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14 贖罪

 それは、青年がまだ幼い日のことだった。

 まだ少年だった彼は、『オカアサン』と名乗る女性に連れられ、どこかへと歩いていた。

 彼らは、『ニンゲン』。たった二人の、『ニンゲン』。


「行きましょう。きっと、助けてくれる人がいるはずだから……」


『オカアサン』はそうしきりにつぶやき、ただ歩いていた。

 少年も、ただ黙って連れられていた。


 彼らの周りには、人はいなかった。

 みんな、どこかへと連れていかれてしまった。

 そうして……残るのは、彼ら二人になってしまった。


 ある日、少年はつぶやいた。

 どうして、僕たちだけこんなつらい思いをしなきゃいけないの、と。

『オカアサン』は、困ったような顔をした。

 少年は、その顔を見て、ああ、またオカアサンを悲しませてしまった。と、胸が痛くなるような気がした。


 しばらくして、彼らは歩き続ける。

 歩き続け、疲れたら眠る。

 それだけを繰り返し、繰り返し、彼らは旅をつづけた。


 少年は、何度も、何度も聞き続けた。

 どうして誰もいないの?

 僕たちが悪いことをしたの?

『オカアサン』は、何も答えず首を振る。


 ある日、オカアサンは倒れ、動かなくなってしまった。

 少年は、その光景が話に聞いたことのある『死』というものだと理解すると、急に恐ろしくなり、その場から逃げ出してしまう。

 何日も何日も、彼は走り続けた。

 ある日、彼はようやく探し求めていた『ニンゲン』に出会えた。

 彼は、少年にこう言った。


「もうこの世界は滅びる。だから、君だけでも助けに来た」


 あなたは、と少年は聞くが、彼は答えない。

 だが、その声を聴いた途端、彼の身体から力が抜け、気が付くと目を閉じてしまっていた。




 ザールが目を覚ます。

 彼は何を言うでもなく、病院の天井を見つめていた。


「……なんだ、今のは」


 自分でも記憶のない謎の光景に、動揺する。

 ザールは、少年のころの記憶はほとんどない。

 ラザレスと出会い、シアンと出会い、『ザール』という名前を与えられ、一人の人間として生き続けた。

 彼は病室の机の上にある眼鏡をかけると、それとほぼ同じタイミングで扉が勢いよく開け放たれる。


「隊長! ご無事でしたか!?」


 大きな声を上げ、レンと、ほかの騎士団員が姿を見せる。

 彼はそれに目を丸くした後、一度目を閉じて息をつく。


「ここは病院だ。あまり騒ぐな」

「う、すみません……」

「……それと、大事には至らなかった。心配をかけたな」


 彼の慈悲なのか、急所は幸いすべて外されていた。

 だが、その理由が彼をさらに困惑させていた。

 どうして、賢者である彼が私を生かしたのか、と。


 だが、それよりも彼はとあることが気になっていた。


「……レン、一つ聞いていいか?」

「はい、なんでしょうか?」

「自分の母親とは、どういったものだ?」

「どういったもの、と言われますと……?」

「言葉のままの意味だ」


『オカアサン』。

 この単語が意味することは、すなわち母親だ。

 当然、ザールにだってレンに聞いたってわからないことくらいは心得ている。

 しかし、何故だか聞かずにはいられなかった。


「僕の母親は、ずっと僕に優しかったんです。あれが食べたいと言ったら、夕飯に用意してくれたり、遊びたいと言ったら、公園で日が暮れるまで遊んでくれたり……。だから僕は、このままじゃいけないと思ってこの騎士団に入り、自分を鍛えなおしたかったんです」

「……そうか」


 ザールが聞いた限り、ラザレスやシアンの母親とほぼ同じだった。

 なら、『オカアサン』とは何だ?


 その時、遠くで爆発音が聞こえた。


「……ッ!?」


 街の方で、火の手が上がっている。

 それに、多くの民の阿鼻叫喚が響き渡り、この病院にまで届いた。

 ザールはベッドから立ち上がり、目の前の団員に言葉を発する。


「第一部隊、第二部隊は市民の救助、及び賢者の法の殲滅。第三舞台は私とともに来い!」

「隊長、まさか前線に出るおつもりですか!?」

「私以外に、賢者の法と渡り合えるものがこの国にいると?」

「ですが……!」

「黙れ。この傷が開こうと、私には奴を倒さなくてはならないという使命がある。そこを……」

「やめなよ、ザール君」


 ザールが声のする方へ向く。

 そこには、あの大戦以来行方不明になっていたメンティラの姿があった。


「君のそれは生半可な傷じゃない。今は休んで、ゆっくり寝ていなよ」

「……メンティラさん。これは我々騎士団の問題です。いくらあなたとはいえ、口を挟まないでいただきたい」

「わかるよ。ラザレス君がああなってしまったから、君がはやる気持ちを抑えきれなくなってるのが。でも、ここで君が死んだら、それこそこの騎士団員たちはどうなる? 君の『義務感』とやらで残されたこの子達はどうするんだい?」

「生きて帰る、それで問題ないでしょう?」

「いいや、駄目だ」


 メンティラと、ザールのにらみ合いが続く。

 そして、先に口を開いたのはメンティラの方だった。


「僕に任せてほしいんだ。僕はこれでも、強いんだから」

「……知っています。ですが」

「……なら、言っておくよ。僕は君がかわいそうだから、とかそんな理由で戦いに行くわけじゃない」


「僕たちは、世界を救う勇者なんだ。だから、そこを通してほしいんだ」


 真剣な目のメンティラの姿に、思わず気圧されるザール。

 しばらくして、観念したようにザールが口を開いた。


「……わかりました。あなたには命を救われた恩があります。この戦いだけ、第三部隊の指揮権を渡しましょう」

「ありがとう。必ずこの世界を、守り抜いてみせるよ。行こう、第三部隊のみんな。僕が君たちの指示を受け持つことになった。だから、最初の指示を出すよ」


 隊長が突然ザールからメンティラに映ったことに不服を感じる第三部隊と言われる彼らは、白い目でメンティラを見る。

 しかし、メンティラの発した言葉は、そんな彼らの注意を引くほどだった。


「君たちの騎士団長、ザールを護衛してほしい。街の方は、僕たちで十分だから」

「……なっ!?」


 ザールが反論しようとするが、指揮権を渡したことはすでに事実となっている。

 しばらく黙り込んでいると、第三部隊の彼らが、病室を守るように立ちふさがった。


 それを見届けたメンティラは、その場を後にして街に向かった。




「やあ、ラザレス。調子はどうだい?」


 ニコライが、皮肉な笑みを浮かべこちらを見る。

 答えて俺も、皮肉を込めた笑みを返す。


「……ああ、最高だよ。イゼルの奴らを、この手で殺せるんだ。最高じゃないわけがない」

「そうか。しかし君も変わったね。真実を知る前は、あんなにイゼルを守ろうとしてたのに」

「無知も罪。間違えることも罪。だからこうして、俺は贖罪し続けるんだ」

「違いない」


 俺は炎を使い、氷を使い、雷を使い、木造で出来た家々や、人々を蹂躙し続ける。

 今はザールという戦力は消えた。なら、俺とニコライ、そして信者たちだけでイゼルに攻め込むには十分だという判断で、魔核により指名を下された。

『イゼルを踏みつぶせ』、と。

 だが、彼らは脆い。脆すぎる。

 世界を滅ぼした奴らのくせに、想像よりもずっともろかった。


「お前たちさえ、お前たちさえいなければ……!」


 今までのことをすべて吐き出すかのように、目の前の人間を殺し続ける。

 子ども、老人、女。すべて関係なかった。

 彼らの返り血が俺の顔を汚しても、続けた。


「荒れてるねえ、ラザレス。まあ、その矛先がこちらに向かない分は、どうだっていいんだけどね」


 ニコライはそう言い残し、姿を消す。

 俺達の部隊とは別に、もう一つ別動隊がいる。

 そちらは呪術に関する魔法をすべて消し去るのが目的で、こちらの部隊は……殺戮と、もう一つ。

 もう片方の方は、ほとんど完了していて、実質残るは殺戮のみだ。


 だが、攻撃の手を休めるつもりはない。


「滅びろ、悪魔どもがァ!」

「悪魔はどっちかな、ラザレス君」


 俺の放った魔法全てが、何者かにかき消される。

 そこには、メンティラの姿があった。


「……どけよ。お前には関係のないことだろ。それに、お前勇者だろ? なら、こいつらが何なのかわかってやってるのか?」

「わかってる。だけど、これは君がすべきことでも、役目でもなんでもない。いい加減、感情で動くのはやめなよ」


 そう言って、彼は剣を抜く。

 ああ、彼も結局、俺の敵なのだ。

 ……なら、殺すだけだ。


「……来なよ、ラザレス。いいや、二つの世界を滅ぼそうとしてる張本人さん?」


 メンティラは、俺を射抜くような眼光でそう言った。

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