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110 偽物

 俺はフォルセ先代国王に連れられ、突き当りの部屋に案内される。

 そして、数十人の兵士に待機の命令をかけ、その部屋に俺たちが入ったことを確認すると、扉を閉じた。


「……何の真似だ」

「貴様に聞きたいことがある。だから、ここに呼んだ。それだけだ」

「……ソフィアの居場所なら、死んでも吐くつもりはないぞ」

「違う。貴様のことだ」


 彼はそういうと近くの机の上にある蝋燭に火をつける。

 すると、次第に部屋全体が照らされ、やっとそこが一つの客間ということが把握できた。

 石でできた壁に囲まれてはいるが、赤いじゅうたんや、茶色い長机が色とりどりに揃えられ、それらをたった一つ空いた窓から月が照らしている。

 彼はただ黙って食器棚から二つ取り出したカップに紅茶を注ぎ、目の前にある机に座るように目で促す。


「何のつもりだ?」

「言っただろう。話がしたい」

「……毒が入っているんじゃないのか?」

「私が今の貴様に毒を使わなければ勝てないとでも?」


 そういうと、彼は俺を睨む。

 それと同時に、フェレスが俺の服の裾を左手でつかむ。


「……飲め」

「あ?」

「飲め、と言っている。それとも、貴様は出された茶に手すら付けない無礼者なのか?」


 ……彼の意図が読めない。

 話がしたいだけなら、俺たちに茶をふるまう意味が分からない。

 戦いたいのなら、剣を抜いて切りかかってくればいい。


 だが、彼はあくまで人間的なふるまいをした。

 なら、俺もそう返すまでだと思い、一口啜るように口に入れた。


「……アップルティー?」

「そうだ。口に合わないか?」

「いや、そんなことはない……そんなことはないんだが、その、お前のイメージに合わないんだ」

「私とて、茶くらいたしなむ」


 そう語る彼の眼は、確かに笑っていた。

 俺はそんな彼の顔を見ながら、もう一度アップルティーをすする。

 芳醇な香りに、酸味のきいた味。そして、甘酸っぱい香りが口の中に広がる。

 俺はそれを飲み干すと、フェレスが口をつけていないのに気付いた。


「どうしたの、フェレス?」

「……飲めない。苦い」

「砂糖か。待ってろ」


 フォルセ先代国王は立ち上がり、棚から小瓶を取り出し、二つ角砂糖をフェレスのものに入れた。

 そして、彼女はおずおずと口をつけると、目を丸くした後、あっという間に飲み干した。


「……?」


 その時、俺は違和感に気付いた。

 そんなフェレスを見て、不気味に口元をゆがめるフォルセ先代国王。


「……何故笑っている」

「私のふるまう茶が好評なら、嬉しいだろう?」

「それだけか?」

「ああ」


 一瞬彼に気を許しかけたが、元来彼とは敵同士。

 茶を飲み干すなど、もしかしたら危険なことを彼女にさせてしまったかもしれない。


 だが、この茶に入っているもの自白剤だとしても俺の体は自由に動く。

 毒だとしても、殺そうとするなら彼が直接手を下したほうが早いはずだ。

 ますます、訳が分からない。


「さて、質問させてもらおう」

「……ああ」

「貴様の名前は、確かラザレス。ラザレス=マーキュアスだったな?」

「そうだ」


 ……今更名前の確認をするのか? と疑問を口にしようとしたが、先に口が開いたのはフォルセ先代国王の方だった。


「何故、マーキュアス家がイゼルに加担する?」

「……は? それは、マーキュアス家が元々ぺスウェンに近しいからってことか?」

「違う。理由はわからないが、元々マーキュアス家はイゼルを異常なほど嫌っていた家系に思えた。少なくとも、私が国王であった時にそう記憶している」


 ……何を言っているんだ?

 マーキュアス家がイゼルを嫌っていた? 訳が分からない。

 それに、嫌っているのなら何故マーキュアス家はイゼル領内にいたんだ?


「それに、貴様にはもう一つ質問がある」

「何だ」

「何故、イゼル国民を守ろうとする?」

「……それは、マーキュアス家として、ということか?」

「違う、貴様自身のことだ」


 俺が、イゼル国民を守る理由?

 そんなの決まっている。


「ソフィアが……いや、ベテンブルグが守ろうとしてる。理由なんてそれで十分だろ?」

「ベテンブルグ? ベテンブルグに、他に娘がいたのか?」

「いや、彼女は養子だ。……ベテンブルグがどうかしたのか?」

「いや、懐かしい名を聞いた。そうか、彼の血筋は絶えていなかったのか……」


 彼は感慨深く息をつく。

 ……そうか。彼は賢者の法だが、賢者の法はすでに四年前のものとは大きく違ってしまっている。

 だから、ベテンブルグが殺された理由についても知らなかったのか。


「懐かしい名って、知り合いだったのか?」

「ああ。といっても、三十年前の話だ」


「二十五年前、彼の訃報を聞いたときは驚いた」


「……は?」


 何を言っている?

 訃報とは、確か誰かが亡くなったときの報せだったはずだ。

 だが、二十五年前にベテンブルグが死んだ、確かに目の前にいる彼が言った。


 なら、俺たちを育てたあいつは一体誰だ?


「待て! 俺達はベテンブルグに育てられた! 十二年前、確かに俺はベテンブルグに引き取られたんだ!」

「……つまらない冗談はやめろ」

「違う、本当だ! それで、今ソフィアがベテンブルグの名を継いでいるのは、遺書があったからで……」


 そこで一つ、矛盾が生まれていることに気付いた。

 彼はなぜ、遺書をイゼルに残していたんだ?

 それに、いつ遺書を書いた?


 あのタイミングだと、彼は遺書を書く暇さえなく殺されたように感じる。

 もし死を予期していたとしても、それなら態々イゼルに置かず、メアに預かってもらえばいいはずだ。


「一つ、聞いてもいいか?」

「……何だ?」

「貴様たちの言っているベテンブルグは、本当にベテンブルグなのか?」


 思っていたことが、彼の口から吐かれてしまう。

 もし、二十五年前に彼が死んでいるのなら、誰かが彼に成り代わっているはずだ。

 しかし、誰もそのことに気付かなかった。随分前に会っているであろうメンティラさえも。

 なら、彼の体そのものは本物だ。では、その死体を誰が動かしている?


 答えは、一つだった。


「……そうかよ。そうだったのかよ。よく考えてみれば妙だったんだ。シャルロットの攻撃を片手で受け止められる彼が、ニコライに首を絞められて全く抵抗できないわけがなかった。なかっただろうが!」

「……?」


 急な怒声に、隣にいた彼女が俺の顔を見る。

 そんな彼女の顔を見て、頭に上っていた血がゆっくりと下っていくのを感じた。


 彼が偽物という点に矛盾は感じない。

 だが、一つ大きな疑問を感じていた。


『何故?』という、無視できない疑問が。


「シルヴィアは居るか? 話を聞きたい」

「……シルヴィア? 何を言っている。誰だ、そいつは?」

「は? でも、お前達賢者の法に仮面をかぶった人間がいたはずだろ? そいつらをシルヴィアが操っているんじゃないのか?」

「嘘をついても何もならん」


 彼の言葉の通り、嘘をついている様子はない。

 だが、それでもかまわず疑問は頭の中に湧き続けていた。

 しかし、今ここで慌てても仕方ない。もしかしたら、俺の家で待っているというシャルロットが何かを知っているかもしれない。

 そう考えて冷静さを取り戻し、深く深呼吸をする。


 そんな時、彼が口を開いた。


「最後に聞きたいことがある。お前はその子を連れて……幸せにしてやれるのか?」

「……わからない。彼女にとって幸せがどんなものかもわからないからな。だけど、その幸せについて一緒に考えてあげることくらいならできると自負している」

「……そうか」


 彼はそう言って息をつくと、彼女の頭に手を置いて、そのままわしわしと不器用に撫でる。

 俺はその行為に一瞬警戒するが、彼女がされるがままになっているのをみて、もう一度彼の顔を見る。


「……本当は、私が育てたいのだがな。だが、私にはもう子供を育てる資格はない。育てようにも、もうこの手は多くの血に汚れてしまった。そんな私に育てられて、彼女までこちらに来てほしくはない」

「……フォルセ先代国王」

「『ガゼル』。それが、私に与えられた名だ」


 そう言って彼……ガゼルは立ち上がり、俺の肩に手を置いて、そのまま歩き出す。


「だが、貴様になら託せる。貴様とは二度ほど、殺しあったからな。下手な男よりも、信頼しているつもりだ」

「……そうか」

「勘違いはしてくれるなよ。私が貴様を殺す。この事実は、決して変わらん事実だ。『敵』としてな」


 彼はふっと笑い、手を彼女の頭からどける。

 彼女は頭にかかっていた重圧がなくなったのに気付き、彼の顔を見上げていた。


「……間違っても、リゼットのようにはしてくれるな」


 彼はそう言って、部屋から出ていく。

 そして、扉の向こうから一つの足音に続いて、数十の足音が鳴り響いた後、同時にここら一辺が静かになった。

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