123 終極
たどり着いた場所は、俺があの力を手に入れた場所……図書室だった。
だが、棚はすべて端にどかされ、その中心には、ベッドに寝かされたソフィアと、そのベッドに座るシルヴィアの姿があった。
ソフィアの胸の上には、既に砕かれた聖核が散らばっている。
「……一応聞いてやる。何で悪魔を呼び出そうとする。何でこの世界に仇をなそうとする」
「この世界に価値を感じないもの。ベテンブルグという私にとって唯一越えるべき壁であった男も消えた。そんな退屈な世界を変えるために、悪魔を呼び出そうとしているの」
「なら、自ら命を断てばいい。俺達にはありがた迷惑な話だ」
「そう頭ごなしに否定するものじゃないわ。もしかしたら、あなたの望んでいた世界が見えるかもしれない」
「少なくとも、お兄さんが望む世界は見えませんよ」
その言葉とともに、リゼットや、賢者の法の者たちが彼女を囲うように現れる。
その中には、ニコライやグレアム、リンネ、そしてユウなど見知った顔もあった。
「……お前ら」
「待った、今は君と戦うつもりはないよ。そこの巨悪をぶっ潰して、それから相手してあげるからさ」
「巨悪、ね。悪魔を封じるためにこの世界の人間すべてを滅ぼした男が何を言っているのやら」
「おいおい、今時動物だって同種間で殺し合うってのに、人間がしちゃいけない理由なんてないだろ? 俺達はひっくり返っても動物なんだよ?」
「ニコライ。今は控えてください」
「はいはい、分かりましたよ。教皇様」
彼はそう言って頭を下げる。
そして、リゼットはそのままシルヴィアを睨んだ。
「誰がこの世界を滅ぼせと命じた。貴様にその権限があるというのか?」
リゼットは聞いたこともないような声で彼女に詰め寄る。
……違う。彼女の見た目はリゼットだが、中身や雰囲気は全然違う別物だ。
俺はそんな彼女にたじろぐと、ぽんと俺の肩にニコライが手を置いた。
「見てなよ。怪獣同士の口論だ」
「え?」
俺は彼の発した言葉に気を取られ、彼の手を振りほどくことも忘れ、彼女たちを見る。
「……ようやくあなたと話せるのね。姿は何度も見たけど、こうして話すのは初めてじゃないかしら?」
「御託はよい。貴様如きが悪魔を呼び出そうとしていたのか?」
「ええ」
「愚かな」
彼女はそう言って、ふっと鼻で笑う。
シルヴィアはそんな彼女に舌打ちして、一歩こちらに近づく。
「悪魔は貴様の目論見通り今もこの世界に封印されている。条件を満たせば、彼らも目を覚まし、またこの地に災厄が訪れるであろう」
「……何が言いたいの?」
「ああ。そんな貴様に一つだけ、悪いニュースを教えてやりに来たんだ」
「ここにいる者、全てが貴様の敵だ」
そう言うが早いが、彼女を囲っていた魔導士たちが一斉に氷の柱で彼女の体を貫く。
シャルロットの姿である今のシルヴィアにその魔法を避けキレるわけがなく、体の節々まで貫かれていく。
「それだけではない。ここには我らが同胞と、そしてもう一人、我が子がいる」
そう言って、彼女はいつの間にか俺の後ろへ回り、肩に手を置く。
そして、俺の耳でささやいた。
「殺せ、我が最高傑作。諦めていないのなら、我が手を取れ」
「……どういうことだ」
「そのままの意味に決まっている。貴様は私が自ら形作った最高の魔力の塊。いわば、我が子だ」
「教えてくれ、お前は誰だっ!?」
「そう急かなくとも、そこな馬鹿から直に吐かれるだろう」
彼女はそれだけ言うと、俺の背後から、シルヴィアのところまで歩いていく。
そして、体中を串刺しにされ動けなくなったシルヴィアの頬を撫でた。
「勝負ありだ。人間如きが、私に敵うと思ったか?」
「……流石ね。卑怯という言葉を贈るわ」
「ほう、まだ余裕があると見える」
「さて、我が子よ。今すぐこいつを殺せ」
彼女はそう言って、シルヴィアの周りから離れる。
それと同時に、俺の全魔力を込めた氷の槍が、数十本空に浮かび始めた。
正直、彼女が言っている意味は分からない。
でも、今を逃したらきっとこいつはもう殺せない。
だから、殺す。
氷の槍が、次々と彼女の体に突き刺さっていく。
彼女の体は岩石だ。血は出ない。
だが、それでもこうして串刺しにしていけば、きっと彼女だって動けなくなるだろう。
しばらくして、俺の氷の槍で彼女の姿が見えなくなった。
もう俺の魔力もつき、立っているのがやっとだ。
俺はリゼットの方を向くと、彼女は少し微笑んだのちに、シルヴィアのもとへと歩いていく。
「痛がるふりなど止せ。我が子を惑わすな」
「……流石に見逃さない、か」
「ああ。当たり前だ」
「さて、最後の一撃は私がくれてやろう。ここまで私たちを出し抜いた褒美だ。受け取れ」
彼女はそれだけ言うと、彼女の周りに霧が出てくる。
目を凝らしてシルヴィアを見ると、床から黒い手が伸び、彼女の体を包んでいく。
「な、なにこれ……!? 何をしたの!?」
「褒美と言ったろう? 貴様に魔力を込めてやろうと思ってな。我が子ではないと破裂するほど、膨大な魔力だ」
「……流石に、魔核は相手が悪かっ――」
彼女が最後まで言い終わる前に、黒い手に取り込まれ、彼女はどこかへと消えていく。
リゼットはそれを見もせずに部屋から出ようとすると、その瞬間に彼女の体を貫く何者かの手があった。
その手の先には……昔、お世話になっていた男の姿があった。
「失念していたね。魔核ともあろう者が、私の存在を忘れていたとは」
「……お前、は」
「既に見知った顔もいるが、改めて挨拶しよう」
「私の名は『メンティラ=ベテンブルグ』。先代ベテンブルグ当主にして、貴様たちの『敵』だ」
彼……ベテンブルグはそう言うと、彼女の身体から心臓に似たどす黒い何かを引っ張り出す。
いや、何かじゃない。
あれは、昔見た魔核そのものだった。
「……何故、あなたがそこにいる。それにメンティラは貴方の名前じゃな――」
「私の名だよ。彼の偽名は、私が与えた。元々呼ぶものもいなかったからね」
「……っ」
「そして、何故ここにいるか? だったね。簡単だよ。私はゴーレムだ。スコット君と同じ、自我を持つことを許されたゴーレムだよ」
彼はそう言うと、持っている魔核を見つめる。
その足元には、血だまりの中に倒れているリゼットの姿があった。
「さて、かかってきたまえ。ここにいる私は紛れもなく、君たちの敵なのだよ?」
彼の言葉とともに、俺の周りにいた者たちが、一斉に彼の方へ向かっていく。
だが、魔法は魔核に吸い取られ、呪術を持たない者は戦力にもならない状況だった。
……つまり、今この場にいる俺もお荷物ということだ。
そのことに気付き、せめてソフィアを守るために彼女を背負って、一番後ろまで下がる。
背後を振り返ると、ユウが自身の剣技で彼を切り裂こうとするが、それも簡単に素手でいなされてしまう。
そして、次の瞬間近くにいたリンネの両目を切り裂き、そのことに動揺したユウの刃を手から弾き飛ばす。
そのまま弾き飛ばした刃を踏み壊し、肩をすくめて皮肉交じりに笑う。
「来なよ、ニコライ。君が来ないと、私には勝てないとわからないのかい?」
「……やれやれ。以前戦った時とまるで立場が真逆だね」
彼はそれだけ言うと、溶けて彼の背後に回る。
だが、それも読まれていたらしく、首をベテンブルグにつかまれてしまう。
だが、その瞬間にニコライは勝利を確信したような笑みを見せた。
「……何故笑っている」
「一人、君が忘れているからさ」
彼はそれだけ言うと、両腕で彼の手をつかむ。
それはもがき苦しむときのそれではなく、ただ『逃がさないように』つかんでいるように見えた。
その瞬間、彼の魔核を握っている腕が、グレアムによって切り落とされた。
「……なっ」
「なんどやっても勝敗は同じ。それでこっちには狂犬がいるんだ。君が勝てるわけが――」
「んちゃって、というやつだ」
彼の切り落とされた腕は空中で持っていた魔核を握りつぶす。
その瞬間、彼の腕から何かが黒い靄となって這い出て、そのまま空へと浮かんでいく。
その瞬間、俺の中の胸騒ぎが急に静まった。
同時に、こうも思ってしまった。
『終わりだ』、とも。




