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118 起源

 俺達はあの後、マクトリアへ客人として招かれ、客間で指定された椅子に座っていた。

 その間、俺は何も言わずに、ただどうなるのかという疑問だけを抱えて時間を待っていた。

 そんな時、客間の扉が開け放たれる。


「待たせた。女王が貴様らを通してもいい、と仰せられた」


 その声とともにやってきたのは、以前マクトリア国王と名乗っていた男だ。

 だが、彼の不遜な目は一切変わっている様子はない。

 それに対し、シャルロットは若干頭を下げると、立ち上がりそのまま彼の後をついて歩いていく。


 俺もそんな彼女に倣って歩き出すが、その際に俺の肩を何者かの手が抑えてきた。


「ラザレス、きっとこの先、君はとてつもなく、その……ショックな出来事と対面することになる。それでも……」

「大丈夫だよ、父さん。もう、覚悟はできている」

「……そっか。ごめん、お節介だったね」


 彼はそれだけ言うと、前を向いて歩き始める。

 俺もそっとフェレスの手をつなぎ、歩き始めた。


「はぐれないように、ね」


 彼女は俺の言葉にうなずく。


 ……今思うと、その時の俺は不安だったのかもしれない。

 ただ、誰でもいいから側にいてほしかった。

 だから、彼女の手を握ったのかもしれない。



 しばらく歩いただろうか。

 マクトリア城は灰色のレンガに、緑色のカーペットが敷かれている、いかにもといった内装だった。

 だが、途中からその基調は途切れ、気が付くと床も壁も、すべてが半透明な水晶の様なもので出来ていて、自身の顔が映りこむ。

 そして、もう一つ不思議だったのが、ここの場所には一つも燭台がないのだ。


 ……だが、綺麗だと思った。

 同時に、どこか怖い、とも。


 怖い要素などどこにもない。

 でも、その水晶が俺の心全てを見通しているかのようで、妙に気分が悪かった。

 なにより、どこを見ても向こうの俺と目が合うのが、余計に怒りを覚えさせるのに十分なほどの嫌悪感を感じさせた。

 そんな俺に、吐き出すように言葉を吐く。


「……なんだってんだ」

「……ラザレス?」

「ああ、いや。なんでもないんだ」


 俺の様子に違和感を感じたのか、フェレスは俺の顔を見上げ、不思議そうに俺の顔を見上げる。

 俺はそんな彼女に微笑んだ後、前を向きもう一度歩き始める。


 そして、しばらく行った突き当りで、俺たちは足を止めた。


「さて、この部屋が女王陛下の私室になる。くれぐれも粗相はしてくれるな」


 彼は一度俺たちの顔を一人一人見渡した後、皮肉交じりな笑みを浮かべる。


「……ふっ、今更私が『女王陛下』などといっても、だれも驚かんか。不思議ではないが、同時に寂しくもあるな」


 彼はそれだけ言うと、水晶の壁に手を触れ、そのままこちらに引く。

 すると、その壁は観音開きの扉のように、こちら側へ開いた。

 俺はその様子に呆然としていると、シャルロットが先導していることに気付き、慌てて彼女の後を追う。

 俺がその扉をくぐると、後ろから扉の閉じる音が聞こえた。



 そして、部屋の奥にあるベッドには、起き上がりこちらに顔を向けているシアンの姿があった。


「お客人、ですか。その足音だと、四人でしょうか?」

「……シアン、僕だ。スコット、スコット=マーキュアス」

「……ああ、その声。よく覚えています。少々しゃがれていますが、スコットなのですか?」

「うん。そうだ、僕だ」


 シアンは目を閉じたまま、ふっと笑う。

 ……何故、彼女は目を開けない?


 俺はそのことに触れようか考えていると、突然シャルロットが口を開いた。


「女王陛下にお訪ねしたことがあります。悪魔とは、今どこにいるのですか?」

「……失礼ですが、お名前を」

「シャルロット。シャルロット=ノエルです」

「……ああ。確か、シルヴィアさんの妹さんでしたよね?」


 シアンは納得がいったようにうなずく。

 シャルロットは彼女の様子を見て、そのまま話を続けていった。


「お願いします。私たちは、魔核と聖核を中和するために行動しています。だから、悪魔についての情報を教えてください!」

「それには少し、段階を踏む必要があります。お付き合い、望めますか?」

「……どうか、手短に」


 シャルロットは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、半歩下がる。

 だが、シアンはそのことに気にした様子はなく、ただ話始める。


「私たちマーキュアス家は、勇者を導く存在。端的に言うと、勇者の敵となる悪魔を警戒する家系として、古くから存在してきました」

「……それが、何か?」

「ですが、私たちマーキュアス家は、現当主ラザレス=マーキュアスが、三代目なのです」

「……どういうことですか?」

「私たちは大昔にほろんだマーキュアス家の遠い血のつながりを利用し、名を騙っているにすぎません。ですが、私たちの存在で、悪魔の行動を大きく制限できたのも事実です」


 彼女はそう言うと、ベッドから立ち上がり、近くの椅子を引っ張ってこちらを向くように座る。

 だが、少しだけこちらから顔がずれていることで、ようやく彼女の異常に気付いた。


 シアンは、今目が見えていないんだ。


 だが、そのことで話の腰を折るわけにもいかず、黙って彼女の話の続きを促す。


「数千年も前、この世界には皆様もご存じであるはずの魔法がありました。昔は人間さえも、この魔法を使いこなしていました」

「……人間が、魔法を?」

「はい。ですが、魔法は人間には過ぎた力でした。火を使えば山を燃やし、氷を使えば川をも凍り付かせてしまう。そして、彼らはそんな恐ろしい力を、戦争に向け始めました」


 ……彼女は微笑みながら、話を続ける。

 その笑みがどこか、今は空虚なものに感じられた。


「次第に世界は崩壊し始め、草木も灰になり、ただ荒れ果てた地が広がり始めました。そんな時、当時の魔導士はこう考えました」


「『魔法という技術を、この世界から隔離しよう』と」


「……そんなことが、可能なのですか?」


 俺は、ひねり出すように彼女に聞く。

 彼女は突然の声に驚いたかのようにこちらを向いた後、そのまま微笑んで続ける。


「はい。当時の魔法ならば、可能でした。この理由は後程お話しします」

「……ありがとうございます」

「いえいえ、続けますね」


 俺はまた黙り込み、彼女の話に聞き入る。


「ある日、魔力を吸い取る魔法を考案し、成功させた魔導士がいました。彼は世界中の魔力を吸い取り、それを一つの巨大な石として管理する技術を有していたのです」

「……それが、魔核ですか」

「はい。この力を持つ者が、のちに勇者と呼ばれることになります」

「……じゃあ、魔力を吸い取る魔力は、魔核に取り込まれてはいないのですね」


 彼女は頷く。

 そして、そのまま話は続いていく。


「そして、彼らはこの世界の大陸一つを残し、ほかの大陸に分裂させた魔核を植え付け、世界から隔離させました」

「……それで、世界はどうなったんですか?」

「魔法という便利な力がなくなり、世界は大きな混乱に陥りました。でも、すぐにその問題は解決します」


「その魔力を吸い取った魔法使いが、『呪術』と呼ばれる魔法を応用したものを作り出しました」


「……それは、今の呪術と同一のものですか?」


 気が付くと、俺は彼女に尋ねてしまっていた。

 だが、話の腰を折ったのにもかかわらず、彼女は気にもせず話し続けてくれる。


「はい。その時の呪術の原本が、今イゼルにある呪術と変わらないものであるのは確かです」

「ありがとうございます。ごめんなさい、続けてください」


 俺が軽く頭を下げる。

 だが、彼女は構わず話し続ける。


「ですが、呪術というのは大きなリスクを伴う力。まもなくして、彼らは魔法という力を返すよう、勇者に要求し始めます」

「……それで、どうしたんですか?」

「彼らから、記憶を奪いました。自身が魔法を使えるという記憶、そして本に至るまですべての記述を、消し去りました」

「……っ」

「ですが、ある日問題が起こりました。異世界に隔離したはずの魔核が意思を持ち、それぞれの世界で独自に文明を築き、そしてこの世界に侵攻するという災厄が起こりました」


 彼女は、眉も動かさずに淡々と言葉だけを述べる。

 ……その姿は、まるで人形のようだった。


「そして、ある日魔核は一つになり、大きな魔力そのものの存在である、『悪魔』というものを生み出す存在になります」

「……魔核が、悪魔?」

「はい。そして、その悪魔に最も近い人物がここにいます」


「そうですよね。ラザレス=マーキュアス。……いえ、兄さん?」


 そう微笑む彼女の笑顔の裏には、うすら寒いものを感じざるを得なかった。

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