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12 日常

 俺は窓から流れ込んでくる朝日を見て、昔を思い返す。


「……あれは、夢じゃないんだな」


 ……俺はベッドから降りて近くの椅子に座り、ため息をつく。

 スコットやシアンが死んだ。

 何の縁もなかった彼らによって。


 「夢であればよかった」。そう呟いて椅子から立ち上がり、扉を開けると、そこには寝間着姿のソフィアが立っていた。


「……どうしたの?」

「朝ごはんです」


 ソフィアはそれだけ言うと食堂に向けて歩き始めた。

 だが、完全には目が覚めていないらしく、足元がおぼつかない。

 それに、今思えば先程の応答も少し変だ。


「……大丈夫?」

「あなたに心配される義理はないです」


 ……わざわざ起こしに来てくれたのだから、少しくらい気を許してくれたと思ったが、そんなことは別になかった。

 俺はソフィアより前を歩き、後ろを向きながら足元のおぼつかない彼女を見ながら歩いていると、いつの間にか食堂についていた。

 食堂には、すでに丸いテーブルの奥のほうに位置していたベテンブルグが、ニヤけながら俺達を見ていた


「おはよう二人とも。今日も元気そうで何よりだ」

「おはようございます」

「……おはよう」


 ソフィアは軽くそんなベテンブルグに頭を下げ、食事の席に着いた。

 早朝なので、メイドの足音はしない。

 だから、食事中は静かなものだったが、俺が食事に手を付ける前に、すでに食べ終えたベテンブルグが口を開いた。


「そうだ、ラザレス君。今日何かする予定はあるかね?」

「特にはないです」


 来たばかりの家ですでに用事があるほうが珍しいと思うのだが。


「それは重畳。では今日は、私の剣の鍛錬に付き合ってもらえないかね?」

「ベテンブルグさん、剣術で来たんですか?」

「ああ。自分で言うのもなんだが、かなり強いぞ」


 ……そうは見えないが。

 彼の見た目はどう見ても四十半ばの初老の男性。

 髪はほとんど白髪に染まっていて、モノクルのせいか余計に老けて見える。

 見た感じだと、王宮で書類整理でもやってそうな、そんな感じだった。


「さて、私は先に中庭に行くとしよう。ソフィア、食べ終わったら案内してあげなさい」

「……どうして私なんですか?」

「メイドたちの勤務時間は八時から、今は六時。時間外労働は感心しないものでね」


 ベテンブルグは笑いながら食堂を出て、姿を消す。

 俺はその姿を横目で見届けた後、彼女のプレッシャーに押されながらパンをかじっていた。

 どうやらこの家の食事は味がしないらしい。




 俺はあの後ソフィアに付き添われ、中庭に辿り着いた。

 中庭には芝生が敷かれ、隅々に花が植えられている。

 その中央にはモノクルを外したベテンブルグが、準備体操をして俺達を待っている姿があった。


「ソフィア、君も見ていなさい」

「どうして私が?」

「必要なことなのだよ」


 帰ろうとするソフィアに、制止の言葉が刺さる。

 俺はそんな彼女を気にも留めず、スコットから託された木製の短剣を構えていた。


「準備体操は必要ない、ということかね?」

「ええ。もう準備は整っていますので」

「そうか、それじゃあ」


 ベテンブルグが芝生に落ちていた木製の細身の剣を持ち上げ、剣先を俺に向けて構える。

 俺も右腕と右足を前に突き出し、左腕を体で隠すようにして構える。


「……行きます!」


 俺は五歳の時とは違い、一度走ってから間合いを詰め、そこから飛ぶようにして懐に潜り込む。

 そして、剣先をベテンブルグの喉元に押し付けようと足をばねにして飛び上がるが、それを彼は細身の剣で受けようとする。


 だが、そんなことはもう読めていた。

 俺はその剣に狙いを定め、剣身を俺から逸らすようにいなしたあと、そのまま勢いを殺さないように剣先で彼ののど元を軽くつついた。


「勝負あり、ですね」


 俺がそう呟くと、彼は少し笑ったのちに、芝生へ腰をついた。


「……なるほど、これはすごい。剣筋がスコット君そのものだ」


 彼はそう言って拍手した後、細身の剣を持って家へ戻っていった。

 だが、俺はある疑問が頭をよぎり、勝利したという心地がしなかった。


 何故、剣筋が父そっくりだと言えたのだろうか?

 先程の様子だと、まるで俺の剣に反応できなかったようにしか見えなかった。

 もしかして、彼は俺の剣筋をみるつもりでわざと……?


 俺は木製の剣を持って部屋に戻ろうとすると、背後から黙ってみていたソフィアが急に話しかけてきた。


「……ラザレス、その……」

「どうした?」

「……教えてください」


 よく聞き取れない。

 教えてほしい、という部分は聞こえたが、いったい何のことなのだろうか?


「何を?」

「……その剣術、教えてください」

「いいけど、どうして? ソフィアは兵士になりたいの?」

「なんでもいいじゃないですか」


 相変わらずどこか素っ気ない。

 だが、ベテンブルグじゃなくて俺を頼ってきたことは本当にうれしかった。

 だけど、心残りがないわけじゃない。


 彼女がどうして剣術を俺から学ぼうとしているのか。

 そして、ベテンブルグは何故わざと負けたのか。


 だけど、今はそのことを考えていても仕方がない。

 俺は目の前にいる彼女に力強くうなずいた。

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