでいく。
彼は自身の炎の熱に慣れているのか、いつもと変わらない姿勢を崩さない。
一度距離を取ろうにも、周りにある炎のせいでそれさえも叶わない。
どうするべきか考えあぐねていると、突然剣先からミシミシと、聞いたことのない音が聞こえた。
見ると、もう限界なのか、俺の持っている短剣に亀裂が入ってしまっている。
「貴様の負けだ。諦めて投降しろ。投降、してくれっ……!」
彼は、懇願するかのように俺に言う。
……そんなつもりが俺に毛頭ないことを、わかっているかのように。
俺は剣先に魔力を籠め、俺を中心に爆発を起こした。
だが、それさえも彼の手中のうちなのか、俺の背後に回り込み、右手で俺のみぞおちを殴りつける。
その時に、俺は意識を手放してしまった。