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3 目的

 俺はあの後ユウに連れられ、街を歩いていた。

 街並みはマクトリアやイゼルとは変わらず、様々な人々が各々自由な服装を着て歩いている。

 道としても十分広く、街の真ん中を馬車が歩いているほどだ。

 遠くから見る限り、商人だろうか。


「どうした、何か気になることでもあったか?」

「いや、別に……」

「遠慮することはない。答えられる限りのことならなんでも答えるぞ」


 そうは言うが、初めてこの街に来た俺よりもはしゃいでいるユウに対しての疑問は尽きなかったが、この街は一度訪れている。

 ……聞くとしたら、当然これになるだろう。


「あの時計塔は動いていないのか?」

「ああ。なんでもあの時計塔の管理者が今はいないそうなんだ。詳しくは知らないが、あの高さだと管理も大変なのだろう」


 まあ、それは一理ある。

 時計塔からは決して近くないこの距離でも、建物から顔をのぞかせているくらいなのだ。

 もし時計のメンテナンス中に落ちたらとでも思うと、あまりぞっとしない話だ。


 その後も、彼女は街について嬉しそうに語っていて、カレンもその言葉に対して頷くことで相槌を打っていた。

 ……言葉が違うので、多分理解はできていないのだろう。あまりぱっとしない表情のままだった。


 そんな中、しばらく街の人々とすれ違いながら街に入り込んでいくと、一軒の木造の建物に突き当たった。

 ユウはその建物を指さしながら、空いた手でカレンの肩をそっと抱き寄せる。


「ここだ。今日は荷物を……そういえば、荷物はないのか?」


 ……そういえば、そのことをすっかり忘れていた。

 持っているものはベテンブルグから渡された日記帳に、スコットからもらった短剣。そして、インクの匂いにまみれたコートに、少量の金。

 取りに戻ろうにも、自分で家を燃やしたため、それさえもできない。

 ……まあ、この戦争が終わったら、俺も消えるのだ。

 今更荷物など何の意味があろうか。


「ああ。ほとんど見切り発車で家を出たから、持ってないんだ」

「それじゃあ、服とかはどうするつもりだ?」

「……これから考える」

「仕方がない。私の兄のでよければ貸してやろう」

「兄がいるのか?」

「……正確には『いた』だな。数年前に、病気で亡くしてしまった」


 彼女は目を伏せて、俺と視線を逸らす。

 ……まだ、彼女にとってはつらいことなのだろう。


「……つまらない話をしてしまったなっ! すまない、忘れてくれ」

「いや……」

「それよりも、今日はそろそろ日が落ちる。枢機卿に会うとしたら明日になるだろうが、構わないか?」


 彼女の言葉の通り、眼前に広がる空は薄い青色に染まり始めていた。

 別段、今日である必要はない。わざわざ急き立てる必要もないだろう。


「ああ、構わない。それよりも、ユウは何故フォルセの外にいたんだ?」

「カレンを外に出そうと思ったんだ。彼女は、その……以前、奴隷だったから」


 見ればわかる。と言ってしまいたいところだが、話の腰をわざわざ折る趣味はない。


「それで、我々賢者の法が買い取ったんだ。そこで、私が世話を申し出たからな。一度、彼女に自由というものを味合わせてあげたかったんだ」

「自由、か」

「ああ。彼女にだって、自由になる権利はある。だから私は、まず彼女に世界を見せようと思ったんだ」

「……世界を見せることが自由に繋がるのか?」

「わからない。まず私自身が自由というものを完璧に理解していないからな」


 彼女は少し自嘲気味に笑い、カレンの頭を撫でる。

 その茶色い髪はサラサラで、よく手入れが行き届いているように感じた。


「だから、私ではなく彼女自身に感じてもらいたい。自由というものは何か、について」

「……そうか」

「そのためには、まずは勉強を頑張らなくちゃだな!」


 そう言って、彼女は先ほどとは違いわしわしと彼女の頭を撫でる。

 流石に嫌なのか両手で彼女の腕を抑えるが、力の差が大きいのか、見ていて儚い抵抗であるように感じた。


「ご主人様、その、恥ずかしいです……」

「ご主人様じゃない。ユウ、もしくはお姉ちゃんだ。そう言わないと止めてやらないぞ!」

「ユウ様、やめてください……!」


 ……彼女なりの妥協なのだろう。

 俺はそんな二人をしり目に、指示された家の中に入った。

 中は複数の木製のテーブルに、数えきれないほどの椅子。

 奥にはカウンターらしき長方形のテーブルがあった。


「ラザレスの部屋は二階だ。カレン、案内してやってくれ。確か突き当りの部屋が空いていたはずだ」

「わかりました」


 ……二階の突き当りと言えば、迷うわけがないのだが。

 しかし、カレンは俺を見上げて、ついてくるのを待っている。

 俺はそんな彼女に軽く頭を下げて、案内されることにした。



 掃除が行き届いた木製の廊下を歩き、突き当りの部屋に入る。

 中にはベッドと、カーテン。そして机。

 それだけの、簡素な部屋だった。


 だが、その机の上にはこの生活感のまるでない部屋に似つかわしくないほど可憐な花瓶と、赤い花が活けてある。


「……これは?」

「気に入らなかった……?」

「いや、そうじゃなくて……」


 俺は花瓶を持ち上げ、花を見つめる。

 ……どこかで見たような、どこにでもあるようなありふれた花。

 そんな花を見つめていると、ある違和感に気付いた。


「……これは、コサージュ?」


 布で出来た花弁を触り、感触を確かめる。

 だが、花瓶に入っている水は本物だ。

 造花を、活けているというのか?


 俺は机に花瓶を置き、ベッドに腰掛ける。


「ありがとう。ユウのところへ戻って構わない」


 俺はそう言って、ベッドに横になり目をつむる。

 ……だが、いつになっても扉が開く音が聞こえない。

 気になって目を開くと、そこには俺の顔を覗き込むカレンの姿があった。


「……何か用か?」

「……その、何か、嫌なことがあったの?」

「は?」

「あ、えっと、その……。ラザレスのその顔、私たちとよく似ていたから……」


 ……多分、表情が似ている、という意味だろう。

 俺はため息をついて、彼女の問いに答える。


「さてな。嫌なことなんて、数えていたらきりがない」

「……そうなの?」

「ああ。お前だって、そうだろ?」

「私は……」


 それきり、黙り込んでしまう。

 俺はそんな彼女から目をそらし、そのまま目をつむる。


 だが、そんな時ベッドにのしかかる重みを感じ、目を開けた。


「よお。さっきの話について聞かせてもらうぜ?」

「……何の用だ、リンネ」

「それだよ。なんでお前は、オレの名前を知っている?」

「時計塔。これが答えじゃダメか?」


 俺の言葉に対して、リンネの息をのむ音が聞こえた。

 彼女も、時計塔について知っていたのだろう。

 なら、話は早い。


「じゃあお前、未来から来たってのかよ……?」

「ああ」

「教えろっ! 未来で何があったっ!」


「世界が滅びたんだよ。悪魔が世界を滅ぼした」


 俺はそう言って、彼女に対して背を向けるように寝返りを打つ。

 だが、彼女はそんな俺に対し、心を凍り付かせるかのような声で訪ねてきた。


「じゃあ、お前は何のためにここに来たんだ?」

「俺は……そうだな」


「『復讐』。俺を裏切った何もかもに復讐しに戻ってきた」


 それだけ言って打ち切るように俺は目をつむった。

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