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116 祈り

「……ここまでくれば、もうフォルセ国領を超えたかな」


 スコットがそう呟き、後ろを振り向く。

 既にフォルセの城下町は遠く離れ、追手が来たとしても簡単に逃げ切れるであろう距離にいた。

 そこで、俺はそっとスコットの肩をたたく。


「ありがとう、父さん。もう動けるから」

「そっか。わかった」


 スコットはそれだけ言うと、俺を床にそっとおろしてくれる。

 俺は一度床に膝をついた後、よろよろと立ち上がった。

 だが、もうすでに体を縛り付けていた痺れは消え、既にニコライに殴りつけられた際の痛みだけになっている。

 もしかしたら、俺の魔力が戻ってきているのかもしれない。


「さて、マニカちゃん、フェレスちゃん。僕たちはこれからマクトリアへ向かうけど、君たちはどうする?」

「ラザレスについて行きます。……それに、今何か凄いことが起ころうとしているんですよね。なら、それから目をそらすわけにはいきません」

「同じく」

「……言っておくけど、ここから先は僕でさえ戦力になるかわからない。つまり、君たちを守れる自信はないんだ。それでも、いいのかい?」


 二人は頷く。

 ……本当は、彼女たちにはぺスウェンに逃げてほしかった。

 だけど、立ち向かいたい。そう彼女たちが言ったのなら、俺から言うことなんて何もない。


「父さん、マクトリアへ向かう前に、一度向かってほしい場所があるんだ」

「いいけど、あまり長居はできないよ」

「わかってる。先に、ソフィアたちを迎えに行きたい」

「……ソフィア? もしかして、現ベテンブルグ当主の少女のことかな?」

「うん。今はきっとフォルセと抗戦してると思う」


 ……俺の言葉に、苦い顔をするスコット。

 何か、まずかっただろうか?

 確かに今から彼女たちを助けるとなると時間がかかるが、そこまで拒絶する必要はあるのだろうか?


 そんな時、先ほどから黙っていたシャルロットが、話し出した。


「あなたの気持ちはわかります、スコット。でも、今は彼らを助けてもいいんじゃないですか?」

「……シャルロット様」

「ことを急がなくても、今は魔核さえ手に入ればいいんですから」

「……魔核を手に入れて、どうするんですか?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」


「魔核と聖核を中和し、この世界の人間に魔力を流し込む。そうすれば、魔核も聖核もお互い消滅します」


 ……その瞬間、俺の心に悪寒を感じた。

 シルヴィアは、魔核と聖核を中和すると、悪魔を呼び出してしまうといっていた。

 だが、彼女が言っているのはその逆で、ダリアが言っていたことと同じだった。


「……人間に魔力を流し込んだら、魔族になってしまうのでは?」

「それは、複数の魔力を流し込んだ場合のみです。一つであれば、問題はありません。ただ……」


 彼女は言葉を途中で切るが、意を決したように顔を上げる。


「ただ、魔力側の方……つまり、魔女はこの世界の人間に取り込まれ、人格や記憶、そのすべてを失くしてしまいます」


 ……彼女はそう言って、黙り込んでしまう。

 だが、反対にマニカは、さもなんでもないように口を開いた。


「……わかった。ならまた、あたし達が犠牲になればいいんだね」

「……マニカ?」

「大丈夫、一度あたし達は死んでるし、また死ぬことくらい怖くないよ」


「ラザレスも、覚えててくれたしね」


 そう言って、彼女は無邪気に笑う。

 そんな彼女に対し……俺は、肩をつかんでしまっていた。


「そんなの、ねぇだろ……」

「ラザレス?」

「そんなのねぇだろ! なんで、自分が犠牲になればいいとか言えるんだ!? お前、せっかく再会できたのに、また俺たちを置いていくのかよ!」

「な、なに怒ってんの。別に、ラザレスが死ぬわけじゃ……」

「俺が死ぬよりなおタチが悪いから言ってんだよ! お前は自分がこの世界にいらない存在とか考えてんのかよ!」


 ああ、俺は一体何を言っているんだ。

 彼女の考え方に、とやかく言える立場じゃないのに。

 一体、誰目線で彼女に語り掛けている?


「ほかの誰が拒絶しても、俺はマニカが必要だ。友達として、もうマニカに犠牲になってほしくなんかない」

「……嬉しい。でも、それはいけないよ」


 彼女はそう言って、優しく俺の手を取り頬に添える。

 その時、彼女は一瞬笑ったように見えた。


「父さん、それをしなくても、悪魔を止める方法はあるんだろ!?」

「ある。あるけど……」

「なら……!」

「きっと、ろくな結果にならない」


 ……そう語る彼の眼に、冗談は含まれていなかった。

 初めて見た、彼の真剣な表情。

 だからこそ、その言葉の意味を探らずにはいられなかった。


「なんで、なんでッ……!?」

「悪魔は、魔核と聖核、両方の崩壊とともに現れる。その時に、人にまぎれて息をひそめていた悪魔が、姿を現すんだ」


「その悪魔を事前に討つ。不可能じゃないが、ラザレスにはいっている意味が分かるだろう?」


 ……はは、と心の中で乾いた笑いがこぼれる。

 魔女と人間、結局はどちらかを切り捨てなければ悪魔は封じられないということか。

 切り捨てなければ……。


 その時、初めて悟った。

 俺は、救国の賢者なんかじゃない。

 結局は、無力な化け物だった。


 ……だけど、まだなんとかなるのなら……。


「……ごめん、マニカ。無責任なこと言った」

「……ううん。嬉しかったから、いいよ」


「犠牲になって、くれないか」


 歯を食いしばり、彼女に頭を下げる。

 無辜の民を、犠牲にするわけにはいかない。

 魔女だって、罪があるわけじゃない。

 でも……もし生き残るのなら、元々この世界にいた人間だろう。


「いいよ、顔を上げて」


 マニカはいつものように明るい声で、俺に話しかけてくれる。

 俺が顔を上げると、彼女は一瞬困った顔をした後、また微笑んでくれた。

 ……大方、見るに堪えないほど悲痛な面持ちをしていたのだろう。


「大丈夫。あたしはずっと、賢者様に感謝してるから」

「……」

「あたし達は本当は、もうあの世界で死んでいる存在なの。でも、ラザレスのおかげで、夢が見れた。友達も、出来た」


 そう言って、彼女はフェレスの方を見る。

 フェレスも、ただじっと彼女を見つめていた。


「もう、十分なくらいだよ。こうしてまた、ラザレスに会えたしね」

「……責めないのか」

「うん。責めない。昔、あたしはラザレスに助けられたよね。あの時は怖かったけど、結局ラザレスはあたしを傷つけようとはせず、匿ってくれた」


「今度は、あたしがラザレスを救うよ」


 そう言って、彼女はそっと俺の頭を撫でる。

 ……何も、言うことはできなかった。

 今何かしゃべったら、きっと彼女を困らせるようなことを言ってしまう。

 だから、ただ彼女に頭を撫でられることしかできなかった。


 しばらくして、彼女は俺の頭から手をどけて、シャルロットに向き直る。


「行きましょう。ソフィアたちを救いに」

「……わかりました。本当に、ごめんなさい」

「いいんです。元々私は、ここにいない存在なんですから」


 そう言って、彼女は寂しそうに笑う。

 ……いや、寂しさを最大限押し殺すかのように、彼女は笑っていた。


 その日、俺は初めて神というものに祈った。

 奇跡なんかじゃなくていい、偶然だっていい。

 何かの間違いで、彼女が生き残る、ということを。

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