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102 悪魔

 俺はレンガに座り、彼女の方を向く。

 とはいえ、流石に右腕の氷は解くわけにはいかず、警戒は解かないまま彼女の話に耳を傾ける。


「まず、皆さん、『悪魔』という単語をご存知でしょうか?」

「……悪魔?」


 懐かしい響きが、彼女の口から出てきた。

 記憶を取り戻す前なら忘れていたが、今ならぼんやりと覚えている。


「確か、魔女の旧称だっけ?」

「……そうなんですが、本当は少し違います」


「悪魔は、魔女ではない何か恐ろしい、『異次元からの存在』です」

「……異次元?」


 彼女が、あまり馴染みのない言葉に目を丸くする。

 異次元、それは別世界、または異世界と同義として扱われている言葉だ。

 だが、異世界からの存在なら、魔女と同義ではないのだろうか?


「はい。ですが、魔女とは違い、悪魔は我々と全く意思疎通ができません。いえ、しようともしない、というのが正しいでしょうか?」

「……話ができなくなった魔女ってこと?」

「有り体に言えばそうですが、悪魔と呼ばれる所以は、そこではありません」

「なら、いったい何で?」

「……悪魔は、我々よりもはるかに大きく、魔法ともいえない何か不気味な力を扱い、意味もなくさまよい続ける、いわば災厄のような存在なんです」

「それで、ノエル卿が悪魔を呼び寄せようとしていると?」

「……はい」


 悪魔については、彼女の言葉で恐ろしさが分かった。

 だが、同時にわからないことが多い。


「シャルロット、何で俺たちに頼んだ? シルヴィアを裏切ることになるんだぞ?」

「……友達を止められるなら、何と罵られようが構いません。それに、止められるのは、勇者であるソフィアさんのほかにいません」

「私ですか?」

「はい。なんでも、勇者は悪魔に対する最終兵器であり、唯一立ち向かえる存在だとか……」


 俺はソフィアの方を向くが、彼女は判然としないようで、小首をかしげている。

 だが、シャルロットの方もふざけている様子はなく、ただ彼女の方を見つめていた。


「……次の質問、いいか?」

「どうぞ」

「俺たちが、協力すると思うか?」


 俺は、彼女の首元に氷の刃を突き付ける。

 勿論、これは脅しだが、万が一にも彼女が嘘をついている可能性もない訳ではない。

 しかし、そんな俺の行動にも彼女は一切動じず、ただ鎮座して俺の方を見ていた。


「します。何故なら、これも世界の存亡にかかわることなのだから」

「……世界を人質にとる気かよ」

「はい。さもなければ、賢者の法に滅ぼされる前に、悪魔に滅ぼされることになります」


 嘘を言っているのかどうかはわからない。

 ……いや、彼女はゴーレムのため表情が動かない。

 そのため、嘘かどうかを判断するのは至難の業だ。


「じゃあ、次は私から質問いいですか?」

「はい」

「止めるといっても、どうすればいいんですか?」

「シルヴィアを説得する、または……殺す、でしょうか。悪魔を呼び寄せる手段については、詳しくは……」


 ……それはそうだろう。

 もしわかっているのなら、俺たちのところに来ないで自分から行った方が確実だ。


 さて、最後に質問したいことが一つだけある。


「じゃあ、俺から最後の質問だ」

「どうぞ」


「何故悪魔とやらについて、そこまで鮮明に知っている?」


 俺の言葉に、空気がどよめいた気がした。

 悪魔は、知っての通り魔女と改名された。

 それは、悪魔という存在が風化し、魔女という存在に統一されたか、または存在そのものを抹消し、人々の不安を消し去ることが目的なのか。

 どちらにせよ、こういった歴史の裏は、容易に知れることではない。


 しばらくした後、彼女は何か考え込んだのちに答えた。


「……実は四年前、私たちは悪魔についての書物の『保管庫』のような場所を見つけたんです。そこで、私たちは悪魔という存在と、その召喚方法について知りました」

「それで、召喚方法は?」

「魔核と聖核を混ぜ、同化した核から、その者は呼ばれてくると書かれていました」


 息をのむ音が聞こえる。

 ……魔核と、聖核?

 その二つがどうかしたものから、悪魔が生まれてくる?


 何を言っているんだ。

 それだと、魔核と聖核を中和して、魔力を人間に移すというメンティラの言葉はなんなんだ。

 まさか、彼が嘘をついていたとでも言いたいのか?


 いや、違う。

 あの情報は、確かダリアのものだった。

 彼女はこの世界を憎み、滅ぼしたいと口に出していた。

 そんな彼女が、俺たちを利用して世界を滅ぼそうとしているのも、考えられないわけじゃない。


 だが、一つそれだと疑問が残る。

 ダリアが……あそこまでメンティラに溺愛していたダリアが、メンティラをだまそうとするかどうか、という点だ。


 召喚者は悪魔に襲われないというのならある程度納得はできるが、悪魔という存在そのものが伝承によるものなのだから、嘘かもしれないという危険性にダリアがメンティラを晒すとは考えづらい。


「その保管庫は、いったいどこだ?」

「……イゼルの元ベテンブルグ辺境伯領から少し離れた、この森の中にある洋館です」


 そういうと、彼女は体の隙間から地図を取り出し、俺の目の前に広げて見せる。

 そして、彼女の指先に映し出された場所は、ちょうどマーキュアス家……俺の家があった。


「……ッ!?」

「どうかしましたか?」

「本当に、ここなのか? 廃墟になってたり、書物や金品、全て盗まれていたりはしないのか?」

「はい。……ですが、どうして?」

「俺の、家なんだよ。六歳のころ、盗賊に襲われて、両親を失った場所なんだ」


 意味が、わからない。

 そういえば、何故か俺の家だけが魔女という名称を使わず、悪魔と呼んでいた。

 それに、書物が多いと感じたのは、よく覚えている。

 そこで俺は、呪術を手にしてしまったのだから。


 ようやく辻褄が合った。あってしまった。

 俺の家が人里から離れていたのも、彼らが普段、あまり外に出かけていなかったのも。

 全て、悪魔の情報の漏洩を防いでいた、ということなのだろう。


「……ああ」


 勇者を導く、マーキュアス家。

 それは、悪魔という存在を滅ぼす際、知恵として勇者の力になる、ということなのだ。

 何故なら、悪魔についての知恵は、マーキュアス家特有のものなのだから。


 だが、疑問がない訳ではない。

 彼は……スコットは、ベテンブルグにさえもこのことを伝えなかったというのか?

 ベテンブルグの様子だと、彼は俺が魔女を悪魔と呼んでいるのに違和感を抱いている様子だった。


 それに、俺が留守にしている間ずっとマーキュアス家は解放されていた。

 イゼル全土を支配しかけた賢者の法が、そんな情報を見過ごしていたとは考えにくい。


 いずれにせよ……。


「……わかった。乗ってやるよ、その出まかせに」

「ありがとうございます。えっと、ソフィアはどうしますか?」

「……わかりました。でも、その前にマクトリアへ向かうことの方が先です。それでもいいなら、ですが」

「もちろんです。でも、出来る限り急いでください。私はマーキュアス家で待っていますから」


 彼女はそれだけ言うと、どこかへと歩いて行ってしまう。

 俺はそんな彼女の後姿を、呆然と眺めることしかできなかった。

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