心をこめて
「ん・・・朝か・・・」
窓の隙間からさす朝日に眩しさを感じながらボンヤリと意識が浮上して遥の一日は始まる。
ゆったりと目覚めたばかりの身体を洗面所まで引きずって顔を洗いーーーゆっくりと深呼吸してから遥は朝食の準備にとりかかる。
(今日は何を作るか・・・)
台所に立ってから遥は今朝の朝食のメニューを考える。朝はわりと和食・・・ご飯を主食としたメニューが多い遥だが、最近はルナに合わせてパン食にしている。特にこないだ作ったフレンチトーストなんかはルナに好評だったので、甘いパンをメインに献立を組み立てていく。
不思議と自分のために料理をするのと、他人のために料理をするのではモチベーションが違ってくるがーーー遥はルナの美味しそうに食べる姿を見るのが楽しいので自然と笑みを浮かべながら準備をする。
トントントンーーー
そんなリズミカルな音がしてルナの意識は浮上する。
ここ最近、毎朝この音を聞いて起きるのが日課になっているのでルナは自然に身体を起こした。
「んー・・・」
大きく身体を伸ばしてルナは着替えをする。
部屋のクローゼットにはルナ用にと遥が作った洋服が山のようにある。見たことのないデザインと、ドレスと違い機能性の高い洋服に最初は戸惑いを見せていたルナだが・・・どれも遥のセンスがいいのか可愛いらしい柄で、ルナはすぐに洋服が気に入った。
とはいえ、これだけ種類が多いとどれを着ようか迷うわけで・・・・ルナはワンピースタイプのものと、ロングスカートにカジュアルなシャツの組み合わせのどちらにしようかしばらく考える。
(遥はどっちが好きなのかな・・・って、また遥のこと考えて私ったら・・・)
自然と脳裏に浮かぶ優しげな笑顔に顔を赤くしながらもブンブンと頭をふって洋服選びに集中する。
しばらく悩んだ結果、今日はワンピースタイプのシンプルなデザインのものに着替える。
一人で着替えをするのも何だか新鮮だが、好きな人に少しでも可愛いと思って貰えるように服を選ぶのもルナにとっては楽しみのひとつだ。
遥はどんな服を着ても笑顔で絶賛してくる(毎回きちんと台詞が違う)ので、そのたびに嬉しい気持ちになる。貴族の頃の変に豪華なだけのドレスなんかよりも今の方がいいとルナは内心で苦笑する。
(本当に・・・王妃になるよりも大切なことができるなんてね)
幼い頃より王妃になるためだけに生きてきたルナにとって、一番大事のは家のため、国のために己を磨くことだけ。それ以外は不要だと言われて育ってきた。しかし、今の彼女は一度それら全てに裏切られたことによって本当に大切なものを見つけられたのだ。
(遥の側にいたい)
そんな気持ちが日に日に強くなっていく。彼のとなりにいて彼の一番の存在でありたい。それは助けられたことへの恩義もないわけではないがーーーそれよりも遥という一人の男を好きになったルナの一番の願いにもなっていた。誰からも信じられず全てを失ってから手にいれた一番大切な気持ち・・・皮肉なことに全てを失ったからこそ知ることができた気持ちだ。
「遥・・・」
とくん。その言葉を口にするだけで心臓の鼓動が早くなる。脳裏に浮かぶ遥の優しげな笑顔ーーー
「えへへ・・・」
思わずそうニヤケてしまってからーーーはっとして恥ずかしそうに顔を覆った。
(私ったらまた・・・)
生まれて初めて知った感情に、なかなか抑えがきかないこの気持ちをどうすればいいのか・・・何度考えても答えはでない。寝ても覚めても遥のことを考えている。
(これが恋なの・・・?)
恋ーーー昔、息抜きで読んだ本に出てきた言葉だが、たかだか人を好きになっただけで世界が大きく変わるなんて馬鹿げてると思ってたがーーー
(あぁ・・・だめ・・・遥に早く会いたい)
今すぐ会いたくなる。とはいえこんなだらしない表情で行くわけにもいかず表情を引き締めていく。
「お、おはよう・・・」
なんとか表情が戻ったのを確認してからルナは台所にいる遥に挨拶をするーーーと、遥は笑顔で言った。
「おはようルナ。今日はその服着てくれたんだね」
「う、うん・・・どうかな?」
「うん。凄く似合ってるよ。やっぱりルナは可愛いからシンプルなデザインでも凄く似合ってるね」
「そ、そうかしら・・・」
もじもじと遥の言葉に照れつつも嬉しそうな表情を浮かべるルナ。
そんなルナを見て遥も内心ではかなり悶えていた。
(ヤバい・・・可愛い過ぎる!)
なんだこの天使のような可愛い子は・・・もじもじとしてはこちらをチラッとみて恥ずかしそうにしながら・・・でも嬉しいのを隠そうとしても隠せてない不器用な感じ・・・全てにおいて圧倒的な可愛いさだった。
もちろんそんな思考は表には出さずに遥は優しく微笑みながら言った。
「もうすぐ出来るから少し待っててね」
「う、うん・・・あのね、遥・・・」
「どうかしたの?」
しばらく言いよどんでいたルナだったが・・・意を決したように言った。
「私も料理をしてみたいんだけど・・・ダメかな?」
「もちろんいいよ」
即答だった。それに少々驚きながらもルナはもう一度聞いてみた。
「ほ、本当に?私全くわからないから遥に迷惑かけるかもしれないけど・・・」
不安そうなルナ・・・そんなルナに遥は優しく微笑んで言った。
「ルナがやりたいっていうなら手伝うのは当たり前だよ。それに迷惑ならどんどんかけてよ。俺としてはルナにもっと頼って欲しいくらいだしね」
「・・・今でもすごく頼ってるよ」
「うーん・・・まだ足りないよ。今までルナが一人で頑張ってきた分も含めて俺はルナにもっと頼って欲しいんだ。その・・・お節介かもしれないけど、俺はルナのために出来ることは全てしたいからね」
「遥・・・」
キュンと音が聞こえそうなくらいに心臓が締め付けられるような感覚がするルナ。
一方の遥は遥でかなりキュンとしていた。
(やべえよ・・・健気で可愛いすぎる!)
ルナが何故突然こんなことを言い出したのか・・・遥はなんとなく察してはいた。それも踏まえての心の声だが・・・それと、遥としてはもう1つルナが料理をすることで嬉しいことがある。
(ルナのエプロン姿・・・)
それが見られるならどんな対価でも払おうと遥は密かにそう思う。
まあ、火を使って火傷したり、包丁で指を切ったりしないか不安でもあるが・・・それは遥の努力しだいでどうにでも防ぎようはあるだろう。
「とりあえず朝はもう終わるから・・・お昼からでもいい?」
意識を切り替えて遥がそう言うとルナもこくりと頷いて返事をした。
「よ、よろしくお願いします・・・」
「こちらこそ」
ルナのエプロンの柄を何にしようか考えながら遥は朝食を仕上げるのだった。