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27 言葉

「その条件で、我々に同盟を受け入れろと?」


 マクトリアの国王と名乗った男は、低い声で彼女……ソフィアを威圧する。

 彼はこの同盟に不服といった態度を隠そうともせず、周りにいる官僚も似たような反応だった。


「難民の住める場所くらいは提供しよう。国王とのあらかじめ決めていたことだ。だがな、この国に深くかかわることだけは禁じる」

「それでは、我々のことはまるで……」


 紛れもない『放置』だった。

 だが、彼女の周りを取り囲む者どもは、住まいを与えること自体温情なのだと、一歩も引く気はない。


「ベテンブルグ卿。一つ言いたいことがある。我々は争いは好まん。無論、それはイゼルとも、……賢者の法とも」

「それは、どういうことですか?」

「わからないか? マクトリアを、貴様達の戦争に巻き込むな、と言いたいのだ」


 国王が言い終わると、反論の余地を与えないかのように、周りの重鎮たちも賛成し始めた。


「その通りです。そういうわけで、お引き取り願いたい」

「最も、この程度の言葉の意味も理解できない鳥頭では、帰ることもままならないでしょうがな」

「……っ」


 ソフィアは、唇を食いしばる。

 だが、彼らの横暴な態度は、止まることはなかった。


「賢者の法の被害の補填を我々に押し付けるつもりだったのでしょうが……浅はかすぎましたな。知恵のイゼル、随分と堕ちたものです」

「はは、言わないで上げてください。かような小娘一人をよこす時点で、我々はイゼルの国王に下に見られていたのでしょう。この少女もかわいそうですな。無様なピエロを踊らされて」

「それに、堕ちたのはベテンブルグだけかもしれませんよ。護衛一人つけず、この場所に来るなど……そもそも、彼女自体がベテンブルグの正統な後継者なのか? という疑問さえ浮かびます」

「そんなっ……私は……」


 彼女は目じりに涙を浮かばせながら口を開いたが、それさえも押しつぶすかのように、マクトリア国王が口を開いた。


「ベテンブルグ。これが我が国の意向だ。理解したのなら、ここに並んだ椅子、すべて片付けて貴様の国に戻るがいい」


 その言葉を聞いた重鎮たちは笑みを浮かべ、この会議が終わりに差し掛かった際に、その声が響いた。


「お待ちください。マクトリア国王陛下」


 その優しげな青年の声は、ソフィアには聞き覚えがあった。


「……おお、かみ?」

「突然の乱入、失礼します。私の名は狼。牙という傭兵部隊の隊長をさせていただいているものです」

「傭兵程度がこの場所に――」

「少し待て、貴様、牙と言ったな? 牙というのは、最近突如として現れた世界最強の傭兵部隊ということで相違ないな?」

「ええ。私は同時に、この現ベテンブルグ卿に雇われの身。主のことを悪く言われて、おめおめ引き下がれませんので」


 マクトリア国王の表情が険しくなる。

 牙。最近突然現れ、最強の名を欲しいがままにしている存在。

 何を言われるかという、彼の好奇心が勝ったのか、言葉を無言で促した。


「あなた方はイゼルを突き放したことで自身が戦争から遠のいたと勘違いしているようですが、それは大きな勘違いです」

「生意気な……」

「生意気かと思われますが、ご容赦を。……改めて、賢者の法は、イゼルでさえ得体のしれない存在です。あなた方が我々イゼルをトカゲのしっぽ切りとするのは勝手ですが、奴らが我々を滅ぼした後、他の国に手を出さない保証はあるのですか?」

「……それは、ないが」

「そうでしょう。ですが、ここでイゼルが諸侯の盾となってくれている今、彼らの援助をし、イゼルに勝ってもらった方が、ことも安く済む。違いますか?」

「狼、それじゃ……」

「ええ。この場で同盟は難しいかもしれません。ですが、援助くらいなら、あなた方にもできるのではないでしょうか?」

「……しばし待て。この件は一度皆と相談しようと思う」

「賢明な判断、お待ちしております」


 狼の一言で、会議は打ち切られたようで、彼らは各々自身の持ち場へと戻っていく。

 そうして残ったのは、ソフィアと、狼の二人。そして、並べられて放置された椅子だった。


「さて、それじゃ片付けようか」

「……ありがとう、ございます。でも、ここは一人で片づけます」

「いいんだ。俺は君の部下だから」

「やめて、欲しいです。今優しくされたら、多分、みっともないことになるかもです」

「はは。構わないさ。ソフィアだって、ずっと我慢してたんだろ?」


 狼は、一つ一つ丁寧に椅子を片付け続ける。

 ソフィアも、それに倣って片付け続けた。


「……手伝わせてしまって、ごめんなさい」

「ごめんなさいより、ありがとうの方が嬉しいかな、俺は」

「え……?」

「あ、いや。あはは、『私』は、ね」


『ごめんなさいより、ありがとうの方が嬉しい』。

 その言葉のフレーズは、どこかで聞いたことがあった。

 奇しくも、狼とよく似た、彼の口から。


「狼、もしかして、あなたは――」

「私は私だよ。牙の隊長の、狼だ。君の言おうとしている人とは、何も関係はないよ」

「……今は、そう言うことにしておきます。いつか必ず、その仮面の下を見せてもらいますから」


 はは、と少し困ったように笑う狼。

 そうして椅子を片付け終えた後に、彼は突然言った。


「それより、あと一つ、私はここですることがある。ソフィアには少し待っててもらいたいんだけど、いいかな?」

「いいですけど……。もうどこかへ消えちゃ駄目ですからね」

「あれは……うん。言い逃れはできないな。ごめん」

「じゃあ、城の外で待ってます」


 彼女はそれだけ言うと、この場所から去っていく。

 彼はそれを認めると、城の奥へと進んでいく。

 しばらく歩いたのちに、彼は突然立ち止まり、扉の前にいる兵士に話しかけた。


「女王陛下にお会いしたい。取り付けてもらえないか?」

「……貴様、何故それを。いいだろう、名を名乗れ」

「名、か」


 彼は少し考えるそぶりをした後、口を開いた。




 俺は荷物を部屋に置いて、広間で椅子に座っていた。

 周りには、様々なことをして遊んでいる子供たちと、ただじっと俺の目だけを見つめてくる椅子に座ったカレンの姿がある。


「……どうしてずっと見つめてくるんだ?」

「別に。なんでもない」


 何度聞いても、この答えだ。

 既に俺はユウやリンネに別れを告げ、孤児院に住む由を子供たち全員に伝えた。

 当然、カレンにも。

 しかし、彼女は何か言いたげに俺の顔をのぞき込んでいる。


「あの、さ。ずっと見つめられてたら恥ずかしいんだけど」

「知らない」

「……何か怒ってる?」

「別に」


 彼女は足をプラプラとしながら、やはり抗議があるような目で俺を見続ける。

 ……俺は何かしただろうか? 彼女の気に障るようなことといっても、何も……。

 俺が思案を巡らせていると、突然彼女の方から喋り出した。


「……仮面をつけた人とは、あまり関わらないほうがいいと思う」

「……仮面?」


 また、その単語だ。

 仮面など、俺は知らない。

 以前の手紙と言い、俺の周りで一体何が起きているんだ?


「仮面をかぶったやつに会ったのか?」

「そう。……でも、なんか気持ち悪かった。初めて会ったのに、まるで昔から知っていたかのように接してきて……頭を撫でられたけど、嫌だった」

「……滅茶苦茶気持ち悪いな、そいつ。断言できる。絶対俺はそいつの知り合いじゃない」


 ……ロリコンという奴だろうか。

 初対面の女の子の頭を撫でる仮面をつけた男になど、知り合いたくもないし今後会いたくもない。


「でも、どこかラザレスに雰囲気が似てた」

「俺が? そいつに? 冗談だろ?」

「似てた……気がする。それで、もしかしたらラザレスの知り合いなのかなって思って……もしかしたら、ラザレスもそういう人なのかなって思って」

「違う。絶対に違う。そいつとは関わりたくもないし、会いたくもない」


 カレンの発言なのだから、悪気はないのだろうが、もし俺がそういう風に見られていたのなら、ものすごくショックだ。

 俺がそんなセンチメンタルな思いを抱いていると、カレンが立ち上がって言った。


「『これはお前のための物語なんかじゃない。お前が終わらせるべき物語なんだ』」

「え?」


 突然のカレンらしくない物言いに、色々考えていたことが吹き飛んでいった。

 俺がどう返答するか悩んでいると、彼女の言葉が続いていく。


「その人に、ラザレスに伝えてほしいって言われた。意味は……ちょっとわからない」

「……そうか」


『お前のための物語なんかじゃない』。

 その言葉で、どこか気が抜けていた思いが引き締められる。

 そうだ。俺は……終わらせなくてはならない。


「……そいつの言ってることは、間違ってないのかもしれないな」

「え?」

「悪い、カレン。少しだけ考えさせてほしいんだ。これから俺がどうするべきか、もう一度見つめなおす」


 ここで平穏を享受できる身分ではなかったことは、俺が一番わかっていたはずだ。

 なのに、俺は今まで何を考えていた?

『この居心地のいい場所で、永遠に暮らせればいい』だと?

 そんな虫のいい話が、あってたまるものか。


 ――俺は、救世主なのだから。


 その思いを知らずのうちに口にしようとしたときに、大地が揺れ、町の外郭付近から、凄まじい爆音が鳴り響いた。

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