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1 封印術

 俺は、足元の花で花冠を作っている彼女に聞いた。


「救世主?」

「うんっ!」


 元気よく頷く彼女。

 対して俺は、その答えに苦笑で返すしかなかった。


「なんだよ、救世主って」

「救世主はね、頭がよくて、かっこよくて……困ってる人を助けられる人!」

「そうじゃなくて。お前本気で言ってるのか?」


 また力強くうなずく。

 どうやら、本気らしい。


「本気だよ。兄ちゃんはきっと救世主になれるよっ」

「……馬鹿馬鹿しい。俺は帰る。お前も暗くなる前には戻って来いよ」

「あっ! 待ってよっ!」




 雨が頬にあたり、目を覚ます。

 俺は、薄暗くなった寂寞の曇り空を見上げ、ため息をついた。

 足元には、大量の魔族と人間の死体。

 俺はそれをよけて、地面に腰掛ける。


「……これで、この戦いも終わりか」


 元々は人間と魔族と呼ばれる異形の存在との戦争。

 だが、勝利者として立っているのは、魔族ではなく、軍人でもない。

 賢者と呼ばれ、兵を率いた俺一人だった。


 だが、俺自身魔族に対して何か感情を抱いていたわけではない。

 ただ、人類の敵と呼ばれているから、命じられたから、機械のように殺したに過ぎない。

 今は……それが間違いだったのだと、痛感していた。

 種族を滅ぼすとは、こういうものだったのだと。


「俺は、これからどうすればいいんだろうな」


 曇り空に質問を投げかけるが、返事はない。

 きっと祖国に帰れば賢者としてもてはやされるだろうが、最終的にはプロパガンダとして国の操り人形になることは明確だった。

 それを拒否すれば、厄介者として国から俺は排除されてしまうだろう。

 それに、俺には賢者という肩書は似合わない。

 戦争を止められなかった。それだけで、俺は戦争を起こした愚者と一緒だ。


「……戦争はビジネス、か」


 戦争は、商人にとっては稼ぎ時だ。

 武器、食料、軍服。

 そしてこの戦場は、人間の住む国からはかなり遠い。

 それに、この戦争で命を賭けて戦っているのは彼らじゃない。この事実は、彼らを安心させるには十分だろう。


 俺はもう一度ため息をついて、死体の山から立ち上がる。

 空しい。

 俺はその思いを足に込めて、歩き出す。

 行くあてなどない。これから探す。

 人間とも魔族とも関係ない。

 誰もいない地へ。


 俺は魔法で指先に火をつけ、ランタンを灯そうとした瞬間、俺はふいに起きためまいのせいで立っていられなくなった。

 片膝をついて周りを見渡すと、そこには人間にも似た魔族が、不敵な笑みでこちらを見つめていた。


「……死ね、人間の賢者よ」


 彼がそう呟くと、俺の周りに何か黒い霧のようなもの現れ、空へと向かっていく。

 俺はその霧の存在は知っていた。魔族の最終手段と言われる、この技を。


「封印術……!?」


 封印術。

 この技にかかった相手は魔法を制限されるという、魔族のみが使える禁断の技。呪いの一種ともいわれている。

 禁断の理由は、使用者が命を落とす、という条件のためだった。

 それに、封印術の精度も使用者によってまちまちで、魔法を使うと腕がしびれたり、夜に魔法が使えなくなるなど、その程度だ。

 だから、魔族のほうもあまり頼りにしていないのか、俺は一度しか見たことはなかった。

 だが、こいつは違った。


「この魔王。命に代えても、貴様だけはッ……!」


 魔族を束ねる王、魔王。

 俺の魔力は彼よりわずかに上回っている程度で、ほぼ互角だ。

 それがわかって彼は不意打ちを仕掛けたのだろう。彼の魔力なら、俺の魔力をほぼ制することができる。

 だが、封印術は本来禁断の技。使用者である魔王は、俺の姿を見届けた後、地に顔を伏せた。


 そのことは、俺に一つ大きな変化を与えてしまった。


「……魔法が、使えない」


 俺は先程のように魔法で火を起こそうとしても、今度は反応はなかった。

 想定外のことに焦っていると、次の瞬間、俺の意識が遠ざかる感覚がする。


「……っ、うっ!?」


 突然の頭痛に、立っていられなくなる。

 封印術。あまり解明が知られていない術が原因と考えるのが妥当だろう。

 息が苦しくなり、胸が痛くなる。


 そんな時、俺の中で声が聞こえた。

 今までの中で最も甘美で、最も邪悪な声が。


『……消エテシマエ』


 その声を聴いた途端、俺の意識が途絶える。

 薄れゆく意識の中、俺は一人の少女を見たような気がした。



 ‐‐‐



 しばらくたって、目が覚める。

 空は先ほどの曇り空とは違い、暖かい温もりを持った、白い天井。

 そして、周りには茶色い柵。

 ……あの封印術には、どこかへこの身を転送する術でも仕組まれていたのだろうか?


「あーうー」


 言葉が話せない。

 つまり、意思疎通もできないということだ。

 魔法も変わらず使えない。


「――」

「――」


 耳を澄ますと、どこからか声が聞こえる。

 聞きなれない言語だった。

 だが、不思議と不快感はない。それどころか、ずっと聞いていたいくらいだった。


 そう思っていると、そんな俺を覗くようにに、男女二人の巨人が姿を現した。

 ニコニコと、まるで子供を見るかのような目で、俺に手を伸ばす。

 俺はその手を受け止めようと手を伸ばすと、ある一つの出来事に気が付いた。


 赤ん坊の手なのだ。明らかに。俺の手が。俺の足が。


 このことが指し示す事実は一つ。

 どこかへ転送されたのではない。

 俺は、異界に転生してしまった。

 この巨人は、俺の母と父なのだろう。


 だが、俺には一つ、かなえたい夢があった。

 この体になって、ようやくそれが叶えられる。


 今度は、戦争のためではなく、誰かの命を救う本当の意味での賢者……つまり、救世主になる。

 声に出せないが、心の中でそう決意したのだった。

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