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8 世界の敵

 昨日のように騒然としている中で、俺は洗った皿を籠に入れる作業を繰り返していた。

 別に皿洗いが嫌いなわけではない。ただ、ずっとこうしているため、暇を感じざるを得なかった。

 だが、カレンが台に乗って手伝ってくれるため、特に不便を感じるでもなく、仕事は続いていた。

 一区切りつくと、カレンが口を開いた。


「とりあえず、ひとまずこれで終わり」

「わかった。……それと、腹は痛むか?」

「大丈夫。ご主人様と会う前に、もっとひどいことをされた……から……」

「……そうか。痛くなったら、ユウに言え。俺はこの家の救急箱の場所を知らない」


 俺はそう言って近くの椅子に腰を下ろすと、カレンが何やら笑っていた。

 ……何か、仕事でおかしなところがあっただろうか。


「ラザレスは、優しいんだね」

「……は?」

「そうやって怖い風に見せてるけど……本当は、優しい人……」


 ……別にすごんではいないのだが。

 それよりも、俺が優しいか。


「お前、変な奴に利用されんなよ」

「……? わかった……」


 ……そうはいっているが、いぶかしげな表情が何を言っているのかはわかっていないことを示していた。

 この程度で優しいなら、全世界の人間のほとんどが優しいのだろう。

 それに、俺はその言葉とは対極に位置していることを自覚している。


 友と呼べる人間を殺した。

 妹を殺した。

『殺せ』と言われたから、殺戮の限りを尽くした。

 今も……復讐のため、人々を殺そうとしている。

 地獄というものがあるのなら、きっとその場所にいる誰よりも罪が重い存在だろう。


 そんな考えをしながら食器を洗うためにためた水を眺めていると、目の前に水の入ったコップが差し出される。

 見ると、リンネがこちらとカレンに水を差しだしていた。


「お疲れさん。どうよ、うちのカレンちゃんは。こう見えて、オレよりはるかに働くからな、こいつ」


 そう言って、コップを渡し空いた手でウリウリとカレンの頭を撫でる。

 ……なんやかんや、リンネもカレンを可愛がっているのか。


「リンネは何をしていたんだ?」

「オレ? オレはまあ……客の対応してたぜ?」

「喋ってただけだろう」


 その言葉とともに、何者かのチョップがリンネに振り下ろされる。

 リンネが振り向くその視線の先には、エプロン姿のユウの姿があった。


「別に客と話すのは良いが、仕事に差し支えないくらいにしてくれないか?」

「いいじゃねえか、どうせ人も少ねえんだしよ」


 指をさす方向には、確かに昨日よりかは幾分少なくなった客の姿があったが、それでもまだ多いとは感じた。

 よくもまあ、雨の日にまでわざわざ来てくれるものだ。


「とにかく、私は少し休憩する。リンネ、後は頼んだぞ」

「うげ、マジかよ。下に降りてきたの失敗だったかなぁ……」


 ぶつくさいいながら、ユウの来た方向へ歩いていくリンネ。

 俺はそんな彼女を見送っていると、ふいにユウに話しかけられる。


「……ちょっとだけ、話があるんだ」


 そう言って、奥へと入っていくユウ。

 さて、明日から俺はどこに暮らせばいいのだろうか。

 気は進まないが、ニコライに相談するしかないな。



「かけてくれ」


 そう言って、彼女は目の前の椅子を差し出す。

 俺がそれに座ると、彼女は顔を伏せて話し出した。


「……あの時の話、本当なのか?」

「ああ。さっきも言った通り、本当だ。イゼルや慈愛の街。賢者の法がどんなものか、全て見てきた。そして滅ぼした」

「何故、なんだ?」

「……さあな。その時の俺が言うには、『平等という理想的な世界は人々を腐敗させる』だそうだ」

「なら、今はどうなんだ?」

「正論だと思っている。だが、この発言は発言者が強者であるからこそ言えたのだとも、な」


 この言葉が言いたいことは、『格差が人を豊かにさせる』ということだ。

 確かに社会的地位のある人間はそうかもしれない。だが、弱者はどうだ?

 心の支えもなく、多額の負債を抱えた人間が豊かだとでも?

 両親に捨てられ、奴隷という身分に堕ちた人間が豊かだとでも?

 ふざけるな、の一言に尽きる。


「……ラザレス。お前の率直な意見が聞きたいんだ」

「なんだ?」

「平等は為せるものだと思うか?」

「さてな。でも、お前とほぼ同意見だと思うぞ?」

「……っ」


 彼女だって、分かっているはずだ。

 平等など、夢物語なのだと。

 彼女だって、ありもしない夢を追い続けるような幼い年ではないだろう。


「俺たちは、たとえどんなに綺麗にあろうとも、たとえどんなに年を重ねようとも、永遠に『比較』からは逃げられないんだ。あいつよりも上へ。あいつよりも先へ。これが人間の本質なんだ。たとえどんなに佳境に踏み入れようと、たとえどんなに裕福であろうと、その先々で自身より下なものを見つけ、安心する。自身が恵まれているとも知らず、愚かで、薄汚くて、見苦しい。それが俺達なんだ。それが、俺達でしかないんだ」

「だからって、諦めて生きろとでもいうのか!? 今は無理でも、明日なら、そのまた明日なら、そうやって生きてきたのが人間のはずだ!」

「その通りだ。だからこそ、今がある。確証もない明日とやらを過信し続けた結果がこれだろ?」


 俺の言葉に、うつむき顔を背けるユウ。

 だが、同時に漏らすように、ぽつりと言葉を吐いた。


「なら、ラザレスはなぜここに来たんだ?」


 その質問は、二度目だ。

 だが、今度は相手が違う。

 今まで通りに答えていいのか、という疑問が浮かぶ。

 ……しかし、それも今更というものだろう。


「復讐。それだけのために、俺はここに来た」

「復讐? 誰にだ?」

「イゼル。言うなら、イゼル国民全員だ」

「…………それは、果てしないな」


 ああ、果てしない。

 でも、やらなくてはならない。

 滅びる世界など、一つで十分だ。


「……それで、心の底から信仰してはいなかった俺はどうなる? ユウが言うのなら、今すぐ荷物をまとめて出ていくぞ」

「……」

「安心しろ。お前が思っているほどやわじゃない。泥をすすってでも生き延びてやる」


 彼女のことだ。大方俺が宿無しで困り果てることを危惧してくれているのだろう。

 だが、同情ならいらない。

 俺はそう口にしようとする前に、彼女が顔を上げた。


「その前に、確かめさせてもらえないか?」

「何をだ?」

「どうして、カレンを庇ってくれたんだ」

「……」

「きっと、お前は非情になりきっているのかもしれないが……私にはそうは思えない。悪い奴には、見えないんだ。どうしても」

「それは、お前の目が……」

「違う。ラザレス、聞かせてくれ。どうしてカレンが蹴られたとき、あそこまで怒ってくれたんだ?」


 ……彼女が俺を擁護するのは、彼女の底なしのやさしさのせいだろう。

 決して同情から口に出した言葉ではないことは目を見ればわかる。


「あいつが不愉快だっただけだ。俺はカレンを理由に自身の感情を爆発させただけで、理由なんてない。それに、奴はイゼル国民だった」

「嘘だ。現にお前は耐えていてくれたんだ。私たちに危害が及ぶことを考えて、こぶしを握り、あふれ出そうになる怒りを抑えながら」

「……知らねえな」


 俺は立ち上がり、キッチンへ戻ろうとする。

 その時、すれ違いざまに奴の……ニコライの声が耳に入った。


「イゼルが動き出した」

「……」

「ここからは、もう後戻りはできないよ。さあ、どうする?」

「……ハッ。知ったことを」


「イゼルは俺が滅ぼす。たとえ誰が立ちふさがろうとしても、だ」


 その答えに満足したのか、気配が消えるニコライ。


 さあ、世界を救うために世界の敵になるとしよう。

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