117 親子
俺たちは、出来る限り連中の眼に入らないようなところ……つまり、木陰を選んで歩いていた。
勿論、木陰を選んだリスクも承知している。
だが、今回はそれを利用する気でもいた。
今、ニコライがこちらに単独で来ようものなら、こちらはスコットとマニカ、そして俺で返り討ちに出来る。
たとえ、ここが彼にとって圧倒的に有利な場所だとしても、だ。
だが、そのリスクを理解しているのか、それとも俺たちの居場所に気付いていないのか、彼の姿は見えない。
それに、ずっと気を張っているのに気付いたのか、シャルロットがこちらに話しかける。
だが、彼女の姿はシルヴィアそのものだ。勿論、敵でないことはわかっている。
それでも、彼女に対して警戒してしまう自分が嫌になる。
「ラザレス、今は賢者の法も迂闊に手は出してこないと思いますよ」
「何故、そんなことが言えるんです?」
「彼らの目的は、悪魔の排除。そして、私たちも手段は違えど、今は同じ目的を持っています。そうそう敵対することはないと思いますよ」
「……そうですか」
「……まあ、信頼できないのはわかります」
……よほど顔に出ていたのだろうか。
困ったように眉を八の字にする彼女に、少しだけ申し訳なく思う。
そんな時、スコットが俺の肩に手を置く。
「でも、僕たちはマクトリア、そしてぺスウェンから狙われている身なんだ。今はシャルロット様がこの体だから、目立った行動はできないけどね」
「……まあ、父さんががそう言うなら」
「父さんが言わなくても、シャルロット様のことは信じてほしいけどな……」
スコットは頬を掻きながら、困ったように笑う。
それに対し、シルヴィアは不満そうに口をとがらせた。
「やっぱり、私は信用できませんかね?」
「……まあ、元は敵同士ですから。逆に何故シャルロットさんは俺を信用しようと思ったんですか?」
「だって、ラザレスはスコットさんに似て値が善人ですからね。裏切るなんてことはしないと信じてますから」
彼女が臆面もなくそう言うため、言われた側としても少し恥ずかしくなってしまう。
顔が熱くなる俺に対し、マニカは追い打ちをかけるように話しかけてくる。
「だってさ、ラザレス。やっぱりラザレスは優しいんだって」
「……マニカ、やめて」
俺の態度がおもしろいのか、クスクスと笑い始めるマニカ。
俺はそんな彼女を睨んだ後、目をそらす。
その先には、口角を両手の指で押し上げているフェレスと目が合った。
「……何してんの?」
「笑ってる」
「右手、平気なの?」
俺が彼女に尋ねると、そのままこくりと頷く。
……感情のない彼女にさえ、笑われるほどなのか、今の。
「面白い?」
「わからない。でも、笑う場面だと思った」
「ちょっとラザレス、露骨に話題逸らさないでよー」
なおも笑いながら俺をからかい続けるマニカを、微笑みながら眺めるスコット。
そんな彼を眺めていると、考えを否定するように必死に手を振った。
「違うよ、僕はそんなつもりじゃ……!」
「じゃあ、どういうつもりなの?」
「……少し恥ずかしいな。こうして面と向かって言うのも」
彼は少し考えた後、おずおずと口を開く。
「嬉しかったんだ。ラザレスが成長してて。僕は親らしいことは何もできなかったからね」
「……そんなことは」
「あるさ。その右腕、きっと辛い人生を送ってきたんだと思う。そんな時、僕は力になれなかった。本当にごめん」
「いや、これは父さんのせいじゃ……」
だが、彼は頭を下げると、そのまま動かなくなる。
そんな彼に困っていると、シャルロットが微笑んだ。
「ふふ、親子愛って、いいですねぇ。憧れちゃいます」
「シャルロットさんは、作らないの?」
「作ろうにも、この体はゴーレムですからねぇ。養子なら可能かもしれませんが、なにせこの体と命は呪術という不安定なもので繋がれてますので」
「……そうなんだ」
フェレスはシャルロットから目をそらし、頭を下げているスコットの方を見る。
俺はそんな彼に何を言おうか迷っていると、突然彼が頭を上げた。
「……ごめん、ちょっと頭を上げさせてもらうよ」
「もともと下げろなんて言ってないよ」
「はは、そうだね」
「……こちらに複数人、剣を持った人間が近づいてきている。ぺスウェンかマクトリアかはわからないけど、フォルセの者ではないのは確実だ」
彼は俺達にそう告げると、シャルロットの方へ向き直る。
「そして、この足音はこちらに迷いなく近づいてきている。多分、僕たちに用があるのは確実だ。だから……マニカちゃん、そこの茂みに隠れててほしいんだ」
「え?」
「君は彼らにとって予測されていない存在だ。だから、今からならフォルセに戻れる。ほとぼりが冷めたのを見て、フォルセの国王にこう伝えてほしい」
「『悪魔の正体がわかった』と」
生唾を飲み込む音が聞こえる。
それを誰が鳴らしたかはわからない。
それでも、構わずに彼は話を続けていく。
「……おじさんは、悪魔の正体がわかってるんですか?」
「大方、予測はついてる。でも、それを言うには今は証拠が足りない」
「わかった。国王に言えばいいんですね」
「うん。頼むよ」
彼はそう言ってマニカに手を振ると、そのまま彼女は走って戻っていってしまう。
そんな彼を見送った後、悔しそうに歯を食いしばりながら、吐き出すように言葉を放つ。
「……ラザレス、悪いけど、ソフィアちゃんを助けに行くのはもう少し後になりそうだ」
「……どういうこと?」
「多分、今来ているのはマクトリア兵だ。でも、それにしては彼らの足音は重装備じゃない。多分、客人を迎えに行け、くらいの指令を出したのだろう」
「……なら、どうするの?」
「悔しいけど、捕まるしかない。抵抗や逃避は、今からくる彼らに不信感を持たれる。そうなったら、マクトリアに事情を話すのは厳しいだろう。最初は変装するのも手だと思ったけど……」
彼はフェレスをちらりと見る。
……まあ、無理だろう。
それに、俺の右腕のこともある。
それに、今ここで抗戦しようものなら、彼女を危険に晒すことも考慮に入れなくてはならない。
「多分、フェレスちゃんはわからないけど、僕たちが行動していることはとっくにシアンたちには割れてると思うんだ」
「……」
今までのことから、不思議ではない。
執拗なくらいに俺たちの居る場所を的確に当てて襲ってきた賢者の法なのだ。
……だが、何故だ?
シアンが殺したいと思うのなら、十年前の騒動に乗じて殺せばよかっただろう。
なぜ今更、俺を狙う?
そんな時、茂みをかき分けて三人の男が目の前に現れた。
彼らは普段の服装に、それぞれ剣を持っている。
「えっと、スコット様御一行様でよろしいでしょうか?」
「……うん、構わないよ」
「お迎えに上がりました。女王陛下がお待ちです」
……女王陛下。
その単語は、ある程度予測できていた。
彼は、表向きの王なのだと思う。
自身に探りを入れられないためのスケープゴート。
だから、あまり要領のいい存在ではなかったのだろう。
もし要領がいいとなると、国を乗っ取られるかもしれないのだから。
「……わかった。行こう」
スコットがそう言うと、俺たちはマクトリアへと向かい始める。
……ソフィアの安否を確認したいが、今は動けない。
今できるのは、彼女らの無事を祈ることだけだった。