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125 輪廻

 空には、月が浮かんでいる。

 物音は、もうしない。

 人の話し声も、動物の鳴き声も。

 ただ、風の通る音だけが鳴り響く。


 そんな空間を、二人の男女の足音が切り裂く。

 二人に、会話はなかった。


 城門をくぐり、石畳の道を歩いていく。

 そして……しばらくして、この街で最も大きな建物である場所……時計塔にたどり着いた。


 俺はその扉を押し、中に入る。

 中は薄暗く、明かりといっても空からの月の光だけのため、足元は良く見えない。

 だが、奥にいる少女は、俺の知る存在だった。


「……マリアレット」

「やあ。随分と早かったね」

「何で、俺たちを呼んだんだ?」

「……思い出したんだ」


「私は未来からここに来た。この結末を変えるために、この時計塔の『呪術』を利用して」

「……どういう、ことですか?」


 先程から黙っていたソフィアが口を開く。

 それに対し、マリアレットは神妙な顔で答える。


「私はこの時代の人間じゃない。……とはいっても、この風景を見るまでは忘れてたんだけどね」

「どうして、そんな大事なことを忘れていたんですか!?」

「それが、この塔の代償だから」


 彼女はただ、ソフィアに告げる。

 その淡々とした様子に、ソフィアは息をのむしかなかった。


「……それじゃあ、この中の誰かが過去に戻っても、また同じことの繰り返しではないですか!」

「……うん。そうかもしれない。でも、たった一人だけ可能性のある人物がいる」


「ラザレス。君は今、『ラザレス』としての記憶と、『賢者』としての記憶。両方が混濁してしまっている」


 彼女は先ほどと同じように話し続ける。

 ……そういえば、彼女はいつ俺の正体について知ったのだろうか。

 いつだったか、俺は彼女に賢者と呼ばれた気がする。


「そのうちの片方の記憶を捨てれば、きっと……」

「記憶を持ったままやり直せる、と?」

「可能性はある。だけど、問題もある」


「賢者の記憶は一度、ラザレスと混濁してしまった。だから、ラザレスの方を消すとなると、ラザレスであった時に感じた思いや気持ち、全てが消えてしまう」

「……っ」

「だが、賢者の方を消すと魔法が使えなくなり、またこの景色の繰り返しだ。どちらをとるかは、わかるだろう?」


 ……ラザレスであった時の記憶。

 それは、俺にとって大きな意味を持つもの。

 それを消すということは……。


「……そう、か」

「ラザレス?」

「そっか。そうだよな。こうなるのが、本当だったんだろうな」


 俺はもう死んだ人間。

 だから、こうして生きているのはきっと、世界の摂理に反するのだろう。

 悔しいか悔しくないかと聞かれたら、悔しい。

 でも……もう十分だった。


「わかった。俺は過去に戻る」

「……っ!?」

「ありがとう。君ならそう言ってくれると思った」


 マリアレットはそう言って、俺に手を差し出す。

 ……その間を、一人の少女が立ちふさがった。


「待ってください、ラザレス!」

「……ソフィア」

「ラザレスはそれでいいんですか!? 自分が犠牲になっても、何とも思わないんですか!?」

「……ソフィアは優しいね」


 俺はそう言って、目の前の彼女を抱き寄せる。

 そして、そのまま頭を撫でた。


「大丈夫だよ。ソフィア。俺がきっと……世界を救う。すべて元通りにする」

「……っ」

「だから、笑ってほしいな。これがきっと『ラザレス』として過ごす最期だから」


 俺の言葉に対し、彼女は俺の胸に顔を当て、表情を隠す。

 そして、しばらくしたのちに吐き出すように話し出した。


「……ひどい、ひどいですよ」

「ソフィア?」

「どうしてすぐに決断できるんですか。私はまだ頭の整理ができてないのに、どうして待ってくれないんですか?」

「……」

「どうして、どうして……」


 そんな彼女に対して、不謹慎にもこう思った。

 ……ああ、つくづくラザレスは幸せだったのだな、と。


 だからこそ、彼女を『救いたい』。

 そのままの意味で、彼女を……世界を、救ってあげたい。


「……俺が、ラザレスだからだよ」

「え?」

「俺が、君に恋をして、この世界を居場所とした、ラザレスだからなんだ」

「……っ」

「だから、もう一度言うよ」


「ソフィア。君が好きだ」


 ……我ながら、卑怯だと思う。

 俺の記憶がなくなるのだから、この時間帯のことはなかったことになる。

 そんな中告白など、逃げたもいいところだ。


「……本当に、最低です。ラザレス」

「はは、今更だね。俺は最低で、最悪な男だよ」

「……私も」


「私も、あなたが好きです。大好きです、ラザレス」


 彼女はそのままそうつぶやいた。

 俺はそんな彼女を見て、そっと頭の上に手を置いて、なぞるように撫でる。

 最後なんだ。このくらいの贅沢は許されてもいいだろう?


「……さあ、俺はもう行くね。ずっとこのまましてたら、きっといけなくなっちゃうから」

「……あ」


 俺は彼女から手を放し、振り返らないようにマリアレットの後を追って、螺旋階段を上がっていく。

 途中でマリアレットが振り向き、少し心配そうに聞いてくる。


「……よかったのかい?」

「ああ。最後に彼女の気持ちが聞けた。もうそれだけで十分だ」

「……」

「……そんな申し訳なさそうな顔するなよ。これでも結構、楽しい人生生きてきたんだからさ」


 ……ああ、とても楽しかった。

 ザールやメンティラ、スコットにマニカ。そして、ソフィア。

 本当に、いい人たちに出会えたと思う。


 だから、絶対に助ける。


 最後の一段を登り切り、目の前の一室にある時計に向き合う。

 その一室はとても狭く、俺とマリアレットが入るのが精いっぱいだった。

 その奥の壁には、時計が立てかけてある。


「……なあ、どこからになるんだ。その……俺の戻る場所は」

「その肉体が適合する時間……まあ、有り体に言うと君と同じ年齢の時にしか戻ることはできないんだ」

「なるほど。じゃあ、十八歳からか」


 俺はそう言って、目の前の時計に手を当てる。

 その直前に、振り返った。


「ありがとな、マリアレット」

「……本当なら、恨まれる立場だと思っていたのだけどね」

「まさか。マリアレットがいないとこの世界は滅んでいたんだろ?」

「……この世界は、滅びるよ。でも、君の世界は生き続ける」


 そう言って、寂しそうに笑うマリアレット。


 この世界は、滅びる。

 なら、あそこにいたソフィアは……。


 ……いや、俺が未来を変えればいい。

 ここで逃げるわけにはいかない。


 俺はそう思い、時計の針に触れた。

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