21 牙
数十人の少年少女たちを連れて、俺達は町の外へと出た。
既にイゼル国内では多少の騒ぎとなっていて、門番には止められたが、無理やり彼らを気絶させることで、イゼルからは脱出できた。
だが、この場所からフォルセまで歩きとおしとなると、体が弱り切った彼らに耐えられるわけがない。
「賢者の法の迎えも……来るわけがないか」
俺は辞める旨をグレアムに伝えた。
きっと、彼から既に伝えられているだろう。
そうなると、今日はここで野宿だろうか。
「さて、その前に君たちに聞きたいことがある」
俺は振り向いて、十数人の少年少女の眼を見る。
彼らの眼は先ほど話した少女を除き、皆恐怖を抱いていた。
……不思議なことに、俺に怒りを抱いている者はいなかった。
「君たちは、全員魔女であってるよな?」
それぞれが違うタイミングでうなずく。
俺は一度息を吐いてから、全員の顔が見える位置まで移動した。
「俺は君たちの世界で言う『賢者』だ。だから、君たちをこうしたのも俺の責任だ。それで、君たちが俺を憎むことがあっても、当然のことだろう。それを俺は別に責めたりなんかしない」
声には出さないが、多くの子供たちがうつむく。
……当然だ。あの少女が特別なだけで、本来なら俺は許されること自体が不自然なのだ。
だけど、俺はこう続けた。
「……これから君たちは、フォルセと言われる国へ行く。あそこで君たちには、学校に通ってもらいたいんだ」
「……学校?」
初めに助けた少女が口を開く。
俺はその少女を一瞥したのちに、続けた。
「そうだ。そこで、この世界のことを学んでほしい。……きっと、君たちにとってこの世界は嫌な場所だろう。醜悪で、理不尽で、残酷で……でも、そう言った面だけじゃないってことを、知ってほしいんだ」
俺の話を、虚ろな目で見続ける子供たち。
その表情からは、どういった意図があるかは読み取れない。
馬鹿なことを、と蔑むかもしれないし、もしくは俺の考えが読めていない者もいるかもしれない。
……でも俺は、こうすることでしか彼らを救えないんだ。
「そこには、君たちを差別する人もいないし、いじめる人だっていない。身の回りの安全だって、俺が保証する。だから……」
「そこまでですよ。裏切り者ラザレス=マーキュアス」
声がする方を向くと、そこには以前会ったイゼルの者……オズルドが数えきれないほどの騎士を連れ、俺の前に立っていた。
その光景を見て、子供たちが息をのんだ。
「……オズルド、だったか。まあカレンを足蹴にしたやつだ。大方、貴様もあの市場に絡んでいたのだろう」
「カレン? ああ、あの小娘のことですか。名前を付けて可愛がっているとは……いやはや、異端者の考えは私には理解できませんね」
俺は短剣を抜いて、彼らから子供たちを守るように立つ。
それを見て、オズルドは鼻で笑った。
「それをどうするつもりです? まさか、逃がすつもりですか?」
「ああ。フォルセでこの子達自身の本来の人生を歩んでもらう。イゼルという腐った国ではそれが出来ないからな」
「腐っているのは貴方でしょう?」
「何?」
眉を顰め、彼の動向を凝視した。
しばらくした後に、彼は顎髭を撫で、厭味ったらしい笑みを浮かべながら話し始める。
「素直に生きていれば、国からも英雄と認められ、安らかな人生を送っていけたというのに。今やなんです? 裏切り者? 殺戮者? ハッ、バカな男ですね。それにあなたは以前、イゼルに負けているのですよ?」
「……ああ、負けたな」
「勝てると?」
「お前には負けていないさ」
俺はそう言うと、氷柱を彼の顔めがけて飛ばす。
突然のことに驚いたのか、目を見開いてしりもちをつく彼の姿があった。
だが、それだけだった。
「……っ」
俺の飛ばした氷柱は、見たこともない女性によって受け止められていた。
しばらくした後に、彼女の姿が月明かりによって照らされる。
褐色の肌に、白い長髪。白い服に身をまとった、蒼い目の女性。
その瞳は、俺をまっすぐにとらえていた。
「あ、ああ。忘れていました。今しがた、こちらには『白狼』がいたのでしたね」
「……」
白狼と呼ばれた彼女はオズルドを見ようともせず、ただ黙ってこちらを睨んでいる。
……おかしい。誰だ、彼女は。
前の世界にはこんな奴はいなかったはずだ。
「彼女は世界最強の傭兵、『牙』の一人です。子供の重りをしているあなたの首など、こいつで十分ですからねえ」
「……随分と舐められたものだな。そんな奴一人で、俺が倒せると?」
「その余裕、いつまで持ちますかね?」
「行きなさい」
オズルドの号令とともに、白狼が動いた。
轟音とともに動き出した瞬間、周りの木々がざわめいた。
そして、彼女の握られているカトラスが、俺の首にかかるまでにはそう時間はかからなかった。
「……」
動くな、という意思のこもった目。
その状況を見て、オズルドは嬉しそうにうなずいた。
「流石、白狼です。さあ捕えなさい。私が、国王に引き渡すのです」
「……っ」
息をのむ。
彼女の一挙一挙に隙が無い。
彼女の手が俺の首にかけられた。
その瞬間のことだった。
「――ラザレスっ!」
遠くから足音とともに、こちらに駆け寄る声がした。
前にどこかで聞いたような、見知った声。
その方向を眼だけで見ると、そこには馬車に乗りながら弓を弾き絞る、レオナルの姿があった。
「こいつを、食らいやがれっ!」
レオナルの声とともに、一矢が飛ぶ。
しかし、その矛先に会った白狼には難なく避けられてしまった。
だが、その瞬間にだけ、確かな隙が存在していた。
「ナイスだ、レオナル!」
俺はその瞬間に短剣を引き抜いて、思い切り白狼にたいして一閃する。
当然そんな大ぶりの攻撃など、当たる由もない。しかし、それでも彼女との距離は大きく開いた。
「レオナル、子供たちを乗せてくれ! 俺が時間を稼ぐ!」
「わかった! えっと、皆乗ってくれ!」
レオナルが必死に身振り手振りで彼らを馬車に乗せていく。
俺はその時間を稼ぐために、白狼に対して剣先を向けた。
「……よう白狼。仕切り直しだな。どうだ? もう一度俺を追い詰められるか?」
「……」
「ハッ」
彼女は、寡黙だった。
だが、その時俺は、目にしてしまった。
彼女の目が、まるで友達とじゃれているかのように嬉しそうだったのを。
俺はそのことに対する動揺を隠しながら彼女を睨み続け、動向を観察する。
次の瞬間、彼女は立っていた位置から消え、既に俺との間合いに入っていた。
――だけど、そんなことはわかり切っていることだ。
「……っ!?」
彼女の表情が一瞬驚愕の色に染まる。
当然だ。彼女の速さを担っている足、その部位が地面に凍り付いて動けないのだから。
その驚愕は、俺に攻撃する隙を与えた。
「終わりだ、白狼!」
俺は思い切り剣を振り下ろす。
しかし、敵兵士の一人が放った矢が、それを遮った。
……そこには、レンの姿があった。
「……貴様が、貴様がザール隊長をっ!」
憎しみのこもった声で、呪詛を唱える。
その瞳を覗くと、まるで『死ね』と言われているような感覚に陥った。
俺はその気迫に一瞬、飲まれてしまっていたのだろう。
首筋に迫る白狼のかぎづめを、意識の外に追いやってしまった。
「ラザレス!」
レオナルの声が、俺の耳に響く。
しかし、それから回避するには、この攻撃は鋭すぎた。
「く、そっ……」
俺は必死に、態勢をそらす。
目を閉じて、彼女の攻撃を待つが……しばらく待っても、何も起こらなかった。
「……なんだ?」
俺は顔を上げて、彼女を見る。
彼女の手には、俺に向けられたカトラス。しかし、その手首に何者かの手がかけられていた。
その手の先に誰がいるのかは、暗く確認できない。
「ラザレス、早く乗れっ!」
レオナルが叫ぶ。
俺はそれに弾かれるように、馬車に乗ってその場を後にした。