10 少女
俺はベテンブルグに連れられ、食堂と思われる丸い大きなテーブルが置かれている部屋で、夕食を食べていた。
隣にはベテンブルグ。そして、対面には見知らぬ淡い黄緑色の髪を後ろで縛っている七、八歳くらいの少女。
ベテンブルグ曰く「食事中の会話はマナーが悪い」と言って、一言も発さないため正直めちゃくちゃ居づらかった。
声には出さないものの、彼女から「誰なのだろうか」といった視線が送られてくる。
俺はネックレスをちらつかせて反応を見るが、彼女は一切興味を示さないどころか、俺の行動に疑問を持っている。
目配せで後ろのメイドに助けを求めようとするが、彼女たちも主人を差し置いて食事中に口を開くのは気が引けるようで、俺を避けるように目をそらす。
俺は夕飯の食パンにかじりつき、卵が浮いているスープを一口飲むが、味がしない。
いや、食事自体はおいしいのだ。料理自慢のシアンと比べても、負けず劣らずなくらいは。
だが、それほどまでに以上に彼女の圧が強いのだ。
しばらくたって、彼女のほうも喰い終えると、ベテンブルグがまず先に口を開いた。
「彼は今日から私と共に暮らすラザレスだ。『ソフィア』、挨拶は淑女のたしなみだよ」
「……ソフィアです。よろしく」
少女……ソフィアは俺から目をそらしながら頭を下げる。
俺はそんな彼女に見られていないと知りつつも、頭を下げて自己紹介をした。
「ラザレスです。その、よろしくお願いします」
俺は右手を差し出し、握手をしようとするが彼女はそれを無視して食堂の扉を開けて少し先にある階段を昇って行ってしまう。
「ナンパ失敗だな、ラザレス君」
「……どうして助け舟を出してくれなかったんですか?」
「言っただろう? 食事中は、私語禁止だ。これは、ベテンブルグ家に代々つながる家訓でね」
「ベテンブルグって名字なんですか? じゃあ、名前は……」
「名前は忘れたよ。それに、呼ぶ妻もいないのだから、不要の長物だろう?」
ベテンブルグはそう言って高らかに笑う。
確かに呼ぶ人がいないのなら不要ではあるが、そう簡単に割り切れるものなのだろうか?
親から授かった大切な名前ならなおのことだろう。
「さて、ラザレス君。この家に来て最初の宿題をキミに課すとしよう」
「……なんですか?」
「ソフィア君と友達になってきてほしい。同じ家族になる以上、出来る限り仲良くしてもらいたいものでね」
「……マジですか?」
「マジだとも」
俺はあのあとメイドに案内され、ソフィアの部屋の前で固まっていた。
前の世界ではこうして一対一でのコミュニケーションなどほとんどとったことがない。
だから、正直なところこういった同年代の女の子の気持ちを汲むことは得意ではない。
それどころか苦手の部類に入るだろう。
「……行くか」
俺は一度大きく息を吐いて、部屋の戸にノックする。
すると、中から可愛らしい声で「どうぞ」と言われたので、お言葉に甘え戸を開けると、そこには先ほどの彼女が、眠たそうな目でこちらを見ていた。
俺はそう言った言葉にあまり詳しくないのだが、例えるのなら「ジト目」という奴だろうか?
「えっと、こんばんは」
「……こんばんは」
「その、よければお話しませんか?」
「……なんで私なんですか? 話したいなら、話好きの人が近くにいるはずです」
「いや、その……じゃ、じゃあこの家を案内してくれませんか? 今日ついたばかりで……」
「メイドに頼んでください」
……マタ、ツメタイ目。
ドコニイッテモ、オレハダレカニミツメラレテイル。
シネバイイ。
キエレバ、イイ。
「……え、と? ラザレスさん、でしたよね?」
「え? あ、うん」
「その……凄い怖い顔してましたけど、大丈夫ですか?」
「え? そうかな? 別にいつも通りだと思うけど」
「……そう、ですか」
何故だか急に心配してくれる彼女に、違和感を覚える。
もしかして、魔女ということがばれている?
……いや、まだ俺は何も硬化していない。だからバレるはずもない。
「……その、もういいですか? そろそろお風呂に入りたいんですが」
「待って! ……その、友達になりませんか? いや、その……ならないか?」
「……」
彼女はその言葉を聞いて少し何か考えたのちに、小さい声で「遠慮します」とつぶやき戸を閉めた。
そんな一部始終を見ていた男が、能天気にも俺に話しかけてくる。
「やあラザレス君。君は父に似て、女の子を口説くセンスは絶望的にないな」
「……ベテンブルグ。私の目的は友達になることで、恋仲になりたいわけでは……」
「なりたくないわけではないのだろう?」
この反応で、彼が俺の正体に気付いてないことを確信し、安心した。
彼は俺の正体を見抜けていない。
万が一、俺の正体に気付いて手の発言だとしても、問題はない。
だが、彼女の反応は鼻につく。
嫌な気持ちを与えていることに気付いていないのだとしたら、この口から言わなくてはならない。
それが、戦争に加担した愚者のせめてもの贖罪だ。
例えこの体が前の世界の俺ではなくとも、この罪は一生俺から消えることはない。
アア、ソウダ。オレハザイニンダ。
サイヤクヲヒキオコス、ケンジャソノモノダ。
「……難しい顔をしているね。一体君は何を考えているんだ?」
「え? あ、いや、なんというか……。父さんはどうやって母さんを口説いたんだろうって……」
「ああ。その指南は私がしたから、よく知っているとも。それじゃあ、男湯でその一部始終を語りつくして見せよう!」
ベテンブルグはニヤけながらそう言うと俺を軽々と持ち上げメイドから洗面器具を受け取り、階段を下りて食堂の向かい側に向かっていく。
俺はマーキュアス家にいたころとは打って変わって騒がしくなった日常に、少し面白いと思ってしまっていた。
だが、同時に俺はどこか彼に心を許せずにいた。
試されている。そう感じていたからだ。
この件も、夕方での会話だってそうだ。俺は彼の下で何かに気付くか気付かないか、テストされている。
根拠はない直観だが、そういった思惑が彼の目の中には隠されている気がした。




