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121 宿命

 彼は野太刀を構え、こちらへと踏み込んでくる。

 その行為は、縮地といったものだろうか、目にも見えず、そしてさらに近付く音さえも聞こえず、俺の懐に野太刀とともに飛び込み、すさまじい轟音とともに一閃する。

 凄まじい気迫に、自身の体を突き抜けるかのような殺気。

 それまでの動作はたった一瞬のことだった。


 俺は全身の筋肉を回避に集中し、その野太刀の剣筋から体をそらす。

 そして、俺はなんとか態勢を立て直し、魔力を込めた左腕で彼の右頬を狙い、渾身の力で殴り掛かった。


 だが、彼には俺の真の狙いがわかったようで、即座に俺から離れ、その左手から距離を取る。


 俺は魔力を込めた足を地面につき、そのまま俺を中心に地面を凍らせていく。

 彼はそれから逃れるために飛び上がり、地面の氷に向けて野太刀を一閃する。

 空を切る爆音とともに、地面の氷は砕け散り、向けられていない自身の体さえ風圧で吹き飛ばされそうになる。

 そこに彼は着地すると、剣先をこちらへと向ける。


「……チッ」


 思わず舌打ちしてしまう。

 こちらも常識はずれな力を持っているが、彼はそれ以上だ。

 元々本気だったが、一瞬でも油断したらこちらの首が落ちるだろう。


 俺は空を舞っている氷を電気に変え、彼の動きを制限する。

 もしここで彼が剣を振ろうものなら、そこで電流が彼の体を流れ、大きな隙ができる。

 だが、彼はそれも承知しているようで、ただ黙ってこちらを見つめている。

 まるで、挑発するかのように。


 俺は電気に変えていた氷を火柱に変え、そのまま彼の体を焼こうとする。

 だが、彼は一度剣を振ると、風圧とともに火柱がすべて消えてなくなってしまう。


 ……やはり、彼だけは一筋縄ではいかない。


 そう思った瞬間、急に宙を舞っていた氷がすべて砕け散り、目の前にはあの野太刀が迫ってきていた。

 俺は音速で近づいてくる死を土壇場で横に飛んで躱すと、後ろにあった木が倒れる音が聞こえる。

 見ると、そこには綺麗な切り口をこちらに向けて倒れている木々の姿が目に入った。


「……ッ!?」

「……余所見をしている場合か?」


 彼はそれだけ言うと、俺肩から太ももにかけて一閃する。


 その一閃は、先ほどのものとは遜色ないものであり、決して躱せない者ではなかった。

 だが、俺は彼の言う通り、余所見をしてしまった。


 彼の持っている野太刀が、俺の体を肩から切り裂いていく。


「――――あ」


 野太刀に撫でられた場所が燃え盛るように熱くなる。

 その痛みに顔をゆがめるが、彼の第二撃に備えるため、無理にでも態勢を立て直す。


 だが、彼は俺の血を見て距離を取った。

 そしてその際、不自然に俺の血が空中に浮いていることに気付く。


 ……ああ、ようやく理解できた。

 彼の巨大な野太刀はただの陽動にしか過ぎない。

 本当の武器は、ここにある()だ。

 ザールの眼鏡が割れたのも、それが理由だろう。


 同時に、俺は自身の勝ちの目が見えたことを理解する。

 彼は、この土壇場にして恐れたのだ。

 以前の敗北を。俺の魔法を。


 なら、相手が人間なら……相手が、敗北を恐れる人間なら、こちらの方が上手だ。

 人間を食らうのは、化け物の宿命だから。


 そのまま糸にかかっている血をたどらせ、彼の糸を凍らせていく。

 だが、それに気付いたのか彼も糸を切り離した。

 ……その行動が、大きな隙になっているとも気付かずに。


 俺は自身の指先から氷の槍を作り出し、彼の右肩を貫く。

 そしてあと四本のそれぞれの指先から彼の体を貫いていく。


「勝負ありだな」

「……まだだ」


 彼は氷を噛み砕き、野太刀を握っている腕を自由にする。

 そのまま、彼はそれぞれの氷を切り落としていく。

 だが、傷は思っていたより深かったらしく、自由になった瞬間に膝から崩れ落ちた。


「……ふ、これが年というものか」


 彼は自身の刀を杖として立ち上がり、それでもこちらへと走ってくる。

 俺は……敵であるにもかかわらず、傷つきながらも立ち向かってくる彼の姿に、見惚れてしまっていた。

 だが、空中に浮いていた電流をまとった氷が彼の刀に一瞬だけ当たり、その衝撃で彼は刀から手を放してしまう。


 その瞬間、彼の膝が地面につき、その先から段々と凍り付いていく。

 俺も……そんな彼と同じように、地面に膝をつく。


「……は、ぁっ。俺の、勝ちだな……!」

「……ああ。そうだな。お前の勝ちだ」


 俺は確かめるように彼は聞く。

 彼は……悔し気に、そしてどこか誇らしげに、その言葉をつぶやく。


「……ふ。貴様に殺されるというのなら、悪い話ではないな」

「そう、かよっ……」


 少し余裕がありそうな彼とは対照的に、もうすでに俺の意識は絶えそうになっていた。

 左腕を胸に当てて治癒魔法をかけているが、瞬時に治るものではないため、その間痛みに耐えなくてはならない。

 それに、当てている手が今はものすごく熱く感じた。


「最後だ。少し、話をしてもいいか?」

「……ああ。出来る限り短く頼む」

「感謝する。話というのは、ほかでもないリゼットのことだ」


「リゼットは幼いころから両親から虐待を受けてきた。理由は……名門貴族の跡取りとしては彼女の兄で十分であるため、彼女の存在は『余分』だったんだ」

「……余分」

「そのうち、彼女は次第に歪んでいった。自身の存在価値に自信が持てず、それを奪った兄や両親、世間が憎くなっていったと語っている」


 ……何も、言うことはできない。

 それに気付かなかった俺に対しても、それまで何もしてやれなかった事実に対しても。


「そして、ある夜彼女は誘拐され、一人の青年に助けられたという」

「……それは」

「そう、貴様だ。貴様だけは、彼女をしっかりと目でとらえていた。彼女はそんな貴様に対し、いわゆる自身の存在価値を見出してしまった」


「彼ならば、私を受け入れてくれる。と」


「勿論、貴様は人を選んで助けたわけではないことは私が承知している。だが、貴様は一人一人に面と向かって話す癖がある。それが、致命的な悪癖にもなったということだ」

「……じゃあ、俺が悪いのか」

「そうとも言い切れない。言うならば、世界が悪い。としかな」

「……やりきれないな」

「ああ。そしてもう一つだけ伝えておこう」


「今の彼女はリゼットではあるが、リゼットそのものではない」

「……どういうことだ?」

「貴様は、ラザレスそのものではないのだろう?」


 彼がそう言った瞬間、彼の背中から何かが飛んでくる。

 俺はそれを確認すると、以前見たことがある矢だと確信した。


 それと同時に、彼の体に矢継ぎ早に矢が飛んでくる。

 数十本の矢が彼の体を貫くと、彼は顔から地面に倒れ、絶命した。


 俺は矢の飛んできた方向を睨むと、そこにはクロスボウを構えたぺスウェンの兵士たちがいた。


「ラザレス、大丈夫か!?」


 その言葉とともに、リクがこちらへと駆けてくる。

 俺はそんな彼を睨んだ後、息を吐きながらその問いに答える。


「……ああ。平気だ。この傷も、大したもんじゃない」

「そうか。今陛下からお前に対して救援を送るよう手配されてな。それで、ベテンブルグ卿はどこへ?」

「わからない。フォルセと抗戦中にはぐれた。お前が見ていないというのなら、この近くにはいないのだろう」


 俺はそう言って、地面に腰を下ろす。

 ……こいつらが、悪魔を復活させようとしている。


 今ここで、排除すべきか?


 その問いが、胸の中で響く。

 しかし、その問いについての考えを邪魔するかのように、声が俺の耳に飛び込んでくる。


「やあ、ラザレス。久しぶりだね」

「……マリアレット」

「挨拶しただけじゃないか。睨まないでくれよ」

「…………悪い、疲れてるんだ。後にしてくれ」

「そうもいかない。私たちの計画を、君に話しておこうと思ってね」


「我々は今宵、フォルセへ進軍する。フォルセの同盟を一方的に破ることになるが、義はこちらにあるからね」

「……そうか」

「おや、浮かない顔だね。なにか気になることでもあるのかい?」

「いや。……ともかく、俺はその戦争には参加できない」

「へえ?」

「俺にはまだ、することがある。フォルセもマクトリアも、ましてやぺスウェンさえも関係ない。ソフィアだって……」


 俺は自身の言っていることに気付き、口をつぐむ。

 ……俺は、今何を言おうとしていた?

 自身の恐ろしい言動に気付き、俺は顔を背ける。


 そんな俺に対し、彼女はささやくように告げる。


「これは勘だけどね、ソフィアは今君の家にいると思うよ」

「……どうしてそう思う?」

「シャルロット……だったかな? 彼女は君の家に向かうといっていたのだろう? なら、共通の目的地で一度集合するという判断を彼女なら下すはずだ」

「……それなら、マクトリアだってそうじゃないか」

「もしマクトリアなら、私たちが保護しよう。私たちは一度、マクトリアに向かうからね」


「せいぜい頑張って見せなよ。賢者様?」


 彼女はそれだけ言うと、リクの元へと戻っていく。

 ……やれば案外なんとかなる。

 もしかしたらその言葉は、今の事例には当てはまらないのかもしれないという不安を残し、俺は自身の家に向かった。

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