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115 黒幕

 俺はスコットにおぶられ、路地裏を歩き続けていた。

 その途中、マニカが追いつき、俺が捕まったと思ったのか大慌てしたが、喋れない俺の代わりにフェレスが代弁してくれた。

 まあ、要約すると『敵ではない』ということを伝えただけだが。


「その、スコットさんって、フォルセの人なんですか?」

「ううん、出自をたどれば僕はぺスウェンなんだ。でも、故あって今は浮浪の身さ。マニカちゃんは、ラザレスの友達?」

「はいっ!」

「そっか。いい子だね、ラザレス」


 上手くしゃべれないため、頷いて答えるしかない。

 だが、喋らなくてはならない。


『あの方』とは一体、誰のことなのか。

 悪魔とは、いったい何なのか。


 俺はそう思うと居てもたってもいられず、無理やり口を開く。

 その際、俺の唇の周りの筋肉が引き裂かれるような痛みに襲われるが、そんなのは気にしてはいられない。


「と、さん……」

「なんだい? 無理しちゃいけないよ」

「『あの方』って、誰……?」


 俺の言葉に、息をつく。

 そして、しばらく迷ったかのように口をパクパクさせた後、ようやく言葉を放った。


「これは、嘘じゃないんだ。だからこそ、本当につらい真実だと思う」

「……え?」

「落ち着いて、聞いてくれ。その、あの方について」


「あの方の名は、『シアン=マーキュアス』。僕を殺し、君を殺そうとして、この世界から悪魔の情報を抹消しようとした女性だ」


 ……な、に?

 シアンといえば、俺の母親の名前だ。

 それに、俺を殺そうとした?


 信じられない。

 信じたくない。

 俺は、力がなくて、それでみんなを守れなくて……。


 でも、違うんだ。

 本当は、彼の言葉に納得しかけていた。

 ただの野党なら、あれだけ剣に長けたスコットを殺せるわけがない。

 ただの野党なら、あの後一貴族を襲ったとかで、指名手配になっていてもおかしくない。


「……きっと、言えるってことは、シアン。君も覚悟を決めているんだね」

「え?」

「ううん。なんでもない。でも、これは、半ば僕も認めていたことだったんだ」

「……え?」

「君を……君という命をシアンはずっと憎んでいたんだ。自分を裏切った、自分を殺そうとした、比喩としての『悪魔』である君を」


 ……嫌だ、そんなこと聞きたいんじゃない。

 だけど、逃げられない。

 俺の体が動かないから?

 違う。そうじゃなくても、俺はきっと逃げられないだろう。


「な……ぜ……?」

「……その前に、彼女の話をしよう。彼女は、ある呪術を、隠し持っていたんだ」


 ……呪術?

 そういえば、彼女の家には呪術の本があった。

 そう思うと、その事実はおかしいものではない。


「『情報を抹消できる』、とても恐ろしい呪術を」

「……じょ、ほう?」

「うん。それは、君という個人に対してもかけられる呪術。彼女はそれを使って君から情報を取り除いていたんだ」


「シアンが、君の妹であることをね」


 ……いもう、と?

 俺に、妹などいなかったはずだ。

 いや、以前ザールが妹のことについて話していた。


「彼女は、君に……賢者である君に、孤児院で殺されかけた。その際、ザール君が身を挺して庇ってくれたことを、今でも覚えている」

「……」

「でも、そのザール君も君に封印術をかけて瀕死になってしまった。メンティラさんが助けてくれたものの、シアンはそのことで完全に君を恨んでしまっていた。憎んでしまっていた」

「……ああ」

「でも、きっとザール君が封印術をかけた理由の認識は、シアンと君では齟齬があると思うんだ」


 ……以前、聞いたことがある。

 賢者である俺を、ザールはダリアが支配する世界から逃がすために異世界に飛ばし、正体を隠すために魔法を封印したと。

 きっと、彼もこれで『賢者』という存在を抹消できたと信じたのだろう。


 だが、俺は生きてしまった。

 生きかえって、しまった。


「……そんな時、僕たちの間には、『ラザレス』と呼ばれる赤子がいた。流産で命を落としてしまった、可愛い我が子がね」

「……え?」

「命を他のものに移す力。僕たちは、君がこの世界にきて倒れているところを担ぎこみ、シルヴィアに頼み込んだんだ」


「『この人の命を、ラザレスにください』って」


「当時でも、無茶苦茶だと思う。でも、シアンはこう言った」


「『ラザレスは死んだのに、なんでこいつは生きてるの? こいつが生きてて、ラザレスが死んでしまった理由は何』、と」


 そう言って、彼は悔しそうに唇をかむ。

 俺には、どう声をかけていいかわからない。


「……気休めかもしれないけど、僕は止めようと思った。でも、同時に思ってしまったんだ」


「『ラザレスが……自分の子供が蘇る』って」

「……そ、か」

「だから、止められなかった。当時の鬼気迫る彼女に対して、『やめよう』の一言が出なかった。出せなかったんだ……!」


 ……そう言い続ける彼の声に、悲哀が混じってくる。

 その瞬間に、理解した。

 彼も、被害者なのだと。


「それで、ある日君は『旅に出たい』って言ったよね」

「……おぼえ、てる」

「それで、彼女は言ったんだ。『あいつの願いなんて、受け入れられない』って。『最悪の形で、あいつを裏切りましょう』とも」

「……そうなんだ」

「だから、誕生日にあいつらをけしかけた。でも、一つだけ予想外なことがあったんだ」


「シアンが、君を庇った」


 それも、覚えている。

 だが、ここまでの話だと、俺を庇う理由なんてないはずだ。


「……僕も、びっくりした。でも、多分、心のどこかで彼女は君を憎み切れていなかったんじゃないかな」

「……え?」

「彼女、いつも辛そうだったから。寝言で、『こんなはずじゃない』なんてことも、何度も聞いた」

「そ、か……」

「だからと言って、許してほしい訳じゃない。君が憎むのなら、殺してくれてもかまわない」


 そう言って、彼は懐から、一つの短剣を手渡してくる。

 その際、俺はあるものが目に入った。


「……ころさ、ないよ」

「え?」

「だって、俺の短剣、持っててくれたんだから」


 そう言って、彼は自分の懐にある、木製の短剣を見た。

 なくしたと思っていたら、彼が持っていたんだ。

 そして、同時に涙が零れ落ちていく。


「……あ、れ。おかしいな。なんで、涙が。はは、見ないで、見ないでくれ」

「ラザレス……」

「くそ、涙がぬぐえねぇ。腕が、動かねぇよ、畜生……!」


 俺は、ただ彼の背中で泣き続けた。

 ……人間として生を受けたばかりの、赤子のように。


 そんな時、そっと俺の頬をハンカチで拭ってくれる手があった。


「ラザレス……」

「……マニカ」

「必ず、生き延びようね」

「……もとより、死ぬつもりなんかない」


 俺は迷いを振り払い、父の背中に語り掛ける。


「父さん、悪魔っていったい何なんだ?」

「……有り体に言えば、『死』そのものだろうね。触れたものを殺し、記憶もなく、感情もなく、ただそこをさまよっているだけの存在」

「それは……」

「この世界に、人間として息を潜めている。だから……」


「私たちで、止めるんです」


 涼しい声の先に、シルヴィアがたっていた。

 だが、彼女になぜか敵意は感じない。

 それに、どこか口調が変だ。


「彼らに自覚はないかもしれない。でも、必ず助けなくちゃならないんです。少なくとも、私はそういう風にお父さんに教えてもらった」

「……お父さん?」

「はい。もともと、私たちは人間でした。でも、ある日、呪術を手にしてしまった」

「……人の命を移し替える、呪術」

「そう。その日から、何かがおかしくなったんです」


「ほとんど幼馴染であるベテンブルグの死体を無理やりよみがえらせゴーレムにしたり、悪魔をよみがえらせて、この世界を滅ぼそうとしたり」

「……なんだよ、その言い草」


 お前がしたことじゃねえか、と口を開こうとするが、むせたせいでうまく話せない。

 それに、スコットはこちらを一瞥して、黙って聞けと目で促す。


「シルヴィアは、ベテンブルグが好きだったんです。彼の頭脳こそが、人間として正しい姿だと」

「……は?」

「でも、彼はこの世を去った。そして今、彼女はベテンブルグのゴーレムを見ても、何の感情も抱かなくなってしまってきている。この世界に……価値を見出さなくなってしまっている」


「だからこそ、私が止めなくちゃならないんです。シルヴィアの、妹として……そして、唯一の友達として」


 彼女はそう言って、俺たちのもとへと歩みより、俺と肩を並べる。

 そして、ようやくスコットが口を開いた。


「行きましょう、シャルロット様。もしかしたら、シルヴィアはすでにソフィア様たちと通じているかもしれません」

「……は、シャルロット?」

「はい。私の体は、彼女に乗っ取られました。この体では、あなた方に取り入ることはできませんから」


 ……ああ、やっとわかった。

 この戦争の、黒幕が。


 シルヴィア。

 俺はあいつを、殺さなくてはならない。

 その時、俺は彼女を『救う』ではなく、単純に『殺す』と、思っていたことが、我ながら印象的だった。

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