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10 豪雨

 馬車の中には、二人の男女が座っていた。

 お互い、一言も発することはない。そんな空間を照らすかのように、馬車の隙間から雲の隙間から漏れる一筋の光が差し込んでいた。

 だが、構わず車輪はぬかるんだ道を進み続ける。


 目的地は、フォルセ。

 ただそこでお互いの知人と話すだけだというのに、空気は暗く淀んでいる。

 そんな中、先に口を開いたのは男性の方だった。


「ソフィア。確認するぞ。私たちの目的はラザレスの捕縛。そして、可能なら賢者の法についての情報を得ることだ」

「……はい」


 ソフィアと呼ばれた女性は、人形のようにうつむいたまま、消え入りそうな声で答える。

 男性は彼女のそんな様子を見て、目をそらしてため息をついた。


 場所を下り、並んで外路を歩く。

 何も話さない二人に対し、周りはいつも通りにぎわっている。

 だが、それさえも彼女には雑音に感じていた。


 そんなとき、彼女に何者かがぶつかってきた。

 ぶつかってきた存在は彼女よりも小さく、むしろ弾き飛ばされてしまう。


「……あ」


 彼女はそう言葉を吐くと、ぶつかってきた少女に目を向ける。

 少女は新品のものであろうワンピースを身にまとい、背もソフィアよりはるかに小さい。

 おおかた、自分が気付かずにぶつかってしまったのだろうと思い、彼女は膝を曲げて彼女に手を伸ばす。


「ごめんなさい。怪我は……」

「あ、平気……です。ごめんなさい……」

「いえ、それでは」


 彼女が少女の手を引いて立ち上がらせようとすると、頬に一粒の水が当たる。

 空を見ると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。


「雨、ですね」

「あ……良かったら、うちにくる?」

「え?」

「えっと、うち、酒場だから、少しはもてなせると思う」

「酒場だと、まだ開いてないんじゃないですか? 開店時間もまだなのに、悪いですよ」

「でも、今ここでお姉さんを放って帰ったら、あとでご……ユウ様に叱られちゃうから」

「……『様』?」

「あ! えっと、私、奴隷だから……その、蹴らないで、ください」


 彼女はそう言うと、両手で頭を隠して防御の体制をとる。

 そんな彼女を、ソフィアはそっと抱き寄せた。


「大丈夫ですよ。私はそんな事しません」

「本当?」

「嘘なんてつきませんよ」


 ソフィアは少女を安心させるようににこりと笑う。

 そんな彼女を眺めていた男性が口を開いた。


「私は独自で奴を探す。後で合流するぞ」

「……ザール」

「お前がふさぎ込むのは勝手だが、奴に話があるのは私も同様だ」


 ザールと呼ばれた男性は、それきりどこかへと向かってしまう。

 反対に、ソフィアは少女に手を引かれ、酒場へと向かっていった。



 少女は酒場の扉を開けると、二人の女性が顔をのぞかせる。

 そして、少しの間ソフィアを見て、そのあとに天気に目を向ける。


「いらっしゃい。まだ開店前だから料理は出せないが、好きな席に座るといい」

「あ、いえ。お構いなく。むしろ入れてもらっていただきありがとうございます」

「いや、構わない。とりあえず水は出そう。リンネ、頼む」

「へいへい、ユウ様の仰せの通りに」


 リンネと呼ばれたフードをかぶっている女性が、コップ一杯の水をテーブルにおいてくれる。

 そしてそのまま、近くの椅子に腰かけた。


「見ない顔だな。観光ってとこか?」

「ええ、まあ……」

「そりゃ残念だったな。生憎の雨で。同情するぜ」

「おいリンネ、あまりその人に迷惑をかけるんじゃないぞ」

「わかってるっての。まあお客さんもこの雨じゃどこにも行けないだろ? まあそれまで、ガールズトークと洒落こもうぜ?」


 ソフィアは目の前の彼女の視線の先にある窓を見ると、先ほどの雨は豪雨へと変わっていた。

 流石の彼女もこの雨の中で歩く気にはなれず、息をついた後に水を飲んだ。


「そうですね。雨が止むまでお世話になります」

「わかった。とりあえずカレン、こっちこい」

「……? わかりました」


 カレンと言われた少女は言われるがままリンネに近づいていくと、彼女が隠し持っていたのだろうタオルでぐりぐりと頭を拭かれる。


「うりうりうり。ははっ、捕まえたぞ!」

「……痛いです。やめてください」

「そうはいくかよ。お前が風邪ひいたら、オレがサボれなくなるだろ」


 そうやってしばらくカレンの頭を拭いた後、もう一枚のタオルをソフィアへと投げた。

 ソフィアはそれを軽くキャッチした後、ありがとうございますと言って頭を拭き始める。


「本当はアンタに渡す方が優先なんだろうけど……悪いな、うちのカレンはあんまり体が丈夫じゃなくてな。親としては心配でしょうがないんだ」

「……親? ご結婚なされてるんですか?」

「あー、いや、今の冗談なんだけど……」


 ばつが悪そうに後頭部を掻くリンネに、くすくすと笑うユウと呼ばれた女性。

 そして、今度はコーヒーの入ったコップを、リンネとソフィア、そしてカレンに一つずつ配る。

 カレンはそのコーヒーの取っ手を取ってふーふーと息を吹きかけた後、おずおずと飲みだした。


「残念だな、リンネ。どうやらリンネのジョークはお客様には不評だったようだな」

「……ち。いちいち煽ってくんな」

「ふふ、たまにはやり返さないとな。それに、カレンの仇を取らないといけない」


 そう言って、ユウはコーヒーに口をつける。

 そして今度は、カレンがソフィアへと話しかけた。


「その、お砂糖、いる?」

「いえ、構いません。むしろ、あなたは砂糖はいらないのですか?」


 こくりとうなずくカレン。

 ソフィアはそんな彼女を見て、自然と腕が伸び、頭を撫でていた。


「……え、と。お客様?」

「あ、その、失礼しました!」


 慌てて手を引っ込める彼女を見て、二人が笑い始める。

 そして、笑いながらソフィアへと話しかけた。


「わかるわかる。ウチのカレンは可愛いからな、気が付いたら撫でちゃうんだよな!」

「別に撫でる分なら構わない。カレン、構わないだろう?」

「うん、ちょっとびっくりしただけ、です」


 そういって、目を閉じてソフィアの手を受け入れようとするカレン。

 ソフィアは骨董品に障るかのように慎重に腕を伸ばしていると、不意に扉を開ける音がした。


「よ。悪いな、リンネ。少し雨宿りさせてくれないか?」

「ああ、アルバか。別に構わないぞ」

「ん、さんきゅ」


 アルバと呼ばれた色黒の男性は、リンネの方へ歩いていく。

 そんな時、不意にもう一人の客人が目に入った。


「……ん? お前もしかして、ソフィアちゃんか?」

「え?」


 知り合いの居ないはずの街で名を呼ばれた彼女は、はじかれたかのように振り向き、背後にいた男に目線を向ける。


「……えっと、アルバさん? でしたよね?」

「おう、久しぶり! 立派になったな!」

「アルバさんも、お変わりないようで」

「はは。あんがとな。世辞でもうれしいこと言ってくれるじゃねえか」


 そう言って、アルバは近くの椅子に腰かける。

 そして、ユウに手渡されたタオルで頭を拭いて、その片手間で飴をカレンにあげた。


「悪いなカレンちゃん、今持ち合わせがこれしかねえんだ。今度チョコレートでも持ってきてやるからな」

「それは嬉しいが、虫歯になるからほどほどに頼むぞ」

「へいへい、ユウお母さまは厳しいな、リンネ」

「ん、すっげぇ厳しい。鬼嫁になるタイプだな」


 顔を見合わせて、けらけらと笑う二人。

 そのまま笑いながら、アルバはこちらへと顔を向けた。


「そんで、ソフィアちゃんはなんでフォルセに?」

「あ……、えと……」


 ソフィアは一瞬だけ言葉に迷う。

 ラザレスが賢者の法に入った、と言ったらイゼルに近しい存在のアルバを不必要に警戒させてしまうかもしれない。

 そう考え、ソフィアは要点だけまとめて伝えることにした。


「行方不明になったラザレスがここにいると聞いて、駆けつけました。アルバさんは何か知りませんか?」


 ソフィアの質問に、アルバは一瞬顔を曇らす。

 反対に、リンネの表情は明るくなった。


「なんだ、ラザレスを探していたのか! なら、ここで待ってろよ。多分そろそろ戻ってくるはずだからさ!」

「……何故分かるんですか?」

「いや、ラザレスはここに下宿してるからさ。あ……別に、下宿してるだけだから! その、別にやましいことなんてないし、な! そうだよな、ユウ!」

「ああ。ソフィアさんがもしラザレスの想い人だったとしたら、安心してほしい。私たちは仕事仲間なだけだ」

「そう、ですか……ラザレスが、ここに」




 雨の中。

 俺は次第に強くなる一方だった。

 地面の水たまりを蹴りながら、懸命に走っていく。


 そんな時、俺の行き先をふさぐかのように、一人の男がこちらに立ちはだかっていた。


「……よくもまあ、わざわざ追ってきたな。敵の本拠地だぞ、ここは」

「知ったことか。私はまだ貴様に言うことがある。それは奴とて同様だ」

「……めんどくせえ奴とばかり縁を持ちやがって、本当にろくでもねえ奴だな、お前らの言う『俺』とやらは」


「来いよザール。お前が聞きたいこと、話したいこと、力づくで俺に聞かせてみろよ」

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