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7 疑惑

「……雨が降ってきたな」


 俺に簡単な盛り付けを教えながら、ユウは窓から外を見て呟いた。

 その言葉の通り、外は雨が降っている。


「洗濯物とかは大丈夫なのか? もしよかったら、俺が取り込んで……」

「いい! 大丈夫だ! もともと雲行きが怪しかったし、干してない!」

「……そうか?」


 真っ赤になって否定するユウ。

 ……何をそんなに向きになっているのだろうか。

 そんな疑問を抱いていると、後ろにいるリンネが話しかけてきた。


「ユウは下着が見られるのが嫌なんだろ。オレは別に構わねえけどな」

「……そうなのか」

「リンネ! お前には女の子としての恥じらいとかはないのか!?」

「んー、どうだろうな? お生憎、ユウみたいに女の子といった体つきはしてないしな」

「……リンネ」


 あきれたようにため息をつくユウ。

 反対に、悪戯のように笑うリンネ。

 ……何故、対照的な二人がここまで仲良くしているのだろうか。

 そうは思ったが、聞くのは無粋というものだろう。


 俺は言われた通り手を動かしていく。

 そして、大方それらしい見た目になり、ユウは大きくうなずいた。


「お疲れ様。まあ、まだトレーニングだから、ゆっくりと覚えていけばいい。今日は皿洗いに徹してもらう」

「わかった」

「とはいえ、今日は雨だからな。客も少ないだろう。楽にしていればいい」


 ……とはいえ、こうして飲食店で働くのは初めてなのだ。

 料理自体は作ったことはあるが、味の方もよいとはいえる出来ではなかった。

 緊張しないわけがない。


 そんな時だった。

 入り口が開く音と同時に、一人の男が入ってきた。

 その男は茶色い髪を七三にきちっと分け、貴族のような装飾の多い服を身にまとっていた。


「いらっしゃい。悪いけど、まだ準備中なんだ。雨宿りに入っててもいいが、料理は出せないぞ」


 ユウは振り向いてそういうが、男は返答しない。

 そのまま近くの椅子に座り、メニューを手に取る。

 流石に不自然に思ったのか、リンネが同じテーブルの椅子に座る。


「おいおっさん。聞いてなかったのか? 飯は出せないんだよ」

「……ふぅ、やれやれ。随分と低俗な店に来てしまったものです」

「なっ……!?」


 突然の暴言に、流石のリンネも言葉に詰まる。

 ユウもその態度には面食らっているようで、何といえばいいのかわからない様子だった。

 ……彼の立ち振る舞いはとても今日日作り上げられたかりそめのものではなく、元々根付いている様子に思える。


「私は客ですよ。それも、あなた方のような小さな者たちには理解できないほど、大物な、ね」


 彼の態度によほど腹が立ったのか、リンネが立ち上がり、彼を見下ろす。


「それはそれは。ではとっとと失せたらどうだ? 雨の中ですが、こんな場所よりかはましだろ?」

「誰の許可を得て私を見下ろしている? 私はイゼルの親善大使、『オズルド』であるぞ?」


 イゼル。

 その名前を聞いた瞬間、俺の体中が凍てつくような寒さを感じた。

 こいつが……。


 俺はそっと右腕に魔力を籠め、彼の体を魔法で焼き殺そうとする。

 だが、今ここで彼を殺すとなると、もし多人数で来ていた場合三人まで危害が及んでしまう可能性がある。

 それは流石の俺でも気が引けた。


「とりあえず、紅茶を一つ。あなた方のような猿でも、紅茶の一つはあるでしょう?」

「……ここは酒場だ。そんなもんがあるとでも思ってんのか?」

「ほう、酒場ですか。なるほど。ならこのみすぼらしさにも納得がいく」


 彼は何か納得したように深くうなずき、皮肉のこもった笑みでこちらを向いた。


「これは失礼しました。酒場の店主でしたら、紅茶など高貴なものを持っているはずがありませんからねぇ。言うなれば、動物に人の言葉を理解しろ、といったむちゃぶりそのものでした」

「……テメェ」

「リンネ! やめろ!」


 そう言って、ユウは紅茶の入ったティーカップをテーブルに置いて、リンネの手を引いてキッチンに戻る。

 俺もその場所にはいたくはないため、カレンを連れて彼女たちを追った。

 反対に、彼は勝ち誇ったかのような笑みで紅茶に手を付けていた。

 ユウはそんな彼を一瞥した後、声の大きさを抑えて話し始める。


「……彼はイゼルの者だ。私たちが何もしなければ、あちらだって何もできない。それこそ、国際問題になりえる」

「……チッ」

「それに、見え透いた挑発だってことはリンネだってわかっているだろう? もしここで手を出したら、大変なことになるんだぞ」


 リンネもそのことはわかっているらしく、苦虫をかみつぶしたような顔をして、そのまま二階へ上がっていく。


「……カレンも上へ行っててほしい。良かったら、リンネの話し相手になっててくれ」

「ですが、ご主人様が働いているのに、奴隷である私がサボっているなんて……」


「ほう、奴隷でしたか。道理で嫌なにおいがすると思いました」


 振り返ると、そこには心底忌み嫌うかのような顔でカレンを見下すオズルドの姿があった。

 そして、次の瞬間……カレンの体は、宙を舞っていた。


「……え?」


 ユウも、一瞬何が起こったのかわからなかった。

 見ると、オズルドは彼女の体を蹴り上げ、こらえきれないように笑っていた。


「あ……あ……っ」

「ク……クク……やはり、奴隷の蹴り心地は最高ですね……。クククク……」

「カレン! 貴様ッ……!」

「おや、お怒りの様子ですね。なら、あなたが買ったその倍額でその奴隷を買い取って差し上げましょう。蹴り心地が気に入ったのでね」


 もう、我慢の限界だった。

 傍若無人とさえいえるその立ち振る舞いに対し、何もできないユウやカレン。

 それに、先ほどからかみついてきていたリンネがいなくなったのを見計らっていたという俺の中の憶測も、俺の中の怒りの炎に油を注いでいた。


「……オズルド、とかいったな」

「やめろ、ラザレス! 駄目だっ!」


 そう言って、涙ながらに止めようとするユウ。

 悔しいのは、彼女のはずなのに。


 それに……もう止まれなかった。


「俺のことを知っているか?」

「……ええ。今思い出しましたとも。英雄の一人、ラザレスでしたよね?」

「ああ」

「何故ここにいるんです? まさか、賢者の法を滅ぼしに来たとか?」


 その言葉に、ユウが息をのむ。

 ……そうだ。四年前にラザレスは賢者の法を滅ぼした。

 だが、今回は……。


「答えなさい! 何故あなたがここにいるんですか!?」

「悪いが、その逆だ」


 そう言って魔法による氷の矢を、彼の頭上に作り出す。

 凍てつく冷気が彼の体に降り注ぎ、部屋中の温度が急激に下がる。


「ヒ、ヒィッ! やめてくれっ!」


 その言葉とともに、しりもちをつくオズルド。

 だが、元々俺の目的はこうだった。

 だから、止まる理由など毛頭ない。


 しかし、何者かが放った短剣が氷を貫き、ただの破片へと変えてしまった。

 見ると、砕いたのはほかでもないニコライだった。


「やめなよ。そんなことしても、お互い損しかないだろう?」

「あ、あなたがここの責任者で? こいつをクビにしろ! 今すぐに!」

「違うよ。俺はアンタたちが探してる賢者の法の、言うなればトップだ。だから、今回の件は心苦しくてしょうがない」

「……ハハ、ハハハハ! なるほど。賢者の法のトップがわざわざお出迎えとは光栄です。この件は本国に持ち帰らせてもらいましょう!」

「おいおい、アンタはこの国の親善大使なんだろ? なら、まだ帰っちゃ駄目でしょうが」

「ふざけるなっ! 親善大使など、ただの大義にすぎん! 私の役目は貴方たちを見つけることだったんですよっ!」


 彼はそう叫んで立ち上がり、逃げるように立ち去る。

 その後姿を見ていたニコライは、近くの椅子に座りこちらへ振り替える。


「らしくないじゃないか。随分とお腹立ちの様子だったけど?」

「……あいつらの、イゼルの奴らの正体がわからないわけじゃないよな?」

「俺が言いたいのはそうじゃない。君のように狡猾で冷静な男が、何であんなことをしたのか、ということだ」

「……」

「あいつを殺そうとするのなら、こんな表立った場所でやる必要なんかない。理由でもなんでもつけて、路地裏に入ったところを仕留めれば穏便に済む話だろう?」

「……知るか」


 俺はそれだけ言って、階段を登ろうとする。

 だが、青白い顔をしたユウが、こちらの裾をつかんでいるため、足を止められてしまう。


「ラザレス、さっきの話って……賢者の法を滅ぼしたって……」

「本当だよ。嘘だと思うなら、そこにいる野郎に聞いてみるといい」


 俺はそう言ってもう一度部屋に戻ろうとする。

 今度は重圧を感じない。

 しかし、消え入るようなか細い声で、ユウは言った。


「何故……?」


 そんなことは決まっている。

 無知だったからだ。

 昔の俺が、どうしようもなく無知だったから。


 本当は、あそこでイゼルが亡んでいればよかった。

 あそこで滅んでいたら……。


 たらればなんて、考えても無駄か。

 俺は自嘲気味に笑った後、部屋の扉を開いた。

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