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100 炎

 俺はもう疲れ果てた足を無理やり奮い立たせ、戦場を駆け抜ける。

 今回は彼らを倒して終わりじゃない。

 これは、俺だけの戦いではないのだ。


「……まだ、避難しきれていない人がいるはずだ」


 グレアムとフォルセ先代国王が一緒にいたことで、彼らが関係ないということはなくなった。

 だが、それだと一つ疑問が残る。


 マクトリアは、いったい何をしている?


 俺は以前、マクトリアにいた時に何度か兵士を見かけたことがあった。

 そのため、遠くから見てもある程度は装備でマクトリアの兵士だということが認識できるはずだ。

 だが、彼らはここにはいない。


 そうなると、賢者の法と手を結んだという点は薄くなると考えるが、これもまた矛盾が起こる。

 フォルセがぺスウェンに攻め込んだという大きな事件が起こっても、彼らは何の行動も起こさない。

 それとも、何か情報が滞っている理由でもあるのだろうか?

 いずれにせよ、疑問は尽きずにいた。


 そこで、たった一つだけ彼らについてある仮説が有力になってくる。

 それは、賢者の法にも、こちら側にも属さない中立という立場をとっているということだ。

 だが、この立場をとる理由の意味が分からない。


 この世界を滅ぼす側の、賢者の法。

 それを防ぐ、イゼルぺスウェン同盟。

 どちらの味方をするか決めあぐねていたとしても、この異変は見逃せるほど小さな出来事ではない。


 または、考えにくいが第三勢力ということもあり得る。

 滅ぼすか、滅ぼさないか。

 この二択の間に、何かが付け入るスキがあるというのだろうか……?


「いや、これは一度ソフィアに任せよう」


 今は、目の前の惨状をどうにかしないといけない。

 目の前には、火の手が上がり燃え始める木々や、家々の支柱となっていた柱。

 そして、それを取り囲むように崩れている瓦礫。


「誰か、誰かいませんか!?」


 俺は、大声で目の前の瓦礫に呼びかける。

 だが、それと同時に静寂が訪れてしまう。


 ……誰もいないのか?

 いや、違う。どこからかすすり泣く声を押し殺している人がいる。


 俺は瓦礫をどかしながら、その声の方向をたどる。

 そこには、足から血を流した少女が、必死に両手で口を押えていた。


「大丈夫? 歩け……ないよね?」

「誰? 誰なの?」

「えっと、お兄さんは君たちを助けに来たんだ。他に見かけた人はいる?」

「来ないで!」


 俺が手を伸ばすと、彼女は落ちていた石を投げつけてくる。

 それを間一髪で避けると、彼女は泣きながら歯を食いしばり、もう一発分の石をすでに構えていた。


「ちょっと、落ち着いて! どうしたんだい?」

「そうやって、また私から家族を奪うんでしょ!? そうやって、助けに来たふりをして、今度は私を殺すの!?」

「……何を、言って」


 彼女の言葉の意味と、その様子の理由がわかってしまう。

 賢者の法は、救助する体を装って……。


 ……市民を、虐殺していたのだ。


 よく考えれば、当たり前だ。

 彼らにとって、戦争のルールなど何の意味も持たない。

 何故なら、彼らの目的の世界に、他国の人間やルールは必要ないからだ。


「大丈夫、大丈夫だから……」

「いやっ、来ないで!」


 俺は彼女を刺激しないように、一歩後ろへ下がる。

 そして、俺の腕の届かないところまで行くと、彼女は次第に落ち着きを取り戻していった。


「……大丈夫?」

「……お兄さんは、ぺスウェンの人?」

「えっと、ぺスウェンの味方という意味なら、そうなるね」

「本当に?」

「ああ。嘘だと思ったら、これでお兄さんを後ろから刺すといい」


 俺はそう言って、足元にある鋭利な石を彼女の足元に投げる。

 彼女はそれを手に取ると、それを眺めた後、何を思ったのか地面に投げ捨てる。


「……私は、人を殺したくないよ!」

「そっか。じゃあ、どうすれば信用してくれる?」

「リクさんのところまで連れてって!」

「リクの……」


 彼らは、今前線で戦っている。

 ここも安全とはいいがたいが、確実にあちらの方が危険なのは言うまでもない。

 だが、ここで放置するのもまた危険だ。


「それはできない。彼は今、敵と戦っているんだ。君を巻き添えにすることは、リクだって不本意なんだよ」

「……ッ」

「ごめん。でも、わかってほしいな」


 俺の言葉に、心の底から不服なようで、歯を食いしばる音が聞こえる。

 多分、戦争で家族を失って、冷静さを失ってしまっているのだろう。

 または、自暴自棄になってしまっているのか。


 その時、突然俺の後ろから耳打ちされた。


「……化け物に、人は救えないんじゃないかな?」


 俺は振り向くと、そこには狂気的な笑みを浮かべたアリスの姿があった。

 彼女は俺が振り向いたのを確認すると、そのまま持っていた短剣を振り下ろす。

 だが、俺はその短剣を握ると、瞬時に凍り付かせ、そのまま握力で砕いた。


「……ずいぶんと楽しそうだな、ええ?」

「ああ、とても楽しいよ。だって、こんなに人が殺せるんだもん!」

「そうかい? ハッ、化け物はどっちだか」

「……化け物?」


 彼女は心底俺の言葉が不思議なようで、笑みを浮かべたまま首を傾げる。

 その時、首を傾げる角度が明らかに常人とは異なり、口角もほぼ直角になっているため、非常に不気味に見えた。


「子供は好奇心で虫を……命を殺そうとする。だって、元々人間はそれほどまでの残虐さを持ち合わせているんだから」

「……だから、人を殺すのも自然だといいたいのか?」

「うん。だからさ、君が今何を言おうとしても無駄だよ。だって、それは後天的な君の価値観なんだから。人間の本能に勝るわけがないじゃないか」

「アンタが、人間として正しいと?」

「そうさ!」

「なるほど。なら、化け物で俺は構わない」


 俺は右腕の先に氷の剣を作り、彼女の首先に向ける。

 なら、化け物は化け物らしく、『人間』とやらを食ってやる。


 一度息を吐き、肺にある酸素を絞り出す。

 そして、もう一度息を吸い込むと同時に、彼女に斬りかかる。

 彼女はそれを見て一瞬笑うと、突然火柱が上がった。

 俺は一瞬反応が遅れコートの先を焦がし、何とか後ろに飛びのく。


「驚いた? あはは、これ、呪術だよ。君がずっと使ってた、呪術」

「へぇ。それで、アンタは何を代償にした? 頭のねじか?」

「まさか。私が代償にしたのは『後悔』だよ」

「……後悔?」

「うん。正直、子供たちを殺してた時に良心が痛まないわけじゃなかったんだ。それに、もっとうまくやれば今頃アルバと仲良く酒でも飲んでたんじゃないかなって」


「でも正直、全てがどうでもよくなっちゃた。バカになっちゃったのかもね?」

「そうだな。アンタ以上の大馬鹿は、今後一生見ることはないだろうよ」


 ……何が、いけなかったんだろうな。

 あの、スコットが死んだ日から、何か歯車のようなものが狂いだした。

 そうなると、大元の原因は俺になる。


 なら、俺が彼女を救わないといけないだろう。


「……ごめん、ちょっと離れてて」

「え?」

「アリスさん。いや、アリス」


「もう、大丈夫だよ。今、殺すから」


 俺は自身の腕の先にある剣先を折り、彼女に投げつける。

 しかし、そんな攻撃は彼女に通用するわけもなく、簡単に交わされ、地面に落ちる。


 だが、そのまま地面から雪を通り、彼女の足を氷漬けにしたあと、その氷から火柱を上げる。


「……さようなら」


 俺は彼女から目をそらすと、急に俺の火柱が俺の咆哮へ向かってくる。

 その瞬間、俺の周りは火柱に包まれ、見ると、彼女が微笑みながら手を突き出していた。


「忘れた? 僕の呪術は、炎を使いこなす力だって」

「……ッ」


 段々と、炎が俺に近づいてくる。

 ……だが、その瞬間その炎がすべて消え去った。


「……あれ? どうしたんだ? おかしいな、力が使えないや」

「……」

「なんで? 殺すのに、ためらいなんかないはずなのに。なんで、後悔なんて、もうないはずなのに」


「涙が、止まらないよ……っ!」


 彼女はそういうと、膝をついて泣き始める。

 ……きっと、彼女の後悔は呪術では消しきれないほど深かったのだろう。


 俺はそんな彼女を見た後、もう一度氷の剣を作り、つぶやくように誰かが言い放った。


「……ごめん」


 どちらの言葉だか、俺にはわからない。

 それと同時に、一つの炎が空に上がっていった。

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