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18 完璧

「それで、被害状況は?」


 多くの兵士を引き連れ、ソフィアが街を歩く。

 その街は多くの建物が燃やされ、がれきの街と化してしまっていた。

 石畳の道は赤黒く染められ、積みあがったがれきは燃え尽きた灰のようなものがかぶさっている。

 そこには、以前のにぎわっていた街の姿はなかった。

 彼女の質問に、一人の兵士が答える。


「……西地区、生存者は数十人程度です。ですが、その生存者も、魔物の襲撃によって、十数人程度になってしまいました」

「ありがとうございます。……それで、東地区は?」

「東地区は、その……奇妙なことに、そこに在住していた者全員がけがを訴えてはいますが、賢者の法の襲撃によって死亡したものはいない、とのことです」

「死亡した人はいない、ですか……」

「はい。ほぼ全員が何か鋭利な……槍のようなもので刺されてはいるのですが、そのどれもが急所まで深く刺さってはいない、と医療班から報告がありました」


 彼女も、賢者の法が街を襲った際には、西地区で応戦していた。

 そこの襲撃の指揮はニコライがとっていて、そこの戦いでまた多くの兵士が犠牲になった。

 だから、東地区で何があったかはまだ教えられてはいない。


「それで、東地区の指揮を執っていた人はわかりますか?」

「報告によると、ラザレス=マーキュアスたった一人とのことです。その際、メンティラという人物の協力により、一時は捕縛できましたが、今は脱走して行方不明となっております」

「そうですか。ラザレスが……」


 ……賢者としての彼は、ひどく不快だった。

 人を小馬鹿にするように話し、燻ぶったような目をする彼が、見たくなかった。

 ラザレスの姿で、話してほしくなかった。

 彼女の胸の内は、そんな思いでいっぱいになる。


 しかし、同時に彼女には思うことがあった。

 以前のラザレスと、今の賢者。

 その二人の目の奥底にある思いのような光は、全く同じに見えた。

『誰かの力になりたい』。そんな叫びが具現化したかのような目。

 だから……彼女には、賢者が根からの悪だとは、到底思えなかったのだ。


「……死傷者が、一人もいない、ですか」


 彼が誰も殺さなかったのは、今に始まったことではない。

 ザールも、生きて帰ってきた。

 彼の立場だと、自分の生い立ちを知るものなど、さっさと始末しておきたいはずだ。


 あの時、ザールは言った。

『これは家族の問題だ』。『安易な気持ちで踏み入るな』。

 どちらも、彼女自身を拒絶する言葉だ。


 ……だけど、彼女はその言葉を振り払い、前を睨む。

 彼女自身は家族ではない。ラザレスのことだって、ザールより多く知らない。知るわけがない。

 それでも、彼女は賢者……いや、『ラザレス』と話すことをあきらめるつもりはなかった。


「そして、ノイマン様がニコライによって惨殺された、とのことです。解剖の結果、心臓が握りつぶされたかのようなあり得ない形になっていたそうです」

「わかりました。ほかにこの国に指揮をとれそうなものはいますか?」

「は。国王陛下に、ザール騎士団長。両者存命です」

「そうですか。では、私に追従してくれた皆様方に、指令を渡します。今から指揮権をザールに譲渡します」

「は……? と、いいますと、ベテンブルグ様は?」

「私はこれより、国王陛下の指示のもと、マクトリアに同盟を提案しに向かいます」

「お言葉ですが、我々もついて行った方が……?」

「ご厚意感謝します。ですが、大人数でこの場所を留守にするわけにはいきませんので」

「……わかりました。ご武運をお祈りします」


 兵士はそれだけ言うと、後ろにいた人々を引き連れ、ザールの下へ向かっていく。

 彼女はそれを認めると、前に向き直り、足を止めた。

 振り向いた先には、彼女の従者であるメアがいた。


「……行ってしまうのですね、ベテンブルグ様」

「ええ。メア、また留守の間よろしくお願いします」

「かしこまりました。それでは『ソフィア様』。ご武運を」


 彼女は真剣な目で、ソフィアをじっと見つめる。

 ソフィアも、彼女の心からの言葉に頷く。

 それきり、二人の間に言葉はなかった。



 ―――――



 昼飯を食べ終え、四人で机に座り思い思いの時間を過ごしていると、唐突にリンネが口を開いた。


「暇だな。まあ、昼間に酒場が混んでてもしょうがないとは思うけどさ」

「そうだな。今の時間はほとんどの人が仕事に行ってしまって、酒など飲む時間などないのだろう。自分の仕事に専念する。いいことじゃないか」


 ユウが、うんうんと頷く。

 俺はそれを傍目に眺めながら、紅茶に口をつけた。

 熱い。

 俺はその感情を隠そうと平静を装っていると、リンネが続けて口を開く。


「ユウはよー、この仕事以外につくつもりとかないのか?」

「この仕事以外か、考えたことがないな」

「まあ実際につかなくてもいいんだけどよ、なんか夢とかあるだろ?」

「夢、か……」


 ユウはそれだけ言うと、何か考え込むそぶりをする。

 リンネはそんなユウから一度目を離し、今度は可憐に目を向けた。


「チビはなんかなりたい仕事とかないのか?」

「私、は……強く、なりたいです」


 カレンのあまりの想像のつかない言葉に、リンネが首を傾げる。

 かくいう俺も、心の中で首を傾げた。


「そりゃまたどうして?」

「強くなって……ご、ユウ様みたいに私みたいな人を、守りたいから、です」

「だってよ、ユウ。慕われてんな」

「ふふ、ありがとう。嬉しいよ」


 そう言って柔らかく笑うユウは、本当にうれしそうに見えた。

 そういえば、ユウは前の世界でも十二分に強かった。

 彼女の物言いと言い、騎士だとばかり思っていたが、実際は酒場の店主とはなんとも奇妙に感じる。

 剣捌きだって、それこそ美しいとさえ感じるほどに洗練されていた。


「ちなみに、オレは?」

「リンネ様は……その、えっと……」

「ふふん、どうだ、リンネ。どうやら私の方がカレンにとって正しい大人に見えていたそうだぞ?」


 それはそうだろう。

 だが、俺の想いとは裏腹に、彼女はつまらなそうに口をとがらせ、反論する。


「カレン、オレみたいに力を抜いて生きないとな、いつかどこかで面倒くせえ奴らに絡まれちまうんだ。気をつけろよ」

「……えっと?」

「カレン。……実は、リンネの言ってることは、ちょっとだけ正しい」


 ユウの言葉に、へへんと勝ち誇ったかのように胸を張るリンネ。

 カレンはユウとリンネの言葉がいまいち見込めず、二人を見回していた。

 ユウはそんなカレンの頭に手を置いて、髪をすくように撫でるた。


「だけどな、私たちはどちらも性格は違うけど、どちらも正解なんだ。人間の性格や選択。大きく言えば人生に、不正解なんてない。私たちは、これで完璧なんだ」

「そうだな。完全ではなくても、完璧だ。誰かの生き方や考え方に間違いなんてない。少なくとも、オレ達はそう信じてるぜ」

「……完全じゃなくて、完璧?」

「少し難しかったかもしれないな。要は、『自分の好きなように生きろ』ということだ」


 ……完全ではなくても、完璧。

 彼女たちの言葉は、どこか柔らかく、そして優しく温かいものに感じられた。


「……でも、いつかきっとカレンに意地悪する人がまた現れると思う。その人の行動を、私たちだって、どこかにいるかもしれない神様にだって、根っこから『間違っている』、なんて言えないんだ」

「じゃあ、受け入れるしかないの?」

「そんな訳ないだろ。無視でいいんだ、そんなアホ。自分の意見を押し付けるしか能がない奴なんて、相性が悪かったって思って無視すりゃいい話だ」


 口が悪いぞ、とユウが咎めるが、内容については触れなかった。

 多分、彼女も同じ考えなのだろう。

 ……ああ、どうしてこの二人が一緒に暮らしているか、分かった気がする。


「自分に都合のいいことだけ受け入れて、自分に都合のいい世界にしていけばいい。悲しい言葉しか吐けない悲しい世界を持つ奴らのことなんて、無理に聞く必要なんざねえんだよ。要は自分がどう思うかだろ」


 リンネはそう言い切ってどこか気恥ずかしくなったのか、ごちそうさん、とだけ言って足早に自分の部屋へと戻っていってしまう。

 ユウはそんな彼女の姿を見て、クスリと笑った後、膝の上にカレンを乗せる。


「ほとんどリンネが言ってしまったが、まあそういうことだ。多少我儘でも、傍から見て間違っていると言われても、幸せになろうとする人が最後には笑えるんだ。カレンも、そうやって強く生きていくといい」


 カレンは強くうなずく。

 ユウはそれを見て優しく微笑んだ。


 ……幸せになろうとする人が、最後には笑える。

 その言葉を聞いて、どこか『生きたい』と心の中で思ってしまった俺がいた。

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