15 勇者
目が覚めると、俺は空を眺めていた。
そして、周りには鬱蒼とした深緑色の木々。
立ち上がろうと足を動かすと、血管に針が通っているかのように全身に激痛が走る。
動かせるのはせいぜい瞼と口位だ。
「起きましたか?」
先程の茶髪の少女が顔をのぞかせる。
「ソフィア……一緒にいた女の子は?」
俺は何とか動く口で彼女の安否を問うと、微笑みながらうなずいてくれた。
「ええ、彼女も一緒です。今は少し疲れたのか気絶してますけどね」
「そっか。よかった」
「ええ。ありがたいことです」
……いったい何がありがたいのだろうか?
それに、この少女は何か違和感を感じる。
今思えば、彼女はいったいなぜ魔女だとバレたのだろうか?
普通、魔女とは魔法が使えるだけで、見た目は普通の人間のはずだ。
だが、彼女はあんな大勢の前で魔女だとバレてしまった。
つまり、彼女が大勢の前で魔法を使ってしまったということが考えられる。
一体なぜだ?
もしかして、彼女はバレたのではなく、バラしたのではないか?
考えたくはないが、どういう理由か彼女は俺達をおびき寄せたということもある。
なんにせよ、彼女を信頼するのは危険だ。
「……なにがありがたいんだ」
「おや、考えつかないのですか? これは予想外でした」
「答えろ」
「教えません。自分で考えなさいな」
彼女の言葉の次に、俺がこの世界で聞くことがないであろう単語が耳に入ってしまった。
それは、少なくとも俺を警戒させるには十分なほど、意外な言葉だった。
「賢者様」
俺は全身に激痛が走るのを耐えながら、無理やり立ち上がり距離を取る。
だが、八歳の体がそんな激痛に耐えられるわけもなく、ひざをついてしまう。
オレハコイツヲ、知ッテイル。
コイツコソガ、オレヲ……!
「どうしてそんなに警戒なさるのですか? 私たちはあなたの味方だというのに」
「……なぜ俺の正体が分かった?」
「簡単ですよ。内通者がいましたもの。それも、あなたの近くに」
「内通者……?」
一体誰のことだ?
俺の周りに魔女と手を組みそうな存在がいる?
……いや、一人いる。
魔女と呼ばれた、たった一人の、俺のかけがえのない女性が。
「……まさか、シアン?」
「さあ? それを教える義理はありませんもの。でも……」
女は息がかかるくらいまで顔を接近させる。
俺は彼女から目を離さないように、後ろ手で隠し持っている短剣を握った。
「私たちの仲間になる、というのなら教えてあげますわ」
「……いったい何をするつもりだ」
「戦争、といえば賢者様も理解いただけるのではなくて?」
俺は彼女の言葉を聞くや否や、無理やり体を奮い立たせ、短剣で彼女の首をかき切ろうとする。
だが、それは振り上げたときに腕を何かに拘束されてしまった。
見ると、そこには先ほどの黒い靄が鎖のように俺の腕に巻き付いていた。
「この靄はお前の仕業か……!」
「ええ。もっと言えば、ここまで飛ばされたのも、私の仕業です」
「……何故戦争を始めようとする。この世界は今平和を保っているというのに」
「ええ。そうですわね。あの方は崇高な理想を持って起こそうとしていますが、私としては……」
女はクスリと笑って、拘束された俺の腕をなぞる。
そして、耳元でそっとささやいた。
「気に食わないですもの。この世界が」
……気に食わない?
たったそれだけの理由で、戦争を仕掛けようとしているのか?
「ふざけるなッ!」
「大真面目ですわ」
そう言って不敵に笑う女。
そういえば、俺はまだ彼女にある質問をしていなかった。
「……何故おまえは俺のことを知っている? 俺は生前、お前と会ったことなどない」
「もし会っていたら……?」
「知れたことを」
殺ス。
殺していたはずだ。
あの頃の俺はほとんど国の思うがままに操られていたが、こういった思想は少なからず憎んではいた。
彼女は、そんな俺の思惑が読めているかのように、くすくすと笑い始める。
「協力していただけないのなら仕方ありませんわ。元々封印術などを食らった賢者様に私は興味はありませんもの」
「どうするつもりだ」
「知れたことを、ですわ」
彼女が言いたいことはわかっていた。
俺は先ほどのように封印術を解呪しながら無理やり魔法を使おうとするが、脳がセーブをかけてしまってうまく使うことができない。
そんな時、後ろから彼女を袈裟切りにする、少女の姿が目に映った。
「……ラザレスを、離してください」
「ソフィア!」
「あらあら、もう元気になったのね。ふふ、可愛らしい子」
女は切られた傷を無視してニコニコとソフィアを見つめる。
だが、ソフィアは反対にギリギリと歯を鳴らしながら、外に出る前ベテンブルグから借りていたという細身の剣を構えている。
構え方は、俺が教えた通りで、しっかりと剣先も相手の喉元に向いている。
ハヤク、一刻モハヤク。
イマスグニ、ソイツヲ殺セ。
「……やっぱり、あなたは素晴らしいわ。でも、残念。あなたの殺害も命令に入っているの」
「何の話ですか。ともかく、私はあなたを倒さなくてはなりません」
「それは、私が魔女だから?」
……彼女は妖艶にほほ笑みながらソフィアへ向かっていく。
ソフィアはそんな彼女に吠えるように、大きく声を放った。
その言葉は、彼女という存在が、いかに大きな存在だったのかを再認識させられた。
「違う。勇者として、友を見捨てることはできない!」