101 情報
俺は足を怪我した少女をおぶり、指定の避難所までたどり着いた。
それまでの間に、会話は一つもなかった。
お互い、もう疲れ果てていた。
俺は避難所となっている城内の食堂に彼女を下ろすと、もう一度俺は戦場に向かう。
まだ、残っている人がいるかもしれない。
その時、背後から少女の声が聞こえた。
「……なんで、あの人を殺したの?」
「……なんでって」
「あの人、泣いてたんだよ? もしかしたら、話し合ったら仲直りできたかもしれないんだよ!?」
「……」
「もう、俺には赦すことも、赦されることもできないんだよ」
彼女は戦争に加担した。
それに、彼女が犯した罪は、決して消えることはない。
なら、俺に出来ることは『死』という形をもって、彼女を苦しみから解放させてあげることだけだ。
「お兄さんは、本当に人間なの?」
「……」
「化け物だよ」
俺はそう言って、扉を閉める。
罪を許すことができるのが人間なら、それができない俺は化け物だ。
だけど……もう、俺は化け物として生きる覚悟はできている。
もしかしたら、俺は死をもって平等な世界を作ろうとしている賢者の法と同じことを言っているのかもしれない。
でも、だからこそ俺はその間違った思想を正さないといけない。
それが、賢者の最後の使命だ。
戦争を終わらせた英雄を、もう一度やり終える。
一度やったことだ。もう、ためらいはない。
俺は息をついて歩きだすと、急に後ろの声に呼び止められる。
「やあ。ひどい格好だね」
「……マリアレットか」
「今の君の眼、実にいい眼をしている。興味をそそられる」
「与太話に時間を割いている余裕はないことは、マリアレットだってわかっているだろ? 悪いけど、俺はもう行くぞ」
「まあ待ちたまえ。君にとって興味深い話をしてやろう」
「興味深い話?」
俺は彼女に向き直り、話の続きを眼で促す。
それを見ると、彼女は愉快そうに口をゆがめた。
「結構。では簡潔に話すとしよう」
「頼む」
俺の言葉に、彼女は少し笑って口を開いた。
「マクトリア国王が、イゼルの戦後復興の支援を申し出た」
「……は?」
「つまりだ、彼らの中ではこの戦争は、これで終結すると予測されている。これは、いくらマクトリアの国王が愚図だとしても、希望的観測が過ぎるとは思わないか?」
まるで、意味が分からない。
彼女の言う通り、マクトリアの国王が突き抜けた馬鹿だとしても、この申し出は本当に訳が分からない。
それとも、混乱させるのが目的か?
まさか、賢者の法との戦争は、全て彼によって仕組まれたものだとでもいうのか?
……違う。この違和感は、感じたことがある。
もしかしたら、マリアレットのように情報が遮断されているのか?
四年前の戦争が、まるでなかったかのように。
「さて、君はこれからどうする?」
「……俺はソフィアの側にいる。なんにせよ、俺が単独でどうにかできる事柄じゃない」
「そうかね? 陛下によると、君は今とてつもない力を取り戻したそうだが?」
「……ああ。でも……」
思った以上に、彼らは強かった。
俺の力をもって、やっと互角以上に渡り合えたのだ。
アリスの時だって、彼女が後悔してくれなければ、どうなっていたかわからない。
……いや、詳しく言えば違う。
強くなった、が正しい。
少なくとも、グレアムに至っては前よりはるかに強くなっている。
速さも力も以前とは桁が違う。
フォルセ先代国王についても同様だ。
「さて、引き留めて悪かったね。それで、君はどうする?」
「決まっている。まだ生きている人がいるなら探す。敵がいるなら殺す。それだけだ」
「……模範解答だが、少しつまらない答えだね」
彼女はそれだけ言うと、まるで興味が失せたかのように城の奥へ歩いて行ってしまう。
俺はそんな彼女の後姿を一瞥すると、そのまま城の外へと向かった。
城の外の景色は、既に火の手は落ち着き、がれきの上には雪が積み重なっている。
足元には、市民や兵士たちの死体。
損傷が激しいものを除き、俺は一人一人息があるか確かめる。
あるのなら、俺の治癒魔法でどうにかすることができるだろう。
だが、周りにいる人すべてが既に息絶えている人で、雪のような死体の冷たさで指が冷やされる。
……まだ生きているかもしれないというのは、少し楽観的過ぎたのかもしれない。
「……ラザレス」
突然俺の名前が聞こえ、驚いてそちらの方に顔を上げる。
そこには、がれきの上に立つソフィアの姿があった。
「……ああ、ソフィア」
「前線の人たちから連絡がありました。フォルセは撤退したそうです。でも、次いつ来るかわからないそうですが」
「そっか。それと、マクトリアが……」
「既に聞いています。戦後の復興支援でしたよね?」
俺がうなずくと、彼女は歯を食いしばり、拳を握る。
「戦後なんて、冗談じゃないですよ……!」
「……ソフィア」
「戦争は今も続いているんですよ! マクトリアだって、明日は我が身かもしれないのに、なぜ呑気していられるんですか!?」
「……」
「……ごめんなさい。ラザレスに当たってしまいました」
「いや、いいよ」
俺はがれきに腰を下ろし、彼女に向き合う。
……俺もソフィアほどじゃないが、マクトリアの対応には正直いらだっていた。
受け入れてくれたことには感謝しているが、馬車の一件や、今回の出来事。
裏がないと言い張る方が無理というものだ。
それに、考えたくはないが受け入れの件すら、罠なのかもしれない。
人質にして、俺たちを消すことさえ可能なのだ。
彼らが今それをしないのは、消せるのが俺とソフィア、それと存命していると認識しているであろうザールだけで、戦後に汚名を着せられるには不相応と考えているのだろう。
勿論、罠だとしたらの話だが。
「ソフィアはどうする? これから……」
「……マクトリアに向かいます。騎士団の方々にも、ザールの戦死を伝えなくてはなりません」
「……それから――」
「ちょっと、休ませてください」
彼女はがれきの山に座り込み、三角座りで頭を伏せる。
……今思うと、彼女には無理をさせすぎてきた。
住民避難に、今後どうするか。
彼女だって、混乱しているというのに。
……その時だった。
俺は、遠くから飛んでくる茶色い何かが、目に入る。
いや、見たことがある。四年前に、一度だけ。
「ソフィア!」
俺は彼女を抱え、着弾地点から遠ざかる。
すると、その刹那背後からとてつもない轟音とともに、すさまじい風圧が俺の体を襲った。
吹き飛ばされないように地面についている足を氷漬けにすると、砂煙の中から、いったいの巨人……ゴーレムが姿を現した。
「……シャルロット」
「お久しぶりです。ラザレスさん、ソフィアさん」
俺は足をつかんでいる氷を溶かし、自身の腕の先に氷の刃を作る。
だが、彼女はしばらくしても動かず、ただこちらを伺っているだけだった。
「何のつもりだ。動かないのなら、こちらから行くぞ」
「……争うつもりはありません」
「なら、何故ここまで飛んできた? 歩いてくればいいだろう?」
「それは、時間がないからです。お願いします、シルヴィアを――」
その時、彼女の口から出た言葉は衝撃的だった。
「――殺してください」
「……え?」
彼女たちは、非常に仲が良いように見えた。
だからこそ、この申し出の意味が分からなかった。
「信じろというのか?」
「……お願いします。どうか、最後だと思って」
俺たちは、彼女の雰囲気にのまれ、ただ押し黙ることしかできなかった。