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119 理解者

 彼女は薄く目を開けて、こちらを見る。

 見えていないのはわかっている。だが、それでも彼女の光のない目が、俺を見透かしているように感じて気持ちが悪かった。

 それに、彼女が俺のことを『兄さん』と呼んだ時、俺の記憶の中から彼女の記憶が浮かび上がってくる感覚を覚え、めまいで倒れそうになる。


「……魔核により生み出された魔力は、年々強大になっていき、中には兄さんのように、飛びぬけた魔力の持ち主もたまに生まれました」

「だから、俺が悪魔だってことか……?」

「違います。ただ、魔核から魔力を与えられ続ければ、いずれはそうなる素質はあったということだけです」


「だが、あなたは受肉した。魔女ではなく、人として生まれた。それをどう受け取るかはあなたの自由ですが……元々良い感情からあなたをラザレスにしたのではないということは、既に聞いているはずです」

「……ごめん、なんて言って許されないよな」

「ええ。私は貴方を許しませんし、同時にあなたに許されることもないでしょう」

「……本当に、兄妹なんだな」

「お互い、残念ながら」


 ……ああ、覚えている。

 俺はただ、生き残りたい一心で、自身の妹を殺そうとした。

 涙を眼に浮かべ、助けを求めながらかぶりを振る彼女の姿は、今でも覚えている。


 だが、彼女が言った通り許されることはない。

 それに、その時は俺が彼女を殺そうとしなければ、俺が彼女に殺されていたのかもしれなかったのだ。

 生き残れるのは、ただ一人なのだから。


「話を戻しましょう。悪魔は、魔核から受けついだ強大な魔力に自我を失い、触れた生命を魔力として魔核に捧げる。つまり、悪魔はただのパイプにすぎません」

「……だから、記憶も何も持っていない?」

「はい。彼らに感情などありませんし、死もありません。目的があるとしたら、魔力を吸い上げる、ということ以外ない、と記述されています」


 ……自我もなく、死にもしない。

 シルヴィアは、それでも呼び出そうとするのか?


 俺はシャルロットを見ると、気まずそうに眼をそらす。

 その様子で、シルヴィアはすべてを知ってこうしているのだろうということがわかった。

 同時に、もう止めるのに一切の躊躇もいらないとも。


 そんな時、フェレスが口を開く。


「あの、記述されていたということは……書いていたってことであってるよね?」

「はい。……えっと、お名前を聞いてもいいですか?」

「フェレス、だそうです」

「……フェレス、ですか」


 彼女は気のせいか、俺を見た気がした。

 ここで俺の世界の言葉を知っているのは彼女と俺だけだ。

 別にこの世界では珍しくない名前だが、それでも気になったのだろう。


「その、書いていたってことは、どうして昔の人はそのことが分かったんですか?」

「……一度、この世界に生まれ落ちたことがあるんです。はるか昔、まだ魔法がなくなってすぐの時代に」

「それで、どうしたんですか?」

「勇者が、魔核から魔力を吸い上げる『聖核』という道具を作り出しました。ですが、その魔力はあまりに強大で、当時の彼の息子と二分しても、気が狂うほどだったそうです」

「……それで、その息子も魔力を自身の息子に分け与えた。そして、分け与えて行って、今の勇者ということ?」

「……? いえ、それは少し違います」


「勇者の血筋は、ミケルで絶えました」


 ……彼女は、不思議そうにそう答える。

 何を、言っている?

 まだ、勇者が一人いるはずだ。この世界に、たった一人。

 ソフィアという、勇者が。


「なら、ソフィアはなんなんだ!? 彼女は魔法が使えて、それで……!」

「あれは聖核が自己防衛をしているだけです。それを彼女が使いこなしている、というだけなのです」

「なら、今まで自身を勇者と信じ、迫害を受けてきた彼女は一体何だったんだ!?」

「言ってしまえば、マリオネットですね。それも、シルヴィアの」

「……え?」

「彼女は、丁度良く五歳までの記憶がなくなった少女にすぎません。そんな時、彼の親代わりとして生きていたベテンブルグの言葉を、彼女は疑うとでも思いますか?」

「なら、彼女は……彼女の記憶は……」

「全部、ベテンブルグを通したシルヴィアのまがい物でしかありません。他者を拒絶し、自身のことを勝手に勇者だと思い込んでいる、都合のいい人形。それが、彼女です」

「なんで、なんでそんなことをしようとしたんだ!?」

「賢者の法を欺くため、でしょうか」


 そう言って、彼女は立ち上がり、白杖を持つ。

 そして。こちら側へと歩みより、ベッドの端に腰を下ろした。


「賢者の法のあの異変、何故あの時ほかの国は介入しないのか、わかりませんか?」

「それは、賢者の法のせいで交通網が滞って……」

「違いますよ。その時確かに、世界中では『イゼル』は存在しない国だったんです。私の手によって」

「……なんでそんなことを?」

「鈍いですね。簡単ですよ」


「人の肉に無理やり受肉させた悪魔。イゼル国民をすべて、滅ぼすためです」

「……は?」


 驚きの声が漏れる。

 イゼル国民が、悪魔?

 俺達が守ってきた人たちが、悪魔?


 俺は周りを見る。

 フェレスを除いた二人は、俺から目をそらす。

 だが、無情にもシアンの言葉は続いていく。


「以前マクトリア領内で、ぺスウェンの子供がイゼルとマクトリアの同盟を邪魔したことがあったはずです」

「……国王のことか」

「はい。それはなぜだか、聞かなかったのですか?」

「それは……」


「単純ですよ。ぺスウェンは悪魔の復活を望んでいる。自身の力の誇示のため、死のない悪魔を死に至らしめようとしているんですから」


 そう語る彼女に対し、自身の腹の底から怒りがわいてくる。

 当たり前だ。今まで信じてきたものを、全て侮辱されたのだから。


「……ふざけるなよ。それを信じて、今度はイゼル国民を殺せってのか!?」

「信じなくても構いません。ただ、今この場で嘘をついて、あなたを味方に引き入れる必要があるかどうか、考えてみてください」

「……ッ」

「あなたがこの情報を胸に隠すも、ソフィアに伝え、彼女に対し不信感を与えるも、好きになさってください」

「俺は……」


 俺が答えあぐねていると、突然部屋の奥にあった窓が割れ、何かが飛び込んできた。

 そして、同時にシアンに向けて、何かが飛んでくる。


 それは――そのまま彼女の体を貫いた。

 見ると、そこには見覚えのある槍が、彼女に突き刺さっていた。


「シアン!」


 スコットは慌てて彼女に駆け寄る。

 だが、彼女を貫いたままの槍が、そのまま彼の前の空間を一閃し、近づけなくしていた。


「……ハハ、アッハハハ! 楽しそうな話をしているではありませんか! 悪魔? 勇者? そんなものの、何が怖い!」

「フィオ、ドーラ……?」

「もっと僕を恐れろよ、ほら! 僕の話を、僕の名を、震えながら呼んでみろ!」

「……お前」

「そうだ、怒れよ。僕に対して、怒りを抱け。そしてそれを乗り越えて……」


「僕はようやっと、世界に認められるんだァ!」


 彼は素早く彼女の身体から槍を抜き去ると、そのまま俺の体を貫こうと、突進してくる。

 俺はそれを後ろに倒れることでかろうじて回避し、そのまま左手と、瞬時に作った氷の右腕をついて飛び上がる。

 そして、触れた右腕から彼の足元まで、カーペットを凍らせたのだが、彼は靄となって逃げてしまう。


「なんだよ、また以前と同じか? 君の戦法、いまいちレパートリーが乏しいよねぇ」

「なあ、お前は何が目的なんだ」

「僕の目的? 簡単だよ」


「僕は昔から馬鹿にされてきた。誰も僕のことを覚えてくれない。誰も僕に期待しない。親の七光りだといって、誰も僕のことを理解しようとはしてくれなかった! ベテンブルグ家やノエル家でさえ、僕を対等に見ようとはしていなかった!」

「……理解、ね」

「僕は何もしていない。僕は、何も悪くないのに……!」

「……」

「だけどラザレス、君は違うよな?」


「君だけは、僕をまっすぐに見つめてくれる。僕と、台頭に向き合ってくれる。だからこそ、僕は君を超えて、世界に認められるんだ!」


 彼はそう言って、俺に向けて突撃してくる。

 彼の眼に理性はなく、ただ本能のみで行動している印象を受けた。


 だから、彼はこういった罠にかかる。


 彼が貫いた槍は、()()()()()()を砕いた。

 そして、同時に彼の周りから火柱が上がる。


「あああああアアあッ! 熱い、何故、なんでぇ!?」

「……なぁ、お前に一つ言っていいか」


「お前は誰かに理解されようと思って、生きてきたのか?」


 ……返答はない。

 彼の……どこか、愚者に似た姿をした彼の姿も、ここにはなかった。

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