表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/187

124 一縷の光

 あの後、動かなくなったベテンブルグを置いて、急いで家から出る。

 途中、既にシルヴィアが止まったことで先ほどのゴーレムたちはすべて動きが止まり、シャルロットやスコットも物言わぬ死体に戻っていた。

 そして、外に出るとまず目に入ったのは、黒く巨大な、中心に目がある太陽のようなものと、それを取り囲むような紫色の空だった。


「……なんだ、あれ」


 思っていたことが呟かれる。

 その眼からは何か黒い液体のようなものが零れ落ちて、地面に落ちていく。

 常軌を逸した光景だった。

 少なくとも、俺の脳では理解できないほどに。


 そして、次に目に入ったのは、目を開けて倒れているレンの姿だった。


「……レン、くん?」


 俺は彼によろよろと近付き、体に触れる。

 しかし、彼の体はピクリとも動かず、体温も感じられない。

 どちらかというと、彼の姿は死体というよりも、糸の切れた人形のような印象を受ける。

 しばらくして、彼が死んでいることに気付いた。


「……え?」


 ただ、呟く。

 その言葉に、意味などない。

 だが、その言葉以上に、この世界の状態を表すことはできない。


 しばらくして、後ろにいた者たちが声を上げる。


「なんだ、あれ……」

「あれが、悪魔……?」


 俺は顔を上げて、彼らの指さしている方向を見る。

 そこには、真っ黒な人型の巨人が数十体、世界を闊歩していた。

 人型と表現したものの、彼らに顔らしきものはなく、首から上のない人間のような何かを形どっている。

 そして、同時に悟った。


『彼らには勝てない』、と。


 背後からは、泣き叫ぶ声や、全て諦めたのか笑う声もあった。

 中には、神に許しを請う者や、自身を殺すもの。

 反応は様々だった。


 そんな時、俺の体に影がかかった。


「――あ」


 そこには、木ほどの大きさの悪魔がたっていた。

 悪魔はただこちらへ歩いてきて、触れたものをレンと同じ物言わぬ死体に変えてしまう。

 俺はそんな彼に、恐怖してしまっていた。


 そんな時、俺を庇うように押しのける者がいた。


「……ニコ、ライ?」

「悪いね、地獄には先に行かせてもらうよ。君は……まあ、最後の希望というわけだ」


 同時に、彼の体が悪魔に飲み込まれる。

 彼は最後に諦めたかのような……それでも、何かにすがるかのような目で俺を見て、悪魔に飲み込まれた。

 悪魔はそんな彼を見もせずに、ただその場所をさまよい続ける。


 そして、俺はこの状況にようやく理解が追いついた。

 今の状況に対し、俺たちができることなど……。


「何もない、のか……?」


 俺はそう言って、膝から崩れ落ちる。

 その瞬間、揺れでソフィアが目を覚ました。


「……え? ラザレス?」

「ごめん、ソフィア。本当にごめん」

「え? 何がですか? 何のこと――」


 彼女は俺に問うが、俺に聞くよりも先に、あの太陽が答えてくれた。

 ……この世界は、守れなかったのだと。


「……え? 嘘、ですよね? これは、夢ですよね?」

「……ごめん」

「ラザレス、これは、一体……?」


 彼女は状況を確認すべく、周りを見渡す。

 しかし、周りにいる者たちは彼女の不安をあおるばかりで、この状況についてより一層説明してしまう。


「でも、でも、私が勇者なら、悪魔だって……」

「……落ち着いて、聞いてほしい」

「…………何ですか?」


「君は、勇者じゃない」


 端的に、そして、とらえる方としては冷淡に、事実だけを述べる。

 その事実に、彼女は力なくかぶりをふり、唯一ともいえる抵抗をする。


「え、嘘。嘘ですよね。私は、勇者で、それで……」

「……違うんだ。君の魔法は、全てその聖核の力によるものだったんだ」

「……意味が、分かりません。どういう事ですか?」


 彼女は必死に事実から目をそらそうとする。

 だが、その事実から目をそらしたいのは、彼女だけではなかった。


「そうだ、イゼルの人たちを助けないと! 来てくださいラザレス、確かこっちに避難させていて……」

「……っ! 待って、そっちは……!」


 俺は必死に彼女の手を取ろうと腕を伸ばすが、既に遅かった。

 彼女が向かった方向の先には、数十匹の悪魔が、徘徊していた。

 言葉にせずとも、これで彼女も悪魔の正体が分かった。

 分かってしまったのだ。


 数十体の悪魔。

 そして、足元には死体も何もない。

 楽観的にとらえれば逃げたということなのだが、悲しいことにソフィアはそこまで頭は悪くなかった。

 ……だから、気付いてしまったのだ。


「……あ」

「ソフィア……!」


 俺はとっさに彼女の眼を隠す。

 だが、その行為までが遅すぎた様で、彼女は必死に声を抑え、小刻みに震えていた。

 今にも、壊れそうなほどに。


「ソフィア、大丈夫だから、ソフィア……!」

「嫌、嫌です! なんで、なんでっ……!?」


 そう言って、俺の胸で泣き始める。

 俺はそんな彼女を抱え、ただ走り出す。


 ……そんな時、フェレスが俺の服の裾を引っ張った。


「フェレス……!?」

「……コートのポケット。お姉さんからもらった手紙が入っている」

「お姉さん……!? それは……っ!?」


 誰のことかわからない。

 だけど、今この場で頼るのは、その紙しかないのかもしれない。


 俺は言われた通りコートを探る。

 ポケットの中には、奇麗に四つ折りにされた紙が出てきた。

 その中にはきれいな字で、こう書かれていた。


『フォルセの時計塔へ来い』と。


 誰の字なのかはわからない。

 見たことのない字だった。

 だけど……もう、それにすがるしかない。


「……フォルセへ行こう。ソフィア、フェレス」

「フォルセで、何をする気ですか?」

「……わからない。でも、もしかしたら何かできることがあるかもしれない」

「でも、それでもだめだったら……!」


「大丈夫。俺がソフィアを助けるから」


 ……そうだ、俺はソフィアが好きだ。

 だからこそ、死なせたくない。

 俺に人間としての感情を抱かせてくれた恩人を、みすみす死なせるわけにはいかない。


 死んでこの世界が救われるのならそうしよう。

 ……もし、この世界が救われたときに俺の居場所がなくても、きっとそうすれば……俺も……。


 綺麗な足跡を、残せるだろう。


 俺はソフィアの手を取って、走り出す。

 ……だが、途中で振り向くと、そこにフェレスの姿はなかった。


 同時に、声が聞こえた気がした。


「また会いましょう、ラザレス」と。


 意味が分からなかった。

 ここで彼女が分かれる意味が、分からなかった。


 でも、もう立ち止まれない。

 今は、一刻も早くフォルセへ向かわなくてはならない。


 根拠はないが、そう感じていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ