表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/187

21 牙

 数十人の少年少女たちを連れて、俺達は町の外へと出た。

 既にイゼル国内では多少の騒ぎとなっていて、門番には止められたが、無理やり彼らを気絶させることで、イゼルからは脱出できた。

 だが、この場所からフォルセまで歩きとおしとなると、体が弱り切った彼らに耐えられるわけがない。


「賢者の法の迎えも……来るわけがないか」


 俺は辞める旨をグレアムに伝えた。

 きっと、彼から既に伝えられているだろう。

 そうなると、今日はここで野宿だろうか。


「さて、その前に君たちに聞きたいことがある」


 俺は振り向いて、十数人の少年少女の眼を見る。

 彼らの眼は先ほど話した少女を除き、皆恐怖を抱いていた。

 ……不思議なことに、俺に怒りを抱いている者はいなかった。


「君たちは、全員魔女であってるよな?」


 それぞれが違うタイミングでうなずく。

 俺は一度息を吐いてから、全員の顔が見える位置まで移動した。


「俺は君たちの世界で言う『賢者』だ。だから、君たちをこうしたのも俺の責任だ。それで、君たちが俺を憎むことがあっても、当然のことだろう。それを俺は別に責めたりなんかしない」


 声には出さないが、多くの子供たちがうつむく。

 ……当然だ。あの少女が特別なだけで、本来なら俺は許されること自体が不自然なのだ。

 だけど、俺はこう続けた。


「……これから君たちは、フォルセと言われる国へ行く。あそこで君たちには、学校に通ってもらいたいんだ」

「……学校?」


 初めに助けた少女が口を開く。

 俺はその少女を一瞥したのちに、続けた。


「そうだ。そこで、この世界のことを学んでほしい。……きっと、君たちにとってこの世界は嫌な場所だろう。醜悪で、理不尽で、残酷で……でも、そう言った面だけじゃないってことを、知ってほしいんだ」


 俺の話を、虚ろな目で見続ける子供たち。

 その表情からは、どういった意図があるかは読み取れない。

 馬鹿なことを、と蔑むかもしれないし、もしくは俺の考えが読めていない者もいるかもしれない。

 ……でも俺は、こうすることでしか彼らを救えないんだ。


「そこには、君たちを差別する人もいないし、いじめる人だっていない。身の回りの安全だって、俺が保証する。だから……」

「そこまでですよ。裏切り者ラザレス=マーキュアス」


 声がする方を向くと、そこには以前会ったイゼルの者……オズルドが数えきれないほどの騎士を連れ、俺の前に立っていた。

 その光景を見て、子供たちが息をのんだ。


「……オズルド、だったか。まあカレンを足蹴にしたやつだ。大方、貴様もあの市場に絡んでいたのだろう」

「カレン? ああ、あの小娘のことですか。名前を付けて可愛がっているとは……いやはや、異端者の考えは私には理解できませんね」


 俺は短剣を抜いて、彼らから子供たちを守るように立つ。

 それを見て、オズルドは鼻で笑った。


「それをどうするつもりです? まさか、逃がすつもりですか?」

「ああ。フォルセでこの子達自身の本来の人生を歩んでもらう。イゼルという腐った国ではそれが出来ないからな」

「腐っているのは貴方でしょう?」

「何?」


 眉を顰め、彼の動向を凝視した。

 しばらくした後に、彼は顎髭を撫で、厭味ったらしい笑みを浮かべながら話し始める。


「素直に生きていれば、国からも英雄と認められ、安らかな人生を送っていけたというのに。今やなんです? 裏切り者? 殺戮者? ハッ、バカな男ですね。それにあなたは以前、イゼルに負けているのですよ?」

「……ああ、負けたな」

「勝てると?」

「お前には負けていないさ」


 俺はそう言うと、氷柱を彼の顔めがけて飛ばす。

 突然のことに驚いたのか、目を見開いてしりもちをつく彼の姿があった。

 だが、それだけだった。


「……っ」


 俺の飛ばした氷柱は、見たこともない女性によって受け止められていた。

 しばらくした後に、彼女の姿が月明かりによって照らされる。

 褐色の肌に、白い長髪。白い服に身をまとった、蒼い目の女性。

 その瞳は、俺をまっすぐにとらえていた。


「あ、ああ。忘れていました。今しがた、こちらには『白狼』がいたのでしたね」

「……」


 白狼と呼ばれた彼女はオズルドを見ようともせず、ただ黙ってこちらを睨んでいる。

 ……おかしい。誰だ、彼女は。

 前の世界にはこんな奴はいなかったはずだ。


「彼女は世界最強の傭兵、『牙』の一人です。子供の重りをしているあなたの首など、こいつで十分ですからねえ」

「……随分と舐められたものだな。そんな奴一人で、俺が倒せると?」

「その余裕、いつまで持ちますかね?」


「行きなさい」


 オズルドの号令とともに、白狼が動いた。

 轟音とともに動き出した瞬間、周りの木々がざわめいた。

 そして、彼女の握られているカトラスが、俺の首にかかるまでにはそう時間はかからなかった。


「……」


 動くな、という意思のこもった目。

 その状況を見て、オズルドは嬉しそうにうなずいた。


「流石、白狼です。さあ捕えなさい。私が、国王に引き渡すのです」

「……っ」


 息をのむ。

 彼女の一挙一挙に隙が無い。

 彼女の手が俺の首にかけられた。


 その瞬間のことだった。


「――ラザレスっ!」


 遠くから足音とともに、こちらに駆け寄る声がした。

 前にどこかで聞いたような、見知った声。

 その方向を眼だけで見ると、そこには馬車に乗りながら弓を弾き絞る、レオナルの姿があった。


「こいつを、食らいやがれっ!」


 レオナルの声とともに、一矢が飛ぶ。

 しかし、その矛先に会った白狼には難なく避けられてしまった。

 だが、その瞬間にだけ、確かな隙が存在していた。


「ナイスだ、レオナル!」


 俺はその瞬間に短剣を引き抜いて、思い切り白狼にたいして一閃する。

 当然そんな大ぶりの攻撃など、当たる由もない。しかし、それでも彼女との距離は大きく開いた。


「レオナル、子供たちを乗せてくれ! 俺が時間を稼ぐ!」

「わかった! えっと、皆乗ってくれ!」


 レオナルが必死に身振り手振りで彼らを馬車に乗せていく。

 俺はその時間を稼ぐために、白狼に対して剣先を向けた。


「……よう白狼。仕切り直しだな。どうだ? もう一度俺を追い詰められるか?」

「……」

「ハッ」


 彼女は、寡黙だった。

 だが、その時俺は、目にしてしまった。

 彼女の目が、まるで友達とじゃれているかのように嬉しそうだったのを。


 俺はそのことに対する動揺を隠しながら彼女を睨み続け、動向を観察する。

 次の瞬間、彼女は立っていた位置から消え、既に俺との間合いに入っていた。

 ――だけど、そんなことはわかり切っていることだ。


「……っ!?」


 彼女の表情が一瞬驚愕の色に染まる。

 当然だ。彼女の速さを担っている足、その部位が地面に凍り付いて動けないのだから。

 その驚愕は、俺に攻撃する隙を与えた。


「終わりだ、白狼!」


 俺は思い切り剣を振り下ろす。

 しかし、敵兵士の一人が放った矢が、それを遮った。

 ……そこには、レンの姿があった。


「……貴様が、貴様がザール隊長をっ!」


 憎しみのこもった声で、呪詛を唱える。

 その瞳を覗くと、まるで『死ね』と言われているような感覚に陥った。

 俺はその気迫に一瞬、飲まれてしまっていたのだろう。


 首筋に迫る白狼のかぎづめを、意識の外に追いやってしまった。


「ラザレス!」


 レオナルの声が、俺の耳に響く。

 しかし、それから回避するには、この攻撃は鋭すぎた。


「く、そっ……」


 俺は必死に、態勢をそらす。

 目を閉じて、彼女の攻撃を待つが……しばらく待っても、何も起こらなかった。


「……なんだ?」


 俺は顔を上げて、彼女を見る。

 彼女の手には、俺に向けられたカトラス。しかし、その手首に何者かの手がかけられていた。

 その手の先に誰がいるのかは、暗く確認できない。


「ラザレス、早く乗れっ!」


 レオナルが叫ぶ。

 俺はそれに弾かれるように、馬車に乗ってその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ