14 解呪
俺は近くのパン屋でソフィアのご所望通りのサンドイッチを買って戻る途中だった。
彼女はうつむいたまま動かないため置いてきてしまっため、袋に入ったそれを落とさないように急いで走る。
その先で目にしたのは、泣いている少年を腰をかがめなだめているソフィアの姿だった。
「……ソフィア、小さい子なんだから優しくしてやりなよ」
「ちょ、私じゃないですよ!」
……まあ、俺らも十分小さい子なのだが。
俺も小さい子の前でひざを折り、目を見てほほ笑む。
「どうしたんだい? もしかして、迷子?」
「違うの。えっと、えっとね。転んでケガしちゃった」
「……なるほど。そうやればいいのか」
ソフィアが俺の後姿を見て小さくつぶやく。
「小さい子にはひざを折って目線を合わせなきゃ駄目なんだ。前かがみだと緊張させちゃうからね」
「……そうなんですか」
こういった知識はどこの世界でもある程度共通らしく、嗚咽しながらも目の前の少年が落ち着き始める。
こういった世話は、不思議となれていた。
「そっか。じゃあ怪我のとこお兄ちゃんに見せてくれないかな?」
「……うん」
少年はズボンを軽くまくり、擦りむいてしまっている膝小僧を見せた。
「ソフィア。ここらで清潔な水と布、それと包帯を買ってきてくれないか?」
「え? でもそれではラザレスの昼食の分が……」
「いいよ。昼食を抜くのは慣れてるしね」
それに、戦場だと昼食をとれるほうが稀だった。
最後に覚えているのは、食べられることができるという魔族で腹を満たし、その血でのどを潤したくらいだろうか。
出来ることなら、もう二度とやりたくない。
俺は患部を眺めながら少年に元気づける言葉を送っていると、ソフィアが買ってきてくれたのか背後から話しかけてくる。
「これでいいですか?」
「ありがとう」
俺が患部を眺めながら頼んだものを後ろ手で受けとり、傷口を水で流した後、布を当ててその上に包帯を巻く。
この世界には消毒液というものはなく、これが今できる最善の処置だった。
「よし、これでいいかな。一応お母さんにも言うんだよ」
「わかった。ありがとう、お兄さん! お姉さん!」
少年は一礼したのちに、どこかへと駆けていく。
そんな後姿を眺めた後、袋を手渡しベンチへ座った。
「どうしてラザレスはあそこまで人に優しくできるのですか? 自分の昼食を抜いてまで……」
「それはソフィアだって同じだろう。ソフィアもあの子の面倒見ようとしてたじゃないか」
「でも、私はあの子に何もできなくて……」
「やろうとしてたのなら、それは十分優しいよ。さて、そのサンドイッチ食べたのなら戻ろうか」
俺の返答にいまいち納得がいかないのか、煮え切らない様子のまま彼女はサンドイッチを口に含む。
そんな彼女から目を離し、俺はいつの間にかまた空を見つめていた。
空にはいくつか雲が浮かんでいるが、綺麗な青空だった。
一体いつからだろうか。俺に空を眺める趣味が出来たのは。
そんな時、空にも届くような声が、俺の耳にとどろいた。
「魔女だ、魔女がいるぞ!」
俺がその方向を見ると、そこには複数人の大男と、その中心にいるのは茶色の髪の少女。
俺はその少女をある存在と無意識に重ねてしまっていた。
前の世界で、唯一の肉親であった俺の妹に。
「てめぇ如きが入っていい場所じゃねえんだよ!」
「おい、こいつ連れてけ。こいつに魔女の立場を思い知らせてやる!」
だからなのだろうか。
俺は後先考えずに、叫んでしまっていた。
「やめろ!」と。
今の俺はただの子供で、こんな男たちに勝てるわけもなかった。
だけど、見過ごせなかったのだ。
魔女だからと、差別されるべき存在だからという理由を盾に大勢で少女を虐めようとするその存在が。
魔族だからと、敵だからと何もわかろうとせず、ただ言われるがままに戦争に勝ってしまったその存在と重なってしまったから。
ヨセバイイノニ。
放ッテオケバイイノニ。
当然、男たちは俺のほうを見る。
俺も、負けじと男たちのほうへ歩み寄る。
ソフィアをこの喧嘩に巻き込むつもりはなかった。
男たちの罵詈雑言を浴びるのも、俺一人で構わなかった。
興奮したであろう男は右腕を振り上げる。
俺もそれに対して構え、男がその右腕を振り下ろそうとすると、そこに一人の影が俺をかばうように立ちふさがり、その右腕にかけられた力をくらってしまった少女がいた。
そこには、ソフィアの姿があった。
俺は彼女の姿を見て、頭に血が上ったのを覚えている。
その血に宿る魔力の一つ一つが沸き上がり、封印術を超えてイメージに宿っていく。
俺は、男たちに対して雷撃を飛ばした。
その力は、他でもない俺が欲し、俺が扱っていた魔法の力そのものだった。
だが、その魔法は彼らに届く前に、黒い靄のようなものに防がれ、初めからなかったかのように消えてしまった。
そして、その魔法を使った瞬間俺の血が逆流していくのを感じ、全身に激痛が走る。
目の前が暗転して、口から血が飛び出ていく。
そんな俺を囲うように、靄が周りに立ち込めていく。
当然ダ。
オレガ力ヲカシテイナイノダカラ。
気が付いた時には、俺の体は既にピクリとも動かない状態になっていた。