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6 理由

 家に戻ると、既にユウとカレンは奥の机を囲んで、朝食をとっていた。

 見ると、食パンを焼いて卵をのせたもののようだ。

 それを見て、不覚にも腹の虫が鳴る。


「ああ、ラザレスか。おかえり。朝の散歩はどうだった?」

「……寒かったな」

「はは、そうか。さて、ラザレスの分も出来上がっている。すぐに食べるか?」

「ああ。先に手洗ってくる」


 俺は自身のコートを椅子に掛け、井戸に向かった。



 井戸から帰ってくると、既にユウは食事を終え、自身の皿を洗っていた。

 そして、入れ替わるかのように、椅子にはリンネが座っていた。


「お帰り。ああ、紹介してなかったな。彼女はリンネ。私の親友だ」

「……よろしく」

「……」


 俺の言葉を無視して、口にパンを放り込むリンネ。

 ……なるほど、昨日の一件で俺は信用に値しないと思われたのだろう。

 だが、賢者の法を裏切るつもりは今はない。

 彼女の心配は、杞憂というものだ。


「リンネ、彼は同居人の……」

「ラザレスだろ? さっき名前呼んでた」

「なんだ、起きてたのか。なら早く降りて朝食をとればよかったじゃないか」

「……だりい。朝弱いんだよ。知ってんだろ」


 彼女は言葉の通り、俺を睨みつけてはいるがどこか覇気がない。

 だが、敵意は本物だ。


「さて、私はこれから買い出しに行く。二人とも来るか?」

「オレはいい。寝る」

「リンネ、そんなに寝てたら夜眠れなくなるぞ! 起きて読書でもしたらどうだ?」

「……オレは子供かよ。いいよ別に、夜眠れなくたって。代わりに朝寝るから」

「リンネ! カレンが真似したらどうする!」

「子ども扱いの次は悪い大人扱いかよ。へーへーどうせオレは反面教師ですよ」


 ……リンネはそれだけ言って、食器をユウに渡してから階段を上がっていく。

 自堕落とはこのことを言うのだろうか。


「まったく。ラザレスはどうする?」

「俺はいくよ。この街の勝手を知らなくちゃいけないからな」

「そうか。じゃあ行くか。支度が出来たら行ってくれ」


 ……支度も何も、俺にはこのコート以外に荷物はない訳だが。


 俺はコートを羽織ると、不意に袖に重圧を感じた。

 見ると、カレンが袖を引っ張っていた。


「……あげないぞ」

「いらない。そうじゃなくて……」


 彼女は何やら取り出すと、その何かをそのまま差し出してきた。

 その手には、俺の短剣が握られていた。


「……これ、落ちてた」

「……ああ。悪いな」


 俺は彼女の手から短剣を受け取り、コートの内側のポケットに入れる。

 ……そういえば、こんなものも持っていたな。

 だが、俺はラザレスとは違って剣は使えない。


「ラザレスも、剣をたしなんでいるのか?」

「いや、これはただの飾りなんだ。気にしないでくれ」

「そうなのか? だが、飾りにしてはかなり使い込んでいるんじゃないのか?」

「……ああ。前の持ち主が、な」


 それきり、黙り込んでしまう。

 きっと、触れてはいけない点だと思ったのだろう。

 別に、そんなことはない。

 あいつとは、既に決別をした。

 未練など、かけらもない。


「さて、行くか。ユウ、準備はできてるのか?」

「……あ、ああ! すまないな、待たせてしまったか」

「いや、別にいい。カレンはどうする? 連れてくのか?」

「もちろんだ。リンネに変なことを教わって悪い子になったら敵わないからな」

「はいはい、どうせオレは不良ですよだ」

「冗談だ。詫びに何か買ってきてやる。何がいい?」

「……チョコレート」


 意外に女の子らしいものを頼まれたユウは、クスリと笑ってカレンを連れて外に出る。

 俺もそんな彼女に倣って外に出ようとするが、不意に背後から止められる。


「……なあ、一つだけ聞いていいか?」

「ああ」

「アンタのその『復讐』。オレはともかくユウは含まれてんのか?」

「さあな。もしそうなら、どうする?」

「……」

「冗談だ。もし敵だというのなら、いくらでも寝首を掻くチャンスはあった」

「チッ……」


 彼女はそれきり顔を伏せてしまう。

 事実確認がとりたかっただけなのだろうか?

 だが、この二人に復讐するつもりは今はない。


「なあ……アンタさ」

「なんだ?」

「ん……やっぱいいわ。なんか言っても無駄な気がする」

「……そうか」


 顔を上げないまま、何かを話そうとした彼女だったが、それきり黙り込んでしまった。

 表情も見えないため、予測も立てられない。

 ……だが、どこかすがるような声であった気がした。




 しばらく買い物をしてから、朝のベンチに腰掛ける。


「ふう、悪いな。荷物持ちさせてしまって」

「構わないが……悪い、先導してもらっていいか?」


 目の前のかごには、色々な食品や雑貨などで膨らみに膨らみ切っていて、俺の両手とともに視界を遮っていた。


「ああ、悪い! それは気が付かなかった!」

「まあ、これ以上は買わないのだろう?」

「う……その、カレンの服を……」

「……それだけなら、俺は帰った方がいいんじゃないのか? 女児の服なんて俺は全く分からないぞ」

「そうだな。悪い、一人で帰れ……そうにないか?」

「いや、一度来た道なら何とかなるだろう」


 それを聞いて、申し訳なさそうに片手をあげる。

 俺はそんな彼女を一瞥した後、家に戻っていった。




 荷物を入り口近くにおいて、近くの椅子に座る。

 隣には、眠っているリンネ。


「……おい、部屋で寝たらどうだ?」


 話しかけても、何も返答はない。

 俺は眠っている彼女にコートをかけ、息を吐く。


 ……俺は、何をやっているんだ。

 何故、賢者の法は動かない。

 俺の見てきた賢者の法は、常に俺たちを狙って、戦争を起こしてきた。

 だから……国を一つ滅ぼすくらい、日常茶飯事だとさえ思っていた。


 だが、この国の奴らはなんなんだ。

 夜は笑いあって、昼はそれぞれ思い思いに働いている。

 まるで普通の人達じゃないか。


「……チッ」


 思わず、舌打ちしてしまう。

 俺に見せていた面とはまるで違う事実に、知らぬ間に苛立たしさを感じていたのだろう。

 そんな時、顔を伏せていたリンネが話しかけてきた。


「……おかえり。ユウは?」

「カレンの服を買いに行っている。俺は邪魔だろうからさっさと帰ってきた」

「そうか。まあ、アンタとユウが一緒にいるよりか幾分安全か……」

「そりゃどうも」


 俺はそう言って、頭の後ろで手を組み、椅子に寄り掛かる。

 リンネは伸ばした腕を枕にして、こちらを見る。


「……アンタは、平等についてどう思う?」

「ありえない。その一言以外に言うことなんてないだろ」

「そうか。ならアンタも、オレと一緒だな」

「は? お前も賢者の法に入ってんだろ?」

「うーん……迷ってる。入ってユウの近くにいてやりてえってのはあるけど、言った通りオレは平等なんてものは理想でしかないって思ってんだ」


 ……何故だ?

 ラザレスが話していた彼女とは、どこか違う感じがした。


「アンタは、賢者の法にどうして入ったんだ?」

「復讐。そのために、俺は都合のいい隠れ蓑が欲しかった」

「そうか。そのことで一つ、聞いていいか?」

「……まあ、答えられる範囲内なら」


「アンタは何故、そうまでして復讐しようとしてるんだ?」


 ……何故?

 何故って、それは……。


 言葉が出てこない。

 俺は、ここまで復讐のことしか考えてはこなかった。

 こなかった、はずなのに……。


 どうしても、アイツの名前が出てきてしまう。

 俺のこの感情さえも、アイツのものだとでも言いたいかのように。


「……悪いが、答えられない」

「そうか。まあ、なんにせよ……」


 彼女は立ち上がり、荷物をあさる。

 そして、チョコレートを取り出して、それを突き付ける。


「アンタがユウの敵だって行動をとったら、絶対に殺す」


 そう言って、肩にかかっているコートを俺に投げつけ、階段を上がっていってしまう。

 だが、意識はそこではなく、復讐の理由について考え始めていた。

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