プロポーズ
「この辺りの散策?」
朝食の苺ジャムを塗ったパンをかじりながら遥はルナの言葉に首を傾げる。
「うん・・・その、危険なのは知ってるんだけど、見てみたくて・・・ダメかな・・・?」
上目遣いでそう聞いてくるルナに・・・遥は笑顔で返した。
「わかったよ。ただしひとつだけ条件がある」
「条件?」
「うん。散策に行くなら散策中は俺と手を繋ぐこと・・・これを守れるならいいよ」
「手を繋ぐ・・・?それって・・・」
ルナの言葉にこくりと頷く。遥も一緒に来てくれるのはありがたいが・・・
「その・・・手を繋ぐのは絶対?」
「絶対だよ」
ニコニコと・・・ノーとは言わせない笑顔でそう言われれば頷くしかないルナ。生まれてこのかた異性と手を繋ぐなんて経験はないのでなんとなく恥ずかしい気持ちはあるが、こちらから頼んでる身としてはそれくらいの条件安いものだろう。
そして、遥はそんなルナを見て密かに内心でガッツポーズをとる。場所はあまりよくないが・・・二人で出掛けるチャンスな上に手を繋ぐというオプション付きとなれば浮かれるのも当然だ。
まあ、一人で行かせるのは論外としても手まで繋ぐ必要は本来はないが・・・なるべく積極的にアプローチをしたい遥にとってはこれは千載一遇のチャンスなのだ。
魔の森ーーーその名前の由来は魔物の巣窟だからというのが一般的な解釈だが、他にもいくつか説がある。
そして、そのうちのひとつに魔の森のもつ特徴ーーー森全体が魔力を持っていて、その魔力が魔物を出現させているというものがある。
魔物という存在が出来るのに必要なの条件は2つ・・・ひとつは、豊富な魔力。そしてもうひとつが・・・母体となる動物の存在。生死は問わず、魔物足り得る要素が揃っていれば自然と魔物は出現する。まあ、実は魔力のみでも魔物を作ることはできるが・・・その魔物は母体を持たない変わりに戦闘能力などのスペックが低くなる。とはいえ一体一体の強さは決して弱くないので、量産出来る分かなり面倒な存在ではある。
さて・・・そんな魔物の巣窟に好きこのんで住む人がいるわけもなく、滅多に人かいない秘境と化してしまってるわけだがーーーそんな森の中を手を繋ぎながら歩く一組の男女の姿が本日はある。無論、遥とルナだ。
「足下気を付けてね」
「うん」
ゆっくりと遥はルナをリードしながら歩く。いつもはチートの一部である身体能力の恩恵で気にならならない悪い道だが、本日はルナという大切な存在がいるので慎重に進む。
「それにしても・・・遥って本当に凄いのね」
「そうかな?」
そんな風にゆっくりと進んでいるとルナは唐突にそんなことを言った。それに首を傾げる遥にルナはこくりと頷いて言った。
「こんな足場の悪い道を平気で進むのもだけど・・・あんなにあっさり魔物を倒せるなんて凄いわ」
そうーーールナの言うとおり、ここまでに何回か魔物とエンカウントしているのだが・・・その姿をとらえるより前に遥が瞬殺してしまっているのでルナはそれに圧倒されていた。
普通、人間が魔物を倒すなら武装した集団で逃げ道をふさいでから、徐々に体力を減らして倒すか、魔術師と呼ばれる魔法を使える人間が何人かがかりで魔法を放って倒すのがセオリーなのだが・・・そんな中で遥は先ほどからどんな手段を使っているのか魔法らしきもので一瞬で倒してしまっているのだ。
知識としての魔法しかしらないルナには知るよしもないことだが・・・本来この世界の魔法は詠唱を必要とするもので、どんなに優れた魔術師でも詠唱無しで魔法を発動することはできないのだがーーーそんな中で遥はほとんど無詠唱の魔法を放っているので、普通の魔術師が見たら卒倒するような圧倒的な力を持っていることがわかる。
まあ・・・当の本人である遥にはあまり自覚はないようでルナの言葉をお世辞と思って嬉しそうに微笑んでいるが。
「この辺りの魔物はあんまり強くないからね」
「そうなの?それでもあんなにあっさり倒せるなんて凄いと思うしその・・・格好いいって思う・・・」
後半は少し恥ずかしそうに小声で言ったルナだったが、バッチリと聞いていた遥はそれに微笑んでいた。
まあ、とはいえ本来このあたりの魔物は人間の手には余るレベルなのだが・・・貴族としての魔物や魔法の知識しかないルナはもちろん、チートという恩恵を得ている遥にはそのあたりの基準はわからないのだった。
「わぁ・・・!綺麗・・・」
しばらく足場の悪い道を進むと見晴らしのいい場所に出てその光景にルナはしばしうっとりとみいってしまう。
そんなルナの手を繋ぎながら遥は隣で微笑ましそうに笑っていた。
「この辺りは人も魔物もほとんど来ないから俺もよくここに来てるんだけど・・・・案内したのはルナが初めてなんだ」
「そうなの?でもなんで私を連れてきてくれたの?」
「ん・・・まあ、ルナには知って欲しかったからかな」
遥はそう言って景色を見ながら言った。
「魔の森なんて呼ばれる場所だけど、こんな景色もあるーーーそれを知ってるのは多分この世界で俺とルナだけだから二人だけの秘密になるしね」
「二人だけの秘密・・・」
その言葉にルナはなんとなく嬉しくなる。
この世界で遥と自分しか知らないことーーー二人だけの秘密という言葉はルナの胸にたしかに嬉しさを伝えてきて・・・ルナは笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう遥・・・」
その笑顔にーーー遥はしばしみいってしまう。大輪の花が咲いたような可憐な笑顔に自然と胸は高鳴り遥は思わずルナの身体を抱き寄せていた。
「えっ・・・・は、遥?」
「好きだよルナ」
戸惑うルナに抑えがきかなくなった遥はそう言葉を口にしていた。
「・・・・ふぇ?」
その言葉にーーールナはしばしポカーンとしてから・・・顔を真っ赤にして視線をさまよわせる。そんなルナの様子もいとおしく感じながら遥は真剣な表情で続けた。
「俺はーーー時雨遥はルナのことを一人の女の子として好きなんだ。この世界の誰よりも何よりもルナのことを愛しく思うし、本当に大好きなんだ」
その言葉に・・・ルナは一瞬身体を揺らしてから・・・控えめに言葉を発した。
「私なんかでいいの・・・?」
「ルナじゃなきゃダメなんだ」
「私・・・何の役にも立たない誰からも必用とされなかった女なのに・・・」
「そんなのはルナの価値をわからない奴らが悪い。少なくとも俺はルナの全部が好きだしーーー何よりもこれから先ずっとルナの隣にいたい」
その言葉にーーールナは涙を浮かべて聞いてくる。
「・・・・本当に?遥は私とずっと一緒にいてくれる?」
「もちろん。ルナの隣にいてその一番でいることを約束する。だから・・・俺と恋人ーーーいや、俺の妻になってくれルナ」
口の上手い男ならもっと気のきいたことを口にできるだろうがーーー遥に出来るのは素直な気持ちを口にすることだけだ。だからストレートに好意を口にする。
そんな遥の言葉にーーー今まで不安だった感情と嬉しさからくるもので涙を流しならルナは嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい・・・本当に・・・私も遥が大好きだから・・・」
「うん」
「私を・・・遥のお嫁さんにしてください」
そんな可憐な笑顔を浮かべるルナに胸を高鳴らせながら遥はゆっくりと自身の唇をルナに寄せてそっとーーーキスをかわした。
一瞬の短いキスーーー柔らかで甘やかな感触を味わいながら二人は嬉しそうに笑いあった。