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109 時計塔

 俺は恐る恐る扉から顔を出し、周囲を伺い、誰もいないことを確認する。

 今の俺に魔法を使えるほどの魔力はない。だから、もしここで誰かと出くわしてしまったら、きっと彼女を守ることはできない。

 ……そういえば、聞き忘れていたことがあった。


「君の名前は?」

「わからない。でも、みんなが私を呼ぶときの呼称はある」


 ……それは名前じゃないのか? と胸の中で疑問を抱く。


「『死者』。それが、私の呼称」

「……ッ」


 その言葉を聞いて、背筋に冷たいものが流れていくのを感じる。

 ただ、彼女の右手が呪術によってむしばまれているからと言って、ここまでするのか?

 俺は左手で彼女の頭をそっとなで、口を開いた。


「『フェレス』」

「え?」

「……君の名はフェレスだ。少なくとも、君を死者と呼びたくはない」

「……どうして?」


 彼女の純粋な言葉に、目を背けてしまう。

 フェレスというのは、俺の世界の言葉で『幸せ』を意味している。

 もしかしたら、この名前を送ること自体が彼女に対して失礼なのかもしれない。

 だけど……死者よりは、ずっといい。そう信じたい。


「お兄さんは、何て名前?」

「ラザレスだよ」

「それは、誰がつけてくれた名前?」

「……わからない。多分、両親のどっちかだと思う」

「そう」


 彼女はそれだけ言うと、先へ歩いて行ってしまう。

 ……この行為が、彼女にとってどういった意味を持っているのかはわからない。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないんだ。行こう」

「うん」


 彼女は頷くと、そのまま奥へ行ってしまう。

 そんな彼女に慌ててついて行く時に、俺は何者かの視線を背後から感じ、振り返る。


「……?」


 だが、後ろには誰もおらず、先ほどまで俺がつながれていたベッドしか視界には入らない。

 気のせいだろう、と感じ俺はその場を離れ、彼女の案内通りに歩いて行った。



 しばらく歩いて、俺たちは渡り廊下に突き当たった。

 この建物は暗くてよく見えないが、石でできているため足音が通りやすい。

 だが、逆に俺たちを探しに来た者たちの足音も通りやすいため、一長一短である。

 それに、俺たちの足音を誰も確かめに来ない時点で、俺が脱走したのがばれていないのか、それとも追手が来ていないのだろうと想像はついた。


「……ここから、フォルセが見える」


 彼女が指さした方向には、正方形に空いた窓のようなものがあった。

 俺はそこから顔をのぞかせると、月明かりに照らされたフォルセの街並みがよくわかる。


 白や茶色のレンガで出来た色鮮やかな家々に、遠くの方に一つ大きな白い塔がある。

 そして、道にも石畳が敷き詰められ、落ち着いた雰囲気の街並みを月が照らしていた。


「あの塔は、時計塔使われていた」

「……使われてたってことは、もう使われていないの?」

「うん。私が生まれる前に時計塔を所持するほどの名家だった人が子供を産めなくて。時計台の権利書を売ろうとも考えたらしいんだけど、維持費とかがかかるから誰も買わなかったらしい」

「そうなんだ」


 ……とはいえ、あれほどの建築物をそのままにしておくのももったいない気もする。

 だが、この街に根を下ろす気は元々ないため、一瞥しただけで歩いていく。

 それに、俺はソフィアを残してここに連れ去られてしまったし、イゼルの人たちも心配だ。


「……行こう。ここにいつまでもいられない」


 俺は彼女の手を取り、奥へ歩いていく。

 そんな時、俺は丁度月に照らされていないところから出てきた何かに躓いた。

 その何かに目を凝らすと、丁度月がその姿を照らし出す。


「クックッ。よお? 随分と元気そうじゃねえか?」

「……リンネ」

「おいおい、そう睨むなよ。この建物はオレ達賢者の法の建物じゃない。壊すとフォルセにどやされるんだよ」


 リンネは、愉快そうに笑いながらこちらに歩み寄る。

 そんな彼女に対し、魔法も剣術も使えない俺では、対抗することはできない。

 だが、彼女は一切手を出すことはなく、ただ歩み寄るだけだった。


「なに、お前を追いに来た訳じゃねえよ。夜のお散歩と洒落こんでたら、偶然お前に会っちまっただけだ」

「……戦う気はないのか?」

「だーかーら、ここで戦ってもし物でも壊したら、賢者の法の責任になんだよ。戦おうにも、戦えねえってことだ」


 彼女は先ほどの表情とは一転し、不愉快そうに唾を吐く。

 俺はそれを片足を下げてよけると、今度は彼女は愉快なものを見たかのような表情を取る。


「あ? なんだお前、死者連れてこうとしてんのか?」

「彼女の名前はフェレスだ。死者なんて名前じゃない」

「あっそ。どうでもいいんだけどよ、そいつはうちらでも扱えない代物なんだぜ? お前たちが面倒見切れるのかよ?」

「……なんだ? 心配なのか?」

「おいおい、オレ達は平等を愛する正教なんだぜ? 心優しい奴らしか、うちらにはいねえよ」


 言葉では心配しているようだが、彼女の眼からは本当に心配しているといった気持ちは伝わってこない。

 むしろ、俺たちがどうするのかについて興味があるだけのようだ。


「さて、心優しいオレが一つ忠告してやるよ。お前、会ったのがオレで本当にラッキーだったな」

「……どういうことだ?」

「オレは言っておくが、それほどアンタらを殺すのに躍起になっている訳じゃない。ああ、殺したいのは事実だがな」

「何が言いたい」


「アンタを殺したい奴に出会ったら、どうなっちまうんだろうな?」


 彼女はそれだけ言うと、笑いながら俺たちの来た方向へ歩いていく。

 俺も彼女の来た道を歩いていくと、突然背後から声がかけられた。


「ああ、そうそう。少なくともお前たちが逃げていることは、オレ以外にも知っている奴はいると思うぜ?」

「……それは?」

「ハッ、言うかよ。バーカ」


 彼女はその言葉を最後に、体が闇に隠れてしまう。

 ……だが、ここで一つ確信を持てたことがあった。


 先程感じた視線は気のせいなんかじゃない。

 少なくとも、誰かが俺を見ていた。


 では、誰が見ていた?

 闇夜に隠れられ、俺に見つかることなく観察することのできる人物。


「……ニコライか!」


 俺は急いで彼女の手を取り、大急ぎで駆けだす。


「フェレス、ごめん! 今から走るけど、ついてこれる!?」

「これる」

「そっか! わかった!」


 もし、ニコライだとしたら俺たちの影に隠れられたら非常にまずい。

 もしかしたら、もう潜んでいる可能性もあるが、それでもここで立ち止まるよりかは確実に安全だ。

 だが、そうやって駆けだした足も、目の前の者を見て止まってしまう。


「……ッ」


 目の前には、フォルセの兵士たちが、数十人でいく道をふさいでいる。

 そして、彼らの各々が剣を取り、こちらに向けていた。


「大人しく投降しろ! さもなくば、ここで貴様の首を断つ」

「……来てみろよ。魔力、残ってるかもしれないぜ?」


 俺は左腕を前に突き出し、彼らに脅しをかける。

 だが、彼らのうち誰も反応することはなく、俺の眼だけを睨みつけていた。


 そんな時、兵士たちの人ごみを割って、一人の男が前に立った。


「剣を引け。こいつは私が預からせてもらう」

「……フォルセ先代国王」


 彼の言葉の通り、周りの兵士は剣を自身の鞘に納めていく。

 だが、俺の警戒は一切溶けず、彼の隻眼を睨み続けた。

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